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第18話

「オスカー、あたしに勉強、教えて!」


 アトリーチェのその一言に、オスカーは目を見開きながらも嬉しそうに頷く。


「その意気だ。…フィデリオ!お前もだぞ」

「—ッス!」


 オスカーに呼ばれ身を強張らせたフィデリオも近づいてくる。…あたし、この人と一緒にされなきゃいけないの?


「ねぇオスカー。あたしとこの男が同レベルなわけないでしょうね?」

「んなっ!?」


 フィデリオはアトリに指をさされて狼狽える。だってそうでしょう。27位と198位よ?


「そのことだが………」


 一方、アトリに突然スイッチが入るのを見て不思議そうに首を傾げたのはヴィエラ。オスカーの話を真剣に聞き始めたアトリを少しつまらなそうに眺めたあと、トーマスの方に向き直った。


「…それにしても、まさか貴方がこの大図書館のご子息だとは思ってませんでしたわ。シュペールベルグさん」

「あ…はは、すみません、か、かか家名に比べて全然顔が知れてなくてですね………えと…イヴライト、さん」


 トーマスは萎縮したように返す。同世代の女子と話す機会などこれまで全くなかった彼なので、普段よりも吃りが数段酷くなっている。


「…………あのっ、なっ名前でいいですよ!み、苗字だと、言いにくいですよね」

「そう。じゃあわたくしもヴィエラでいいわ。…………ところで、この部屋の戸口にあった機械って…貴方が造ったの?」


 机に片肘をついて、ヴィエラはトーマスの方に身を乗り出す。


「!…………よく…わかりましたね……あれは自動床掃除機として造ったんですけどまだまだ実用には程遠くて…改良中なんです」

「そうなのね!わたくし小型魔法器のほうしかよく分からなくって…」

「魔法器!も素晴らしいですよね!機械よりずっと高度なことが可能になりますしね、僕は魔法の才能はあまりないのでなかなか手が出せないのですがいずれ魔法の技術も取り入れればと思っていて」

「わたくしも大型機械には興味あるわ。お父様の工房を見ていても、皆が使える機械があればより生産効率が上がると考えてるの」

「ほお!それは一体どんな物を造っているんですか!?」

「それはね…」


 同好の士を見つけて互いに盛り上がるトーマスとヴィエラ。またアトリらといえばオスカーのスパルタ授業に必死に耳を傾けている。…そんな彼らの姿を見て、ベルカントは静かに微笑んだ。



 *


 

 窓の外では日が傾き、迎えの時間が近づいてきた。アトリとオスカーは疲れ果てて真っ白に、その様子を見るオスカーと追加講師として呼ばれたベルは苦笑い。かたやトーマスとヴィオラの議論は白熱し、どこからか運んできた机上の機械を指差しては手を加え、機械からは白い煙が出ている。


「ふぅ…そろそろ終わりにしよっか」


 深呼吸の後、そう言ったのはベル。


「トーマス君?」

「……はっ、はい!!」


 彼の声に我に返り、トーマスはずれた分厚いメガネを直す。集中していたヴィエラも少しきまり悪そうに姿勢を正した。


「そろそろお開きにしよっか…ここって次、いつ使える?」

「あ、いつでもいいですよ。この休暇中、いつでも」


 トーマスのその言葉に、オスカーは目を輝かせた。


「有難い!じゃあまた明日も、ここで勉強会をしようか!いいか、アトリ、フィデリオ!」

「ええ…」

「はい…」


 2人は返事をするので精一杯だった。




 *



 帰りの馬車、いつもの3人が乗っている中で、アトリはゆっくりと流れる景色を見ながら1人思案する。今日のオスカーとの会話を思い出していた。



『あたしとこの男が同レベルなわけないでしょうね?』

『そのことだが…………少し、言いにくいんだが』


 またオスカーはこほんと一息つく。


『アトリ、君はおそらく採点で贔屓されている』


『…………………はぁあ!?!?』

『なんだよそれ!?』


『…まぁ、簡単に言えば、貴族として恥ずかしくない程度の成績になるよう操作されているんだ。…君は勉強していると言っていたが、実際は教科書を読むだけじゃなかったか?…それだけじゃ身につかない』


 …………………え?それが勉強じゃないの?


『図星だな』


 アトリの呆けた顔を見て、オスカーは呟く。


『じゃ、じゃあ、オスカー様とベルカント様はどうなんですか!!』


 叫んだのはフィデリオ。


『俺とベルはもちろん、そんな遠慮を使わせないように実力を磨いているに決まっているじゃないか。…確かに、どこかで力は働いているのかも知れないが…俺は俺だけの実力で一位を掴み取りたい。……ちなみにフィデリオ、お前は安心してくれ。お前の順位は純粋な実力だ』

『そんなあ………!!』


…嘘でしょ。あたし、やればできるタイプだと思ってたのに。…大人に、えこひいきされてたってわけ………?しかもそうされてまで結局27位とか。……オスカーとベルはちゃんと努力してるとか。


 ……………かっこわるい。


『安心してくれ。俺が、休暇明けの試験ではお前たちの成績を飛躍的に上げてみせる。目標は、アトリが20位、フィデリオは50位以内だ』


 オスカーが堂々と胸を張る。


『オスカー様…そんなこと、できるんですか…』

『ああ。俺を信じろ。…そしてフィデリオ、お前には礼節の指導もしなくては。覚悟しておけよ?』

『…はいッ!!』

『アトリも。いいか?……………アトリ?』


 …………かっこわるいあたしなんて嫌だ。あたしはいつでも気高く美しく教養深く、誰よりも偉く誰よりも高貴。全ての人間があたしにひれ伏す。あたしが世界の中心。


 ………………………………………………そうよ。あたしが、一番にならなくては。



『ええ。オスカー、容赦はなしね』


 アトリはそう言って、真紅の大きな瞳を細めた。



 *

 

 

 そして場面は馬車の中に戻る。

 ………オスカーの教え方、とても分かりやすかったわ。普通に授業を聞いているよりずっと身に染み込んでいく。学ぶ、というよりも、見つけ出す、ような…?…やっぱり1人よりもみんなでする勉強の方がいい。…………

…………なんだかこういうの、少し懐かしいような………。


「…アトリ、すまない。…言い忘れてたんだが」

「何?オスカー」


 疲労でうとうとしていたアトリを、オスカーが呼び戻す。隣のベルも不思議そうな顔をして聞いていた。


「あの時、俺が言ったこと、…間違っていたかもしれない」

「どの話?」

「その…アトリが贔屓されていると言った事」


 ええ?


「…教えてみて、気づいた。アトリにはセンスがある。…特に数学。…あの順位は、君自身の実力だった可能性がある。」

「………それは、本当?おべっかでなく?」

 

 オスカーは、俺はそんな事は絶対にしないとしっかりと頷いた。やはり、やはり、あたしには、勉強の才能が…………?


「今、調子に乗っただろ」


 ぎく!


「いいぞ、好きなだけ調子に乗れ。…正直、俺はアトリのことを過小評価していた。…今まで勉強をしている様子が全くなかったから。……そして、アトリ、君はもっと伸びる。自分に自信を持て。自分に自信があってこそのアトリだからな!!」

「そうだね。…それは僕も思う。自分が一番だと思ってるアトリが一番アトリらしいよ」


 そして2人して笑う。…ちょっと褒めてるだけじゃない気もするけど、しょうがないわね。


 明日も、頑張らなくちゃ!




———————



 それは、とても、とても古い記憶。曖昧にぼやけた視界はセピア色に染まっている。………ちゃぶ台、座布団、風鈴、扇風機、強い日差し、ご褒美のかき氷。麦茶が氷を溶かし、ぱきりと音を立てる。………欠けた世界の中でそんな情景が断片的に浮かぶ。子供たちの騒がしい笑い声が耳をくすぐる。


 …………そうだ。あたしは、私は、私達は、あの時…………………



———————





 …………なんだっけ。



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