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第17話

 ………できるなら、勉強会なんて行きたくはない………確かにオスカーはあたしに勉強させたがってたけど、やっぱり退屈なので好んで勉強はしたくはない。あの時はオスカーが褒めてくれたから調子に乗っただけで……………


「どうしましょうアトリーチェ様、行きますか?」


 ヴィオラがあたしにそっと尋ねる。…うーん。ちらりとオスカーの方を見ると、爽やかな笑顔でこちらを見つめていた。……多分、断ることは許されないわ。


「…あたしは行きますわ。…ヴィエラ、一緒に頑張りましょう」

「はい!」


 それを聞いて、オスカーは満足そうに頷いた。



 *



 それからあっという間に休暇三日目、アトリたち三人を乗せた馬車は「シュペールベルグの大図書館」に辿り着いた。馬車から降りて建物を見上げると、その重厚な雰囲気に圧倒される。来る人を威圧せんばかりの高さで、壁中には緻密な彫刻が施され厳格な印象をもたらし、正面のファサードは立派な柱で支えられていた。…あたしの屋敷と同じくらい、ひょっとしたら、それより大きいかも。昔来たことがあるはずだけど、全く新鮮な印象だった。振り返ると、ヴィエラたちを乗せた馬車もやってくるのが見えた。


「ど、どうもみなさん、ようこそここまで」


 皆が集まったその時、どこからかひょっこりと現れたのはトーマス。いつもの制服姿とは異なり、シンプルなシャツにズボンといささかラフすぎる格好だ。対してアトリたちは、正装とはいかずともそこそこ見栄えが良く、動きやすい服装に身を包んでいた。


「やはり大図書館はいつ見ても壮観だな」

「え、へへ…ありがとうございます。みなさん入っていいですよ、離れは裏戸からが近いです」


 そう言ってトーマスは五人を引き連れファサードへ向かう。警備兵に一礼し、その意匠の凝られた鈍重そうな扉に体重をかけると、ぎぎい…と年季の入った軋む音を立ててゆっくり開いた。


「ようこそ、『シュペールベルグの大図書館』へ」

「…………まぁ」


 その先の景色に、皆が一様に嘆息する。エントランスの大伽藍は一面本棚で埋め尽くされていて、ここだけでシルバーハート家にある本を優に超えそうだ。しかし繊細な装飾もそこかしこにあり、見ているだけで時間が経ってしまいそうなほどだった。大きな窓は分厚いカーテンで覆われ、漏れ出た光が部屋を薄暗く照らしていた。


「……すてき」


 そのアトリの呟きに、皆も無言で同意する。


「みなさんこちらに、こっち側にある回廊から離れに行けます」

 

 「大図書館」の名に違わず、内部は迷子になりそうなほど深く入り組んでいた。美しい螺旋階段があったり、石板などの展示もあり、目移りしながらもトーマスの後を追う。長い廊下を抜けると、使用人屋敷のような場所に出た。


「えと、ここが離れです。ここなら少しはうるさくしても大丈夫と」

「ありがとう、トーマス君」


 ベルがそう感謝を述べる。あたしはちょっとショック。…あっちで勉強できると思ったのに。


「あれ?もしかして君たちがトムの言ってた友達〜?」


 突然アトリたちの背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには長いブルネッタの髪を無造作に下ろした、スタイルの良い美女が立っていた。首には紐を取り付けたメガネを下げている。


「う、うん…」

「や〜ごめんね、うちのトムがいつもお世話になっております。私からは何も出せないけど、ゆっくりしてってね」

「いえ。こちらも大変なご厚意、感謝しております」


 女性はオスカーの大人びた返答に微笑み、颯爽と去っていく。彼女が見えなくなるのを待って、ようやくトーマスは数ある扉の一つを指差し、口を開いた。


「…こっちの部屋を使います」



 *



 部屋は大きな机が一つ、壁の本棚にはこれまた本が所狭しと置かれている。それと絵画が一つ飾られていた。皆がそれぞれの荷物を置き、一息ついたのち、


「なあトーマス。…さっきの人って…お姉さん?」


 口を開いたのはフィデリオ。開口一番気にするの、そこ?


「いえ、母です」

「うわぁぁ!やっぱそうかよ!!!」


 なぜか頭を抱え、ショックを受けたように悶えるフィデリオ。…今日の目的絶対忘れてるでしょ…ヴィエラはそんな彼の様子を冷ややかに見つめている。


「いや、母さんでも…いいなぁ…美人の母さん」

「そうかなぁ…思考を妨げられた時、すごい怖いですよ」


 そんな不毛な会話を打ち消すようにオスカーが手を叩いた。皆は一斉に彼を向く。


「今日は他でもない、フィデリオ・ライデンシャフトをはじめとした皆の学力向上の機会だ。集中して臨もうじゃないか」


 …………はーい。


 そうして勉強会が始まった。いつもの丸テーブルより大きい机をみんなで囲む。そしてそれぞれ紙とペンを並べ始めた。


「皆さん、何か必要な資料があったら、僕に言ってくださいね。貸すこともできますから」

「ありがとう。すごい助かるよ」


 そう言って早くもベルは持参の分厚い本を読みながら紙に何かを書き付け始める。…一体何してるのかしら…


「そういえば、イヴライト嬢の成績はどのくらいなんだ?」


 一方オスカーはいまだに他人行儀にそう尋ねると、ヴィエラは躊躇いもなく口を開いた。


「うーんと、そうですわね。前回の試験では、9位でした」


 ……………!?!?!?


 …えーと、ちょっと待って、ヴィエラ、前「わたくし全然勉強してないですわよ」とか言ってなかった!?あの時のあたし、結構勉強頑張ってたから余裕で勝ってると思ったのに!?…あたしは27位だった。ちなみにオスカーが1位、ベルが2位。噂によれば、トーマスは3位らしい。……はぁ。


「まぁ、わたくしたちには勉強はあまり関係ないですからね。ね、アトリーチェ様!」

「……………」


 ヴィエラはあたしの状況を知ってか知らずかいい笑顔。


 ………………悔しい。



「…………アトリーチェ様?」




 …あたし、もっと勉強頑張ります。


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