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追試を六回やってる見習い魔法使いのぼくが瀕死の竜に無茶ぶりされた  作者: 碧衣 奈美


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竜珠の暴走

 だめだ。もう耐えられない。

 タッドの力が限界になり、火を阻んでいた防御の壁が粉々になる。直後、熱気を感じた。

 悲鳴が部屋に、いや、館中に響く。ぞっとするような悲鳴だ。まさに、断末魔の叫び。だが、声はひとり分だ。

 一瞬、それが誰の悲鳴かわからず、全ての動きが止まる。恐らく、悲鳴を上げた本人でさえもわかっていないだろう。

 悲鳴を上げたのは、タッドでもフェオンでもなく、ドゥードルだった。

 彼は一瞬にして、火に全身を包まれていたのだ。今やドゥードルは、完全に一本の火柱となっている。

「警告しただろう。竜珠をなめると痛い目に遭う、と」

 フェオンが冷たく言うが、本人の耳にはもう届かない。

 これまではドゥードルの魔力でも制御できた竜珠だが、タッドにとどめを刺そうとして力を上げた途端、竜珠の力が彼のコントロールする力の限界を超えて暴走したのだ。それまでタッドを包み込もうとしていた火の力は、全てドゥードルへ返っていく。

 竜珠が持つ火の力は一番そばにいた魔法使いを一気に包み込んだが、それだけでは足りず、無数の火の弾が部屋の中を流星さながら飛び交いだした。

 壁に当たり、ソファに落ち、カーテンをかすめる。部屋は徐々に火の海になり始めた。

「やっ……いやあっ」

 黒焦げになったドゥードルの身体が、そばにいたティファーナの方へと倒れて来る。彼の魔法で拘束されていたティファーナは、その場で硬直したまま。術者は死んだので拘束は解けているはずだが、すぐに動けないのだ。

 腕を上げて顔をかばうことすらもできず、そこにいてはもろに火柱を受け止めてしまうことになる。

「ティファーナ!」

 タッドはドゥードルに向けて水を放った。すでにほとんどが炭となっていた魔法使いの身体は、タッドの力で簡単に崩れ落ち、毛足の長いジュータンに散らばる。

「ティファーナ、ケガはない?」

「タッド……怖かった……」

 駆け付けたタッドに、ティファーナは倒れ込むようにして抱き付いた。その身体が細かく震えている。さすがに平気だと強がれなかった。

 ドゥードルが死んだことで術が解けたのはわかったものの、燃え盛る人間の身体を間近で見て、動けなくなってしまった。

 どちらが前かもわからないくらい、真っ黒に焼け焦げた人間の身体。それだけでも恐怖なのに、あのままだったら確実に自分も二人目のドゥードルになっていたのだ。

 それを考えると、血の気が引く。怖いものなんてそうはない、と今までは思っていたが、さっきの光景は恐怖以外の何物でもないし、二度と見たくない。

「大丈夫……もう大丈夫だよ」

 タッドは、すがりつく彼女の背中を軽く叩いた。

「タッド、さっさと逃げないとやばいぜ」

 リアンスの言葉で、現実に引き戻された。火の弾はまだ飛び続けている。部屋はすっかり赤く燃え、火の弾は壁を突き抜けて他の部屋へも広がり出していた。

 クオーリアの姿はいつの間にかなくなっている。恐らく、ドゥードルがあんな状態になったのを見て、素早く逃げ出したのだろう。

 ドゥードルが持っていた竜珠が、床に転がっていた。さっきよりも赤く、いや、赤黒く光り、そこから火の弾が飛び出して、周りの火の勢いをさらに強めているのだ。

 これを持ち帰り、竜に届けなければならない。

「フェオン、この竜珠、どうしたらいいんだ。これじゃ、持ち上げることだってできない」

 火が飛び出す珠なんて、とても持てたものじゃない。だが、ぐずぐずしていては、この館はじきに崩れ落ちてしまうだろう。がれきに当たれば割れてしまうかも知れない。

 それに、ここにはさらわれてきた女の子が数人いるはずだ。彼女達も助けなければ。クオーリアの魔の手から逃れても、焼け死んでは意味がない。

「竜珠は怒っているのだ。器の小さな人間に利用されて、暴れたくて仕方がない状態だ」

「説明されても……どうすればいいんだ」

 暴れたくて仕方ないなら、気が済むように……とは言えない。

「タッド、魔法をかけてやってくれ」

「魔法? どんな?」

 今の竜珠に水をかけたら、爆発を起こしそうな気がする。

「私にかけてくれた魔法だ」

 タッドがフェオンにかけた魔法。高ぶった気持ちを落ち着かせるための魔法だ。

「あの魔法を? だけど、あれは気持ちを落ち着かせるためで、竜珠には……」

「竜珠は怒っていると言ったろう。その怒りを静めなければ、珠は持ち帰れない。私でさえも拒否されてしまう」

「わ、わかったよ」

 無機物であろう珠に効果があるのかわからないが、タッドは言われるままにした。

 近付くことはできないので、少し離れた所から竜珠に向けて手を伸ばす。

 頼む。落ち着いてくれ。あの魔法使いはもういないから。落ち着いてくれなきゃ、持ち主である竜の元へ送り届けられないんだ。頼む。大丈夫だから。もう怖くないから。

 呪文を唱えながら、タッドは心の中でそんな言葉を繰り返す。

「火の弾の数が減ってきたわ」

 そばでタッドの様子を見ていたティファーナがつぶやく。

 魔法は明らかに効果ありだ。

 タッドの呪文が終わる頃には、竜珠はドゥードルが持っていた時と同じ、朱色に戻っていた。もう火の弾も飛び出してこない。フェオン(いわ)くの怒りは静まってくれたらしい。

 タッドは竜珠へ近付くと、静かに拾い上げた。あんなに火を飛ばしていたのに、触るとひんやり冷たい感触がする。

 まるで小さな恒星(こうせい)だ。とても暖かみのある火の色。こうして触れていると、愛しいとさえ思えてくる。

 ほっとしたのも束の間、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 竜珠から飛び出す火はなくなったが、これまでの火が消えた訳ではない。この部屋にいるのも、もう限界だった。

「ぼくが道を作る。ティファーナとフェオンは先にここから逃げるんだ」

「道? 先にって、タッドとリアンスはどうするの。館が焼け落ちるわよ」

「さらわれた女の子を捜しに行く。この館のどこかにいるはずなんだ。少なくとも、さっき連れて来られた子がいるはずだし、放っておけない」

 タッドは言いながら、水を放って部屋の壁をぶち抜いた。その先には、安全な外の世界がある。ここが一階で助かった。

「フェオン、竜珠を頼むよ。ティファーナ、早く行って。今なら道の周囲に防御の壁があるから。だけど、そんなに長くもたない。すぐに焼けるから、早く逃げて」

「だけど、あたし達だけ先に逃げるなんてできないわ」

「わかった、タッド。後はまかせる。人間の気配は下だ」

 フェオンはタッドから竜珠を受け取ると、さらわれた少女達のことを教えてティファーナの手を引く。

「行こう、ティファーナ。我々がいては、足手まといだ。守る者が増えてしまうだけ」

 フェオンの言葉に、ティファーナはぐっと詰まる。確かに、自分がここにいても、今は役に立てない。

「……わかったわよ。早く出て来ないと、ひどいからねっ」

 一大決心をしたような顔で、ティファーナはフェオンの手を引いて外へと走って行く。

「ほぉ……短い間で、ずいぶんと男らしい表情ができるようになったじゃないか」

「なっ……リアンス、こんな時にからかわないでよ」

 リアンスの言葉で、タッドの頬に朱が走る。もちろん、火のせいじゃない。

「からかう? 俺はこれでも一応、ほめてるつもりだぜ」

 だが、どう見てもリアンスの表情は、タッドをからかっているものだった。

「それはともかく。フェオンが下から人間の気配がするって言ってたな」

「うん。きっと地下室にでも閉じ込めてるんだ。階段を見付けないと」

「早くしないと、俺達の方が先に焼け死んじまうぞ」

 部屋を出ても、火はすでに広範囲に広がっていた。熱気だけで火傷してしまいそうなくらい、火が勢いづいている。スプリンクラーから水は出ているが、火は衰えを知らない。

 今はタッドが二人の身体の周りに防御の壁を出しているので焼死は免れているが、それだっていつまでもつか怪しい。

「これは竜珠から出た火だから、自然の水じゃすぐには消えないんだ。たぶん、この館を燃やし尽くすまでは、もう消せないと思う」

「厄介なことをしてくれたな、あいつ」

 リアンスに恨まれている魔法使いだって、こうなるとは予想もしていなかっただろう。

 タッドとリアンスは、地下へと続く階段を探した。だが、上へ続く階段だけで、下へ続く階段がない。

 きっとどこかに隠し扉があって、その奥に階段があるのだろう。だが、自由に部屋を行き来できるような状況ではないから、そんなものを探し回っていられない。

「こんな所で謎解きしてるヒマなんかないぞ。ちっくしょう、どこだ」

 今まであまり感じなかった火の熱さが、身体に伝わるようになってきた。

「魔法の効果が薄れてきた。やばいな。もうあまり長くはもたないや」

「いやなこと、言うなよな」

 タッドは壁の力を補強するが、焼け石に水状態だ。

「……タッド、お前はフェオンみたいに人間の気配はわからないのか?」

「集中すれば、どうにかわかると思うけど」

 フェオンが下にいると教えてくれたので、人間が地下にいることは確実。それなら、たとえぼんやりとでも人間がいる位置はわかるはず。

「じゃあ、人間が確実にいない場所を狙って、床に穴をあけるんだ。さっきティファーナを逃がす時、水で壁に穴をあけたろ。あれみたいにして、地下への抜け道を作るんだ。階段を探すより、その方が早い」

 道がなければ、自分で作ればいい。

「あ、そうか。わかった、やってみる」

 タッドは床に手を当て、気配を探る。

「見付けた。リアンス、俺の後ろへ回って」

「わかった。やりすぎて、床全部を落とすなよ」

 気を付けるよ、と言いながら、タッドは床にある一点に集中して氷の槍を放った。大きな音がして煙が上がり、その煙が落ち着くと床に人が通れるくらいの穴がぽっかりとあいていた。

「おっと、やるじゃねぇか、魔法使い。よっしゃ、行くか」

 リアンスが先にその穴から地下へと飛び降り、タッドが続く。

 さすがに地下まではまだ火がきていない。それでも、火が(せま)るのは時間の問題だ。

 タッドがとらえた人の気配がある方へ、二人は走る。すぐに重そうな扉を見付けたが、それには厳重に南京錠が三つもかけてあった。

「あいつ、腕に相当自信がありそうな言い方してたくせに、こんな金属の鍵なんかに頼るなよなぁ。魔法で施錠されるよりはいいけど」

 言いながら、リアンスは銃を取り出した。向こうが物なら、こちらも物で対抗するまで。

 リアンスは弾をこめると、南京錠へ向けて発射する。鍵はあっけなく壊れ、それを取り外すと二人は重い扉を押し開いた。中は薄暗く、すぐには部屋の様子がわからない。

「あの……誰、ですか」

 恐る恐るといった声が聞こえた。少女の声だ。ドゥードルではない気配に、不審を抱いて聞いてきたのだろう。

「助けに来たんだ。時間がない。みんな、早くここから出て」

 問われても、自己紹介などしてる暇はない。中にいる少女達に、外へ出るようにせかす。

 訳がわからず、それでも逃げられると知った少女達は、扉の外へと走り出て来た。全部で五人いる。見覚えのある顔も二つあった。タッド達の目の前で魔物に連れて行かれた少女達である。

 結構、かわいい子ばかりだ。リアンスがエコーバインは美人が多い、と言っていたが、あながち嘘でもなさそうである。

 ……いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「おいおい、今でこの人数じゃ、あの女、一体何人集めるつもりだったんだ」

「詳しくは知らないけど、術によって必要人数が変わるって聞くからね。多い程、効果は高くなるから」

「ったく、世の中にはとんでもない術があったもんだな」

 中にもう残っていないことを確認し、急いで階段を探す。細い廊下の一本道なので、すぐに見付かった。上へ行くと、この階段を隠す扉に阻まれたが、タッドが吹き飛ばす。

 扉の外へ出ると、書斎らしき部屋へ出た。逃げ道になるような所がない程に火が燃え上がり、天井が今にも崩れ落ちてきそうだ。ここにどんな調度品があったのか、もうわからない。

 地下にいた時は何か騒がしい程度にしか思わなかった少女達は、この状況を見て自分達がとんでもなく危ない場所に置かれていたことを知った。

「外へは……あの窓が一番近いな。みんな、道ができたらすぐに走って」

 タッドは今いる場所から一番近いテラスへ出る窓へ向かい、水を放った。ほとんど窓枠を残すのみとなっていた窓を破り、その窓へ続く道ができる。

 リアンスに押し出されるようにして、少女達は外へ向かって一目散に走った。

「もういないな。俺達も逃げるぞ、タッド。……おい、大丈夫か」

 リアンスは走り出そうとして、タッドの身体がふらついているのに気付いた。

「……うん。さすがに、少し……ハードなもんだから……」

 見れば、昨日倒れる直前と同じように汗だくになっていた。息も荒くなっている。防御の壁が弱くなって、リアンスも身体が熱くなってきているが、まだここまで汗は出ていない。

 さっきドゥードルに向けられた火の魔法と、今無理をして何度も魔法を使っているため、身体に相当な負担がかかっているのだ。

「あと少しなんだ。頼むから、倒れるなら外へ出てからにしてくれ。こんな所で男と二人、火だるまなんてごめんだぜ」

「雪だるまなら、助かる可能性はあったかな」

「どんなだるまだろうと、男と心中なんていやだっての。ほら、もう少し踏ん張れ」

 タッドの腕を掴むと自分の肩に回し、そのままリアンスは走り出す。燃える柱が轟音をたてて倒れてきたが、防御の壁がかろうじて持ち堪え、頭のすぐ上で止まった。

「いい腕してるぜ、タッド」

 壁が消えないうちに、その場を走り抜ける。

 とにかく前を向き、二人は外へと飛び出した。

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