狙われたティファーナ
「今回のことでお金がかかったのは、ドゥードルのお給金くらいかしら。それで美しさが保てるなら、安いものですわ。ちょっとお高い化粧水のようなものかしら」
例えがあまりにもひどい。
「黒魔術か何か知らないけど、本当にそんなのできれいになれるっていうの?」
「ええ、その通りですわ。彼女達の若さをわたくしへ移すことで、昔のようになれますのよ」
「バッカみたい。そうまでして、若くいたい訳? 人間は年相応に老いてくのが自然な姿なのよ。そういうのって邪道だわ」
ティファーナの言葉に、クオーリアは笑う。
「そうおっしゃるのは、あなたが若いからですわ」
目は笑っていない。ドゥードルより濃い青の瞳が、本当は氷でできているのではないかという錯覚に陥る。
「わかっているのか。黒魔術は簡単なものではない。失敗すれば、全てが自分にふりかかる。あれは呪いと同じだ。若さどころか、命をも失うことになりかねない」
「あら、小さいのに優しいのね。わたくしのこと、心配してくださるの? 大丈夫。黒魔術の知識はありませんけれど、術をかけるのはドゥードルですもの」
「術者だけではない。それに関わった者も、無事では済まない」
フェオンが重ねて警告する。もっとも、相手がそれを受け入れるとはフェオンも思ってないだろう。
「信用がありませんね。私はそんなヘマをするつもりはありません」
その声で、一同の視線がドゥードルへ向けられる。同時に、彼が今までこの場にいなくなっていたことに、遅ればせながら気付いた。
クオーリアが入って来て、彼が一礼し……その後はずっと彼女がしゃべっていた。今まであれこれ推理していたものの、こんなことをしでかしたあまりな理由に憤り、彼の存在を忘れていたのだ。
ドゥードルの手には、子どもの頭くらいもある透明な朱色の珠があった。恐らく、これを取りに行くために席を外していたのだ。
間違いない。ずっと探していた竜珠だ。ドゥードルが戻って来てから、部屋の空気が変わった。魔法の気配が濃くなる。魔法使いならわかるであろう気配だ。
「ここには竜の力があります。術を失敗するはずはありませんよ」
「それは、人間の手に余る物だ。すぐ持ち主に返せ」
「ははは……残念ながら、それはできかねますね」
フェオンの言葉に、ドゥードルは鼻で笑う。つくづく腹の立つ二人だ。
「本当はその珠のコントロールに苦労してるんじゃないのか。だから、女の子達を早く集めようとしたんだろ」
タッドの言葉に、ドゥードルの目尻が一瞬ぴくりと動いた。だが、顔色は変えずにちょっとばかり肩をすくめてみせる。
「おやおや。本当に私の力を信用してもらっていませんね。苦労なんてしていませんよ。早くお嬢さん方が集まってくだされば、その分、術も早く行える。主の希望をかなえられるのです。そうすれば主は幸せになり、私は報酬を受け取って幸せになる。それだけですよ」
「このドゥードルはね、腕はいいけれどお尋ね者という輩なのですわ」
過去にも、魔法を使った犯罪に荷担していたらしい。それをクオーリアが拾い、自分がやりたいと考えていることに協力するなら高額の報酬を出す、と言って今回の件を実行させたのである。
ドゥードルが本名を明かせない、と言った理由はこの件のためだけでなく、エコーバインや他の星で指名手配されているからだ。
もっとも、名前だけでなく、彼の今の姿がどこまで正体に近いかわからない。姿変えの術くらい、お手のものだろう。
「お尋ね者を雇うなんて、大貴族も落ちぶれたもんだな」
リアンスの口調は、どこか悲しげだ。昔のクオーリアを知っているだけに、ここまで人間として落ちてしまっている彼女を見るのはつらいのだろう。
「この程度のこと、どこの貴族もやっているものですわ」
そんなリアンスの気持ちに気付くことなく、クオーリアはしれっと言い返す。貴族の知り合いはいないのでわからないが、それが本当だと思いたくはない。
「魔法を悪用するなんて、魔法使いとして恥ずかしくないのかっ」
言っても無駄だろうと思いながら、それでもタッドは言わずにいられない。
「真面目にやっていては、人生がつまらないものになりますからね」
「つまらないからって……だからって魔法を悪用してもいいことにはならないだろっ」
まだ十六年も生きていないタッドは、ドゥードルに比べれば当然人生経験は短く、浅い。しかし、まだ子ども扱いされる年齢でも、悪いこと、やってはいけないことくらいの判断はできる。何より、魔法を悪用することが許せない。
「使えるものはとことん使ってこそ意味があるんですよ。それが便利であり、自分の力で利用できるものなら、なおさらです。宝の持ち腐れ程もったいないことはないでしょう?」
魔法学院というものが存在していても、今の時代は魔法使いの数が少なくなってきている。卒業はしても、ちゃんとした魔法使いになる者が少ないのだ。
一つには、人間の魔力を持続させる力が弱まってきている、ということが上げられる。そう説明する学者もいるが、とにかく希少価値になりつつある。
そう、自分は価値が高いというのに。特別な存在と言ってもいい。
特別な存在である自分が、人だの精霊だの、そんなもののために働くなんて馬鹿らしくなってきた。
魔法を使えば、人々は慌てふためく。理由もわからず、右往左往する。
それが全て、自分の力によるものなら。
こんなに面白いことはない。他に魔法使いがいない場所なら、歯向かってくるような命知らずもなく、そもそも自分の仕業だとわかる奴らも存在しない。こんな楽しいことがあるのに、あくせく働くだなんて、みっともなくてできない。
「労働の尊さってものを知らない奴だな。気の毒に」
「それは、負け惜しみというものでしょう。自分にはできないことを私がするのを見て、悔しいけれど反撃するだけの力もないから、そういう言葉でしか対抗できないのですよ」
「へーへー。あんたはすげーよ。対抗する気にもなれねぇ」
相手が魔法使いでなければ、今にも殴りかかりそうな目つきをしているリアンス。
「せっかくお越しいただいたんですもの。お嬢さんをあちらへお通しして」
「あちら? ティファーナをどうするつもりなんだ。まさかあの子達と同じように……」
女の子であるティファーナを連れて行く、と言えば、目的は一つ。
「魔法使いのあなたと、そちらのあなたはどうしようかしらねぇ。それに、小さな子をどうこうするのは少し気が引けるし……後で考えますわ。今はとりあえず、そのお嬢さんだけに用がありますから。もうじき人数もそろいますから、お友達と離れても淋しくはありませんことよ」
そろい次第、黒魔術を始めるつもりだ。
「冗談じゃない。ティファーナは絶対、あんたなんかに渡さない」
ティファーナを守るべく、彼女の前に立つタッド。ドゥードルはそんな彼をあざ笑いながら、竜珠を前に出した。
「寝言はいけませんね。選択の余地など、そちらには存在しません。わかっているんでしょう? この珠を使えば、あなた達など一瞬にして消せるんです」
言われなくてもわかっている。わずかに魔力を浴びた魔物にすら、勝てなかった。力を防ぎ切れなかった。竜珠の力を直接浴びれば、影さえも残らずに消滅させられるだろう。きっとフェオンでさえも。
だからと言って、言われるままにティファーナを差し出せるはずもない。
「あなた達が今後どうなるのかはともかく、少しでも長生きしたいでしょう?」
「いやな野郎だな。そんなことばっかしてると、ロクな死に方できないぜ」
「生きてる時に死ぬ時のことを考えるなんて、ばかばかしいですよ。今を楽しまないと」
そう言うと、ドゥードルは呪文を唱え出す。途端に、タッドの後ろにいるティファーナの身体が浮かんだ。持っていたコンピュータが床に落ちる。
「きゃっ。な、何?」
「ティファーナ!」
ティファーナの身体は、そのままドゥードルの方へと引き寄せられた。そばに来たティファーナの腕を掴んで床に降ろし、ドゥードルはにたりとする。
「ほぅら、簡単。まぁ、この程度なら、竜珠を使うこともありませんが」
「竜珠をなめると、痛い目に遭うぞ」
フェオンが静かに、最後の警告をした。
「私の手にかかれば、竜珠など魔力増幅マシーンですよ」
「……くそっ。ティファーナに触るなっ。彼女を返せっ」
タッドがドゥードルに飛びかかろうとした。だが、相手の出した壁にあっさり弾かれる。
「頭の悪い少年ですね、きみは。もう少し賢くならないと、命を縮めますよ」
「ちっくしょぉ……」
「大丈夫か、タッド」
壁に跳ね返されたタッドに、リアンスとフェオンが駆け寄った。
ティファーナもその様子は見ているが、いつの間にかドゥードルの魔力で拘束され、魔法使いの横で突っ立っているだけ。身動き一つできない。声すらも出せない。
「ドゥードル、魔法を使うのはいいけれど、部屋の調度品は壊さないようにね」
床に倒れて背中をしたたかに打ち付け、顔を歪めて呻く少年よりも、彼女にとっては物の方が大事らしい。
「失礼しました。次は静かに進めます。骨を折るなりすれば、動けなくなるでしょう」
広い部屋で、魔法使いとの距離は五歩以上はゆうにある。だが、彼はその場から動くことなく、タッド達に何でもできるのだ。骨を折ることも、心臓を握りつぶすことも。
そして、何のためらいもなく。
「いい加減にしろ! そんなことに竜珠の力を使うな。竜珠が汚れる」
「聞きそびれていましたが、きみは……精霊ですか? まぁ、何でもいいです。私に指図しないでもらいたい」
ドゥードルは不愉快そうに鼻をならす。
「その竜珠がないと、火の竜が死ぬんだ。それに、その竜の子どもだって死ぬんだぞ。小さな子を殺して、あんたは何の感情もわかないのかっ」
「おや、あの竜は子持ちでしたか。モニターには映っていませんでしたが。きっとどこかで隠れて見ていたのでしょうね。震えながら。どちらにしろ、それは私に関係ないことですよ」
冷めた笑みさえ浮かべ、ドゥードルは言い捨てる。
タッドの目に、あの時の色あせた火の竜の姿が浮かんだ。身体を剣で岩に縫い付けられ、胸から血を流して。あの時はまだ意識があった。命の火は消えていなかった。
だが、あんな目に遭ったのは、若さを保ちたいというわがままな人間の欲望のためだ。そんなことのために、竜は力だけでなく、命までが封じられようとしている。竜の言葉通りなら、竜の子も長くは生きられない。
そして、魔手はタッドやタッドの周囲にいる人達さえも巻き込もうとしているのだ。
ティファーナがあんな女のために、命を奪われる。あんなくだらない望みのために、ティファーナは何も悪いことをしていないのに、殺されてしまう。
そう考えた途端、どうしようもない怒りがこみ上げ、タッドは拳を強く握った。
冗談じゃない。彼女から首を突っ込んだとは言え、こんな所で死なせる訳にはいかない。守らなきゃいけない。ここで彼女を守れるのは、魔法使いのぼくしかいないんだ。
タッドは立ち上がると、ドゥードルに向けて水の槍を放つ。だが、彼に当たることなく力は霧散した。
予想していたことではある。竜珠がなくても、相手は腕のたつ魔法使いだ。まだ見習いでしかない自分の力が通用するとは思っていない。
だが、ここであきらめる訳にはいかないのだ。いや、絶対あきらめたくない。
「クオーリア様、よろしいでしょうか。彼女以外、特に使い道はありませんでしょう?」
言葉としては出していない。だが、ドゥードルは明らかに殺していいかを尋ねている。
「そうねぇ。そちらの殿方は、よく見たらなかなかわたくし好みだわ。残しておいて」
魔法使いや精霊は、残しておくと後が厄介だ。好きにするといい。
クオーリアは暗にそうほのめかし、ドゥードルは目を輝かせた。
「では、遠慮なく。心配しなくても、あっという間です。痛みを感じる時間もありませんよ。ご婦人方の前で、野蛮なことはしたくありませんからね。耳障りな声も聞きたくありませんし。では、この竜珠の力、しっかりと見せていただきますよ」
「タッド、防御壁を張れ」
「そんなこと、無駄ですよ。まぁ、最後のあがきをするならどうぞ」
確かにあがきでしかないだろう。だが、タッドはフェオンに言われた通り、防御の壁を張り巡らした。
その直後、火の力がタッドの出した壁を包み込む。リアンスは残しておけ、と言われたので、ドゥードルはタッドとフェオンに向けて力を放っていた。
その力は、タッドの出した壁をぎしぎしと締め付ける。ガラスの板に重い物が乗って今にも割れそうな音が、すぐ間近で聞こえた。わずかでも力を抜けば、この火はふたりを焼き尽くしてしまうだろう。壁の外が怖い程に真っ赤だ。
壁の外で、近付くことすらできないリアンスがタッドとフェオンの名を叫んでいるのが、ひどく遠くに聞こえる。
「おやおや、案外とがんばりますねぇ」
ドゥードルはくすりと笑い、火の力を上げようと手を動かした。





