タッドと竜珠の力
「おいおい、本当に娘を竜に差し出すつもりなのかよ」
「竜が相手じゃ、どうしようもないって思ってるんだ」
「だからって……こんなこと、あまりにも時代錯誤だぜ」
命が、生活がかかっている。一人の命で、数十人の命が助かるなら。
自然が相手では、しかも原因がつかめない異常気象では、竜の仕業と考えるしかない。竜の仕業なら、人間に太刀打ちなど不可能だ。逃げてもきっと災いが降りかかる。
つらい決断ではあっても、村の人達の心にはそんな気持ちがあるのだろう。
「行きましょ。彼女が連れて行かれた所に、竜の皮をかぶった犯人が現れるはずよ」
差し出せ、と言っておいて放っておくことはないだろう。必ずあの少女を連れて行こうとする誰かが現れる。
ティファーナがこうするだろうと思っていたので、尾行することに誰も反対はしない。
一定の距離をおいて、住民達の後をつける。向こうがこちらに気付いている様子はない。まさか追跡されているとは思っていないのだろう。
どうやら彼らは、村の近くにある小高い丘の方へ向かっているらしい。タッド達が車を置いている高台とは反対方向だ。
さらに進めば、隣村へと続く道に出るのだが、一行はそちらへは行かず、足場の悪い岩山へと歩いて行った。
道らしからぬ道を進み、どんどん岩山の奥へと入って行く。後をつけるのも一苦労だ。だが、あちらの歩調はそんなに速くないので、見失うことはない。
植物の姿は木も含めてほとんどなく、岩がごろごろしている。人の手は入ってないような場所だし、普段なら雪がこの地形を隠しているのだろう。
どこまで行くのかとタッド達が思い始めた矢先、村人達は立ち止まった。
特に何があるでもない。さらに先へと進むには足場がかなりひどくなったので、ここまで、ということにしたのだろうか。
タッド達のいる場所からは聞こえないが、彼らは少女に何か言葉をかけ、顔を歪めながら元来た道を逃げるようにして走り去った。戻る住民達に見付からないよう、タッド達は急いで岩陰に隠れる。
残された少女は、泣きそうな顔で住民達を見送り、その場に立ち尽くしていた。
彼らの後を追って村へ戻っても、きっとまたここへ戻されるだろう。かと言って自分だけでこの先へ進むのは困難。それに、竜に喰われるかも知れないのに、先へ進む気にはなれないだろう。
だから、彼女はああしてただ立ち尽くすしかない。
少女はやはりタッドやティファーナと近い年格好のようだ。確かに若いが、若すぎる感もある。年寄りだったらいいというのではないが、彼女では供物としてはあまりにも幼いのではないか。
「こんな所まで、どうやって来るつもりかしら。瞬間移動とか?」
「それができる魔法使いがそばにいるならね。実は抜け穴が近くにあるとか……」
犯人が少女のいる場所まで行くには、今歩いて来た道らしからぬ道しかない。住民達の後を歩いていたタッド達は、ここへ来るまでに周囲にも目を配っていた。しかし、他に歩いて来られるような道はない。少なくとも、気付かなかった。もちろん「歩いて来る」ことを前提にすれば、の話だ。
「魔法が使えるなら、何でもありだな。俺達のこと、気付かれていないか?」
「見られてるような気配はないけど」
「タッド、竜珠の気配が近付いている」
フェオンが言った途端、少女の悲鳴が響いた。赤く細長い身体をしたものが、空から少女目掛けて降下してきたのだ。
太さも長さも人間の二倍以上はありそうな大蛇の身体に、烏のような黒い巨大な翼と足をつけた魔物が、迷わず少女へ向かって来ている。
「何だよ、あいつ。あんな生き物、どこの星でも見たことないぞ」
「生物兵器の失敗作みたい」
「召還されたか、魔力で作り出された魔物だ。普通の生き物じゃないよ」
少女も初めて魔物を見たのだろう。悲鳴をあげて、その場にうずくまる。逃げることも隠れることもできず、自分の肩を抱くだけで精一杯だ。
魔物は少女のそばまで降りて来ると、鋭い爪が伸びた足でその細い身体を捕まえた。
「あの魔物から竜珠の気配がする。持ってはいないが、竜珠の近くにいたはずだ」
フェオンははっきりと、魔物から竜珠の気配を感じ取っていた。あそこに見える魔物は、竜珠の魔力をその身体に隠し持っている。
「待ちなさいっ。その子をどこへ連れて行くつもりなのっ」
少女が連れ去られそうになるのを見て、ティファーナが飛び出す。
「ティファーナ、無茶するんじゃないっ」
走り出すティファーナをタッドが止めた。
「だって、このままじゃ、本当にあの子が連れて行かれるじゃない。放っとけないわ」
ティファーナは、石でも投げつけそうな勢いだ。
一方、邪魔者が現れたことを知った魔物は、飛び去りかけた身体の向きを変え、再びこちらへ飛んで来た。相手の攻撃的な雰囲気はいやでもわかる。
そして、次の瞬間、魔物は牙の並ぶ口から大きな赤い火のかたまりを吐き出した。
「危ないっ」
「きゃあっ!」
魔物が火を吐いたのを見て、タッドはティファーナを突き飛ばした。ほぼ同時にリアンスが、彼女の腕を掴んで自分の方へと引っ張る。
そして、もろに火の標的となったタッドは、防御の壁を出して魔物の攻撃から身を守った。だが、火の勢いを防ぎ切れず、その力はタッドの魔力の壁を壊して見習い魔法使いを弾き飛ばした。
「うわぁっ」
タッドは軽々と宙に飛ばされ、地面へ落ちる。
魔物は関係のない人間を相手にする気はないのか、タッドが飛ばされたのを見ると少女をしっかりとその足に捕まえたまま、空の彼方へと消えてしまう。
相手が飛んでいては、飛行機も翼もない人間には、追い掛けられない。ティファーナ達はただ呆然と魔物の後ろ姿を見送るだけ。
そんなことより、今は飛ばされたタッドの方が大切だ。
「タッド! タッド、大丈夫? しっかりして。死なないで」
ティファーナが慌てて倒れているタッドへ駆け寄った。少し遅れてフェオンとリアンスもこちらへ来る。
「いたた……まだ死んだりしないよ」
タッドがゆっくり起きあがった。
「タッド……お前、ケガはないのか?」
「少し手をすりむいたけど、どうにか」
飛ばされて地面をバウンドし、その時に手のひらをすりむいた。腰や背中を打ったりもしたが、歩くのに困る程の衝撃は受けていない。防御の壁があったおかげで、火の勢いが弱まっていたのだろう。
あんな大きな魔物の攻撃を受けてこの程度で済んだのだから、運がよかった。
「ごめん、逃げられたね。ティファーナ、きみは大丈夫だった?」
「あたしは平気よ。タッドがかばってくれたもの。ありがとう」
とっさにティファーナを突き飛ばしたものの、タッドの出した壁に当たった火が周囲に飛び散って火傷していないか心配だった。
もっと力があれば、防御の壁をドーム状にしてしっかり守ることだってできるのに。
そう考えると、タッドは悔しかった。
「フェオンはケガしてないかい?」
「私の所まで火は飛んで来ていない」
ティファーナが飛び出し、その後をタッドやリアンスが追った。幸いと言おうか、フェオンは出遅れたので、被害はなかったのだ。
「ティファーナ、無鉄砲にも程があるぞ。あんな得たいの知れない魔物に丸腰で向かおうだなんて、殺してくださいって言ってるのと同じだぜ。叫んだ時はどうしようかと思った。こんな冷や汗、久しぶりだ」
「ごめんなさい」
止める間もなく、ティファーナは魔物に向かって怒鳴っていた。あの魔物が一度しか攻撃をしなかったからよかったものの、全滅させられるきっかけになったかも知れない。
リアンスはタッドに突き飛ばされた彼女を自分の方へ引っ張ったものの、巨大な火の弾から身を隠せるような場所など近くにはなく、魔物を相手にしたことなんて当然ない。ここで人生が終わるのか、と本気で思ったくらいだ。
「あの魔物、どこへ向かったんだろう。せめて目印になるものを付けられていたら……」
発信機のようなものを付けられたら、事態はもっと違う流れになっていたはず。
「タッド、そうぜいたくは言うなって。まさかあんなのが来るとは思わないし、こんな所へ来る予定だってなかったんだから、何の用意もない。さっきは自分を守るだけで精一杯だったんだからな。他にまで手は回らないさ」
「あの女の子、すぐに殺されたりしなきゃいいんだけど」
「うん。女の子を要求する目的がまだわからないから、それが一番心配だね」
今はただ彼女の無事を祈るだけしか、タッド達にはできない。
「彼女が立っていた辺り、何か手掛かりになるようなものが残ってないかな」
「あんな魔物が落とし物をするとも思えないけど、探してみましょ」
恐らく獲物を運ぶ役目しかないのだろうが、確認してみるに超したことはない。魔物がこちらを攻撃するために旋回したことで何か落とした、ということもありえる。
「それが俺達にもわかる証拠だといいがな。……タッド? おい、本当に大丈夫か?」
歩き出すタッドの足下がふらついていることに、リアンスが気付いた。
「うん……何だか……暑くて……」
「暑い、か? この気温が?」
雪と氷が年中あるこの星にすれば、今の気温は間違いなく高い。だが、タッド達がいるレクシーの星では、これだと小春日和と呼ばれるような穏やかな天気。それでも、吐く息が白くなるのだから、寒い。
なのに、よく見ればタッドはひどい汗をかいていた。
おかしいな。さっきから急に身体が熱くなってきてる。あの魔物の火のせい? だけど、火傷をした訳じゃないし……。あれ、地面が揺れてる。地震? まさか、ここって火山じゃないよな。あ、そんな訳ないか。どんどん地面が傾いてる。いくら坂道だからってやばくないか、これ……。
「タッド、座れ。さっきからお前のオーラがひどく弱まっている」
フェオンに言われるまでもなく、タッドはその場に崩れかけた。慌ててリアンスが支える。
「おい、タッド……なっ、お前、すごく熱いじゃないか。こんなになるまで黙ってるなよ。どうしてここまで無理するんだ」
リアンスが怒鳴るが、もうタッドに意識はなかった。
触れた身体は熱く、汗が流れる。呼吸も荒くなっていた。ついさっきまでは普通に歩き、何でもない顔で話をしていたから、この熱はやはりあの魔物の攻撃を受けたためと考えるべきだろう。
「タッド、しっかりして。……やっぱりあの火のせい? ど、どうしよう」
「どうしようったってなぁ……。とりあえず、ホテルへ連れて帰ろう。休ませないと」
「待て」
タッドを担ごうとしたリアンスを、フェオンが止めた。
「タッドから竜珠の気配がする」
「どういうこと? タッドは竜珠なんて持ってないのに」
「さっきの魔物の火は、竜珠の力を借りたものだろう。タッドはその力を浴びたために、こうなった。今、タッドの身体を火の竜の力が覆い尽くしている」
火の力がタッドを包み込み、そのためにタッドの身体は熱くなっている。
「あたし達の目には見えないけど……竜の火に焼かれてる状態って訳?」
「簡単に言えば、そんな感じだ」
「それじゃ、どうしたらいいの」
フェオンはあっさりと肯定するが、これは一大事ではないのか。このまま連れて帰っても、竜の力を消さなければタッドの熱は上がる一方だ。
人間が熱にいつまでもつかはともかく、このまま上がれば間違いなく死に至る。そうならなくても、脳に異常をきたすだろう。今のタッドは危篤状態になっているのだ。
「私がやってみる。タッドを覆っている竜の力を取り除けばいいはずだ」
「フェオン、できるの?」
「取り去るだけなら」
リアンスがタッドを座らせてその身体を後ろで支え、フェオンがタッドの身体に手をかざす。
フェオンの身体が、魔法使いではない二人の目にもぼんやりと赤く光るのがわかった。火の竜の力が、目に見える形でフェオンの身体へと移っているのだ。
その証拠に、フェオンのそばにいるだけで熱を感じる。まるで小さなたき火のそばにいるような。
しばらくそうやって手をかざしていたフェオンだが、やがてその手を引いた。
「これで竜の力はタッドから取った。体温は時間が経てば下がるはずだ」
タッドに触れているリアンスへ伝わってくる体温はまだ高いが、さっきまで荒かった呼吸が穏やかになっている。
熱いものにくるまれていたので一時的に体温が上がったが、放っておけばさめてくるということなのだろう。とりあえず、危機は脱したようだ。
「じゃ、戻るか。ゆっくり休ませてやらないとな」
「うん、そうね。あの子のことは気になるけど、まずは自分達のことをしましょ」
リアンスがタッドをおぶり、時間はかかったものの車のある所まで戻ると、一行はローテアの村を後にした。





