ローテアの村へ
頼む……魔法使い。竜珠を我が手に……。竜珠を見付け出してくれ。
切羽詰まった声が聞こえる。遠く近くで響く声は、必死に訴えていた。
どこから聞こえてくるんだろう。誰だったろう。わからない。
タッドは辺りを見回してみるが、自分のいる位置すらもあやふやだ。
そんな状況の中、声だけが聞こえ、でも声の主はどこにも見えない。姿が見えればきっと、頭を下げているか手を合わせているのでは、と思える口調だ。
低いが女性と思われるその声は、どこかで聞いたような気がする。
時間があまりない。一秒毎に命が削られてゆく。同時に世界がさらに白く閉ざされてしまう。
そんなこと言われても……竜珠なんてそう簡単に見付けられない。ぼくにはそんなすごい力、ないよ。頼む相手が悪すぎるんだ。ぼくなんかに期待しないでくれよ。
タッドは聞きたくない、と言わんばかりに耳をふさぐが、それでも声は響き続けている。何をやっても聞こえてくる。どうしたって、声を拒否できない。
頼む……魔法使い。お前しかいない。私を……私と私の子を救ってくれ。
こちらの言葉を聞いているのかいないのか、懇願の声は続く。
だから、ぼくに頼むなんて無茶だよ。ぼくにはずっと試験に落ち続けるような、情けない実力しかないんだ。それに……まだ「魔法使い」ですらないんだから。
あちらも必死のようだが、タッドも言ってて泣きたくなってくる。
どうしてこんななんだろう。自分が本当に情けなくなってくる。こんなぐずぐず言うくらいなら、いっそきっぱりと魔法なんてやめてしまえば楽になれるのかな。
なぜお前は自分を信じない? お前の力が、私の意識を取り戻したというのに……。
「え? ぼくが……取り戻した? それ……どういう意味?」
自分の声に驚き、タッドは目を覚ました。
あれ……? どうなってるんだっけ。
まぶたを開いているはずなのに、目の前が暗い。だが、次第にその闇にも慣れてきた。
部屋の入口にだけ点灯したままのライトが、閉めたドアの下からわずかにもれている。
隣からはいびき、向かい側のベッドからは静かな寝息が聞こえ、自分のそばには温かな感触。
ああ、エコーバインのホテルにいるんだっけ。昨夜はここに泊まったんだよな。
自分が今、どこにいるのかをゆっくりと思い出した。隣のベッドにはリアンスが、その向かい側にはティファーナが眠っている。
そして、自分と同じベッドには、フェオンが眠っていた。
家族用の部屋なのでちゃんとしたベッドが人数分あるのだが、まだ幼いフェオンはひとりで眠れないらしく、タッドのベッドへ入って来たのだ。
ズィードの家で休む時もそうだった。こんなところも人間の子どもみたいだ。一緒に寝るならティファーナでもよさそうな気がしたのだが、魔法の気配がある方が落ち着くのだと言う。
そして、色々とあったせいか、やがてみんな眠りについて……。
今の、ドリープ火山で竜に会った時の夢かな。もっと急げってことか。一秒毎に命がって言われてもなぁ。切羽詰まってるのはわかってるんだけど。だから、そっちが思ってるような実力はないって、最初に断っておいたのに。
なぜ、お前は自分を信じない?
夢の中の竜の言葉が頭に浮かぶ。
タッドは小さくため息をついた。
信じられるような実力が、ぼくにないからじゃないか。夢の中でまで、そんなことを突っ込まないでほしいな。
竜が目を覚ましたあの時、タッドは何もしていない。そばにいただけだ。夢ではタッドが竜の意識を取り戻したかのように言われたが、そんな自覚なんてなかった。魔法だって、まだあの時点では使ってない。
……いや、これは夢の中の話だ。真剣に考えることはない。
剣の出所はわかったが、後のことは全部推測ばかりだ。それだって、ティファーナやリアンスが入手してくれた情報のおかげ。タッドにできたのは、推測だけだ。
それでもまだ竜は、自分の力を信じろ、と言うつもりだろうか。だいたい、どうしてあんな夢を見たのか。
「……タッド、どうかしたのか?」
フェオンの心配そうな声がした。
「ああ、ごめん。起こしちゃった? ちょっと夢を見ただけ」
暗くてわからないだろうが、安心させるために笑って言う。いや、暗くてもフェオンには見えているかも知れない。
「どんな夢だ?」
「どんなって……」
隠しても、相手がフェオンだとわかりそうだし、隠す程のことでもない。タッドは夢で見た竜の話をした。
「火の竜が? そうか……まだ念を送るだけの力は残っている、ということだな」
「念を送るって……こんな遠くまで? 会った時のことを夢に見ただけだよ」
ここは竜のいるレクシーから星を二つ隔てた場所だ。遠い、なんてものじゃない。
「念を送るのに、距離は関係ない。それに、夢でしか言っていない言葉もある」
現実にはなかった言葉。
なぜお前は自分を信じないのか、という問いかけ。
確かに、これは現実にはなかった言葉だ。
「私も聞きたい。なぜタッドは自分の力を信じようとしないのだ?」
暗くて見えないが、今のフェオンはきっと怪訝な顔をしている。
「それは……信じられるだけの力が実際にないから」
「タッド、それは間違った思い込みだ。力がないなんて、誰が言った?」
気のせいか、フェオンの口調が問い詰めるようなものになる。
「誰ってことはないけど……試験だって落ちてばっかりだしね」
そうだった。自分で言ってて思い出してしまう。六回も連続して追試を失敗。本番の試験を入れれば、七回も失敗していることになる。このままだとますますかたくなって駄目だろうから、と休みをもらったはずだった。
それが、気付けば竜を助けるために、魔物だか魔物に隠れた人間だかを追い掛ける羽目になっている。竜珠なんてものが関係する以上、この先全く魔法に関わらないでいるなんて無理だろう。
休息の時間はどこへ消えたのか。そっちの方を探したい気分になる。
「シケンというものはわからないが、タッドには力が備わっている」
「……なぐさめてくれなくていいよ」
かえって悲しくなってしまう。
「なぐさめてなどいない。本当のことだ」
ずっとそばにいるのですぐに忘れてしまうが、フェオンは人間ではなかった。嘘はつかない、はず。
だからと言って、フェオンの言葉をすぐに信じることもできない。自分自身に対する先入観のようなものがあるせいだろうか。
「竜があの状態でなぜ目を覚ましたと思う? タッドの持つ魔力の気配に気付いたからだ。私だってそうだ。山の中で自分達以外の魔の気配を感じてタッドの所へ行った。力を失っている竜が意識を取り戻すだけの強い気配を、お前は持っているのだ。力のない魔法使いには持てないオーラを、タッドは持っている。わかってないのはお前だけだ」
淡々と、だが断定した口調のフェオン。タッドは黙って聞くしかできない。
「トショカンで、タッドは私に魔法をかけてくれたろう?」
「え? ……ああ、あれね。友達に教わった魔法なんだ」
「あの時、何でもないことのようにかけていた。力のない者にはできないことだ」
確かに、気負ってかけた魔法ではなかった。力めば相手にそれが伝わってしまう。
とは言うものの、あれはあくまでも基本の魔法みたいなもので、あれくらいならタッドにだってできる。
だが、今はそれを言えない空気があった。
「火の竜は、お前の力を見抜いている。実力がないなど、二度と言うな。実力のない者に、竜は念を送ってきたりはしない。自分の力を疑うのなら、それは竜をも疑うことになる」
「そんな……ちょっとオーバーだよ」
「だが、それが事実だ」
姿は幼いのに、学院の先生よりもっと偉い人に叱られてる気分になる。
「私にだってわかる。タッドは必ず、素晴らしい魔法使いになる」
こちらが思わず赤面するようなセリフを、フェオンはあっさり言う。そして、言いたいことを全て言い終わったのか、タッドの言葉も待たずにさっさと眠ってしまった。
お前の力が、私の意識を取り戻した。
夢の中で、竜ははっきりとそう言った。
フェオンはぼくの持つ魔力の気配で竜が目を覚ましたって言うし、竜自身もぼくの力で意識を取り戻したなんて言ってた。本当にぼくにそんな力があるのか? 温度計なら氷点下になりそうな成績でも? 竜のことは疑いたくないけど、やっぱり信じられないよなぁ。
次に竜が夢に出て来たら何て答えようかと考えつつ、タッドは再び眠りに落ちた。
☆☆☆
「おっはよー! お寝坊さんっ」
突然、身体に重いものがのしかかってきた。
「うわぁっ! ティ、ティファーナ……?」
どうやらティファーナはタッドの身体にダイビングして、起こしたらしい。軽いめまいを感じつつ、起き上がる。
「外はすっごくいい天気よ。暖かいっていうのは、この星では異常なんだけどね」
隣を見ると、リアンスも同じような起こされ方をしたらしい。うめきつつ起きあがっている。フェオンは先に起きていて、彼女のダイナミックな目覚ましは食らわなかったようだ。
「さ、朝ごはん食べたら出掛けましょ」
ティファーナ一人がやたらと元気だ。
「朝に強いんだね、ティファーナ……」
「うん。いつも早寝早起きだからね。あたしは集中力が落ちてきたってわかったらすぐに寝て、早く起きて続きをやろうってタイプなの」
ティファーナの話を聞きながら大きなあくびをしつつ、朝食をとる。コーヒーを飲んで、ようやくタッドも目が覚めてきた。
食事が終わると、一行はホテルを出る。今日の予定に移るべく、まずレンタカーを借りなければならない。そこからリアンスの運転で、ローテアの村へと向かった。
車はスノータイヤだが、今は無用の長物かも知れない。少なくも、車道に雪は残っていなかった。心なしか、昨日より少し温度が上がっているような気がする。
「ねぇ、リアンスが言ってた占い師の名前って何だった?」
「濁った音だったよね。えーと……ドゥ……ドゥードルだ」
車の中で、ティファーナは自分のコンピュータを開き、占い師の名前を検索する。
「昨日のうちに調べればよかったわ。まともに考えてみれば、この占い師だって怪しいのよね。こーんな危ない予言をするんだから」
ドゥードルという名前で検索するが、該当なしと出た。偽名かも知れない。
「この占い師が竜珠を盗んで、それを使って事件を起こしてるのかしら」
「魔法が使えるなら、それもありかな。ちょっと単純すぎる気もするけど」
「だが、無関係ってのは考えにくいよな。この状況からすれば、そいつも一枚かんでるぜ」
今のところ、推測も憶測も思い込みもごちゃまぜで推理が進んでゆく。占い師なら、多少なりとも魔法をかじったことがあるかも知れない。
科学と魔法を融合させて、火の竜を封じて竜珠を奪い、それを使って人々を脅す。目的は若い娘。それが何のためかはまだ不明だが、金ではなく人間を要求するところが怪しい。
竜を利用しているところが、何よりも卑怯だ。やり方が汚くて、それが一番気に入らない。
「そいつが、私にはこんな結果が見えたって言えば、誰にも責められないもんなぁ。ちゃんとした占い師が聞いたら、絶対に怒るぜ」
占い師が「こういう結果が導き出された」と言えば、内容がどういうものであれ、文句は言えない。だから、竜が求めている、と言ってもその占い師はそう出たと判断したのだから、そのことについて責めることはできない。そんな占いはインチキだ、とののしることはできても。
「占い師って、人が幸せになるためのアドバイザーみたいなものじゃないのかしら」
こうなるかも知れないから気を付けなさいとか、こうしたらもっと良くなるといったことを告げる、一種のカウンセリングのような役割があるはず。決して恐怖に陥れることではない。
そういう点では、ドゥードルという占い師は失格だ。
それに、大きな間違いを犯している。この星に竜は存在しないことと、竜は人間を供物として求めたりしないということだ。
竜を知っているフェオンが言うのだから、その点に関しては絶対に間違いない。竜を悪役に仕立てようとした時点で、この占い師が怪しいということだけは明白になったのだ。疑いようのない事実。
「昨日、タッドが言ってたでしょ。黒魔術がどうとかって。若い娘を悪魔か何かに捧げる代わりに、自分の占いの腕をもっと上げてくれ、なんて望むんじゃないかしら」
「同じ望むのなら、もっと大きなことを考えると思うよ。その占い師が魔法を使えるかはともかく、こういうことを企んだのなら黒魔術のことはそれなりに勉強しているだろうね」
「……とか何とか言ってるうちに、そろそろローテアの村へ着くぞ」
だが、車はローテアの村の入口よりずっと手前で停められた。村の中は海水が上がってきているので、村へ入る手前の高台までしか進めないのだ。噂通り、床上浸水してそのままらしい。
「この気温だと、流氷も溶けちまうか。気温が下がっても、すぐには元に戻らないな」
そこから見下ろす村は、今にも水没しそうに見える。いくら漁で生計を立てている所でも、住む場所まで海の中ではかなわないだろう。
「ねぇ、ちょっと。あそこの人達、見て」
慌ててティファーナが指を差す。そこには数人の住民達。十代であろう一人の少女を囲んで、数人の男達が村を出て行こうとしていた。
「え……ま、まさか、あれって……」
とんでもない偶然で、タッド達は今まさに人身御供が連れて行かれる場面に出くわした。





