協力した理由
リアンスはホテルへ戻る途中、薬局へ寄った。そこで解熱剤と冷却ジェルシートを手にし、ティファーナに言われてビタミン剤やスポーツドリンクも買う。
素人考えだが、今のタッドは熱中症のようなもの、だろう。市販の解熱剤で効果があるかわからないが、念のため。原因が何であれ、熱は早く下げた方がいい。
医者に診せるべきかとも考えたが、原因が火の竜の力となると、普通の人間に治療できるものだろうか。
この星の魔法使いを探して相談しようかという話にもなったが、誰が黒幕と関わっているかわからない。話をした相手が、あの魔物を操っていた魔法使いかも知れないのだ。下手に関わり、逆にタッドの動きを完全に封じられては困る。
タッドの具合が心配ではあるが、今は自分達だけで何とかすることにした。
ホテルへ戻るとリアンスはティファーナに、フロントで氷をもらって来てくれ、と頼んだ。先にフェオンと一緒に部屋へ戻り、眠る少年の身体をベッドに横たえていると、いとこの少女が戻って来た。が、残念ながら彼女は手ぶらだ。
「普段、氷を大量に作り置きしておく習慣がなくって、今は分けられる程の氷がないんだって」
本来なら、雪と氷はそこら中にありあまるくらいある。飲食店で使う氷はもちろん作られているが、基本的にあまり需要がないので大量の在庫を確保しない。
気温が上がっていきなり需要が増えたが、それもつい最近のこと。氷をたくさん作るということをあまりしない習慣が抜け切らず、また作れる数は知れている。レストランに来た客に出す氷だけで、すぐに在庫はなくなってしまうのだ。
なので、氷だけをくれと言っても、今はできないと断られてしまった。
「仕方ないな。どこかよそで調達してくるしかないか。……売ってるかなぁ」
暑い地域でセーターを置いている店を見付けるのが難しいように、本来寒い地域で氷を置いている店がどれだけあるか怪しい。水割りなどに使うロックアイスなら売っているだろうが、慣れない暑さで飛ぶように売れているので在庫がない、ということになりそうだ。
「とにかく、行ってくる。夕食の調達もしないといけないしな。後のことは頼むぜ」
「うん、行ってらっしゃい」
タッドのことはティファーナとフェオンにまかせ、リアンスは再び出掛けて行った。
ティファーナはタッドの襟元をはだけさせたり、靴下を脱がせる。少しでも涼しい状態にすると、買って来たばかりの冷却ジェルシートをタッドの額や首、脇などに貼った。
「……まだ顔が赤いわね。フェオン、本当にタッドは大丈夫なの?」
「竜の力で体温が上がってしまっただけだ。すぐ元に戻る」
そうは言われても、頬に触れれば熱い。上がっただけ、と聞いても、まだ高熱には違いない。確かに倒れた時よりはましだが、それでも少し苦しそうに見える。
「タッド……タッド、わかる? 薬よ。これを飲んだら少しは楽になるわ」
解熱剤の錠剤を口に入れ、水のボトルをタッドの口元に持ってゆく。が、うまく飲ませられず、ほとんど口の横にこぼれてしまった。
「んー、これじゃ、ちゃんと飲めないわよね。どうしようかしら」
しばらくタッドの顔を見ながら考えていたティファーナは、ふいに自分が水を口に含んだ。そのままタッドの方にかがみ……。
タッドは意識のないまま、水を飲む。口の中を確認したが、錠剤は残っていないようだ。
「……ん、これでいいわね。この薬が効いて熱が下がってくれるといいんだけど。……あっと」
タッドに薬を飲ませてから、遅ればせながらティファーナはフェオンの存在に気付く。今までずっとそばにいるとわかっていたはずなのに、なぜだかすっかりここにいることを忘れていたのだ。
「フェオン、今の……内緒だからね」
「今の、とは何のことだ?」
「えっと、だから……その」
フェオンが意地悪を言っている訳ではない、とわかっていても、そういう言われ方をすると返事に困る。
「薬を飲ませたことか?」
「そう。タッドにも、それからリアンスにも言っちゃダメよ」
「飲ませろと言われていたから、リアンスはわかっているだろう」
やはりわかっていて、からかっているのだろうか。いや、フェオンは本当に何もわかっていない。
「そういうことじゃなくって……その、どうやったかってこと」
「口移しで飲ませたということか? なぜ内緒にする? 悪いことなのか?」
「そうじゃないけど……大きくなればわかるわ。とにかく、内緒。ね?」
フェオンはまだ納得していないような表情をしていたが、ゆっくりうなずいた。
「ティファーナがそう言うのなら、内緒にしておく」
「うん、そうしてくれると助かるわ。お願いね、フェオン」
今更ながら、自分でもよくあんなことをしたな、と思う。顔が赤くなってきた。
「ティファーナ、顔が赤いぞ。タッドの熱がうつることはないはずだが……」
「ち、違うわよ。熱があるとか、そんなじゃないから」
そんなことを言われると、余計に意識してしまう。
「……ティファーナは、タッドのことが好きなのか?」
いきなり直球で聞かれ、ティファーナはあやうくイスから落ちそうになった。
「あ、あのねー。何をいきなり……びっくりするじゃないの」
まさかフェオンから、こんなすごいフェイントをかけられるとは思わなかった。
「聞いたことがある。動物達のそれとは違い、人間は好きな者同士が口で触れ合うのだ、と」
人間でも精霊でも、子どもはそういうことに関しては耳が早かったりするらしい。何だか少し親近感がわいてくる。
「キスのこと、よね? あなた達でもそういう話をするのね」
「私には難しいことはよくわからないが」
「別に難しくは……難しい時もあるかしら」
ティファーナは、タッドの頬にぬれたタオルを当てた。
「どうせ隠しても、きっとフェオンにはわかっちゃうわよね。……そうよ。あたしはタッドが好き」
タッドはまだ眠ったままだ。聞いてほしいような、ほしくないような、複雑な気分になる。
「タッドのおじいさんが、タッドがドリープ火山を降りたかどうかわかる方法はないかって探してた。あたしはおじさんからそれを聞いて、すごく興味がわいて手を上げたのよ」
タッドが来る三日前にジャンティの町へ来て、ティファーナも町の周辺がおかしいことはわかっていた。町長である叔父がばたばたと走り回っていたし、何よりも気温がいつもと違う。
やがて、この町では見ることのない雪が降り始めたのだ。
え、この町でも雪が降るの? 待って、今の季節って夏よね?
何か事件でも起きない限り、気温が下がってきた、だの、雪が降ったというくらいでは行政は調査などしてくれない。だが、事態の異常さに、町の人達の不安はつのるばかりだ。
さすがに町でも調査が始まったが、これという理由は見付からない。やがて、雪はひざ辺りまで積もる。
そして……魔法使いがその原因究明に乗り出した、と聞いた。
ティファーナには色んな知り合いがいるが、周囲に魔法使いや魔法に縁のある人だけはいない。父の仕事が研究だから、魔法に対して懐疑的な人が多かったせいだろうか。
魔法使いが近くにいるというだけで、とてもどきどきした。
町の事情を考えればそんな場合ではないのだが、ティファーナは本当にわくわくしていたのだ。魔法使いという、自分にとって珍しく、そして憧れの存在に対して。
叔父達がタッドの居場所を見付ける方法を模索していた時、迷うことなく手を上げた。山にいることはわかっているのだから、捜索はそう難しくない。ここで何かしらの作業に加わっていれば、全くの無関係ではなくなる。
それだけでも、何だか嬉しかった。
魔法使いは山を降りたらしいとわかり、みんなが彼を迎えに行くと聞くと、当然のように同行した。そして、山から降りて来た魔法使いに会ったのだ。
最初は少し驚いた。若い魔法使いだとは聞いていたが、どう見ても同級生くらいの年頃。離れていても一つか二つくらいだ。後で本当に同い年だと聞き、そんな年で魔法が使えるなんて、と感動に近いものを感じた。
魔法学院へ行けば、彼のような子がたくさんいるということくらい、もちろんわかっている。だが、目の前にいる、というだけでティファーナにとっては感動ものなのだ。
何でもないような顔で立っていても、彼は魔法が使える、というだけで。
そんなに魔法使いに憧れるなら、自分がなれば?
何度かそんなことを、周囲の人から言われた。
でも、違う。なりたい訳じゃない。
魔法使いに憧れるが、自分が魔法を使おうという気持ちはないのだ。
魔法使いを見たい。近くに感じたい。
有名人を見たい、握手したいと思うが、自分が有名になりたいとは思わない、みたいなものだ。
あくまでも、純粋な憧れ。
「それに、黒髪っていうのも大きな要素なのよね」
「魔法使いと何か関係があるのか?」
「あたしにとっては、ね」
幼い頃読んだ本に載っていた魔法使いが、黒髪だった。もちろん、いい魔法使い。いわゆる英雄だった。
そのせいか「黒髪の魔法使い」に憧れのようなものをティファーナは抱いているのだ。
黒髪はどこか神秘的なものを感じる。黒い瞳は理知的に見える。
物語には他にも魔法使いが登場していたが、彼が一番魅力的だった。
長くきれいな指が杖を握り、その口からは歌のような呪文が流れる。魔法使いの身体が光り、黒髪が風になびく。彼のその力で、悪しき魔物は消え去り、大地に聖なる力が再びよみがえる。
黒髪の魔法使いが出て来る本は、ページがすり切れてしまう程、繰り返し読んだ。読む度にどきどきした。
物語の中の彼は、完全にティファーナの心をとらえていたのだ。
だから、初めてタッドを見た時、本当にびっくりした。その理想の魔法使いが、まさに自分の目の前に現れたのだから。ますますテンションが上がるというもの。
長くはないが、柔らかそうな黒髪。静かな黒い瞳。精悍な顔、というのではないが、目鼻立ちは整っている。穏やかそうな表情。背も高い。
「早い話、好みのタイプって訳」
「このみのたいぷ?」
「えーと……つまり、好きになる条件がいっぱいってこと」
さらに付け加えるならば、一目惚れ、という言葉だろうか。ずっと憧れていた人と同じ要素がたくさんあるのだから、さもありなん。
竜を助けるために、行動を起こさなければならない。だが、どこから手を付けるべきかで彼は困っていた。
手を貸したいが、竜が相手では自分の出番はなさそうだ。得意なジャンルとは言いかねる。魔法関係では、どうがんばっても動きがとりづらい。下手に手を出して失敗し、彼にあきれられることは避けたかった。
そこへフェオンが、剣の一部である氷を差し出す。あれを調べるのなら、自分にだってできる。いや、今ここにいる中では、きっと自分だけができること。
「調べることが好きなのは、本当よ。でも、あたしがやるって申し出れば、彼といられると思ったの」
こうして白状すれば、竜珠捜しの動機は不純。でも、思った通りに行動するのがティファーナの身上だ。
それに、一人より二人で捜した方が、竜を助ける方法も早く見付かるはず。
もっとも……今回は自分の行動で、彼に大きな迷惑をかけてしまった。今ベッドでタッドが横たわっているのは、間違いなく自分のせいだ。
「あたしをかばったせいね。あの時は何も考えないで動いちゃったから」
女の子が目の前で魔物に連れ去られるのを、ただ黙って見ていられなかった。人間が来て連れて行くなら、こっそり後を尾行しようとしただろう。
だが、あんな魔物が現れるとは思わず、このまま彼女を放っておいてはいけない気がした。
今になって落ち着いて考えると、よくあんな魔物を相手に素手で向かおうとしたものだ、と自分でも思う。リアンスが言った通り、無鉄砲だった。死んでいたとしても、文句は言えない。
そんな自分を、タッドは自らの身を盾にしてかばってくれた。あんな危険な状況から。下手すれば、命を落としかねないにも関わらず。
実際、フェオンがいなければ、今頃タッドは瀕死、もしくは最悪の状態になっていたかも知れない。
きっとタッドは、それがティファーナだから、なんてことは考えず、勢いであんな行動を取ったのだろう。あれがフェオンやリアンスだったとしても、同じことをしたに違いない。
だが、それでも。
ティファーナがタッドにかばってもらった、という事実は、絶対に消えないのだ。
「きっと、タッドから魔法使いって要素を除いても、好きになっちゃってるわね」
氷の成分がエコーバインのものらしい、と結果を出した時。
タッドに礼を言われ、もうこれっきりになってしまうのか、と悲しくなった。きっと端から見れば、悲しいなんて感情などまるでなさそうに思われただろう。
しかし、当の本人は。恋人同士でもないのに、まるで別れ話でも切り出されたみたいに感じてしまったのだ。もう終わりなの? と。
そのまま「がんばってね」などとはとても言えず、言いたくなくて。かなり強引に連れて行けとせまってしまった。どうしても、もう少し彼と一緒にいたかったから。ここで切り離されるなんていやだ。
話が進むうちに魔法がかなり関わってきて、次第に自分が役に立つ場面が減るかも知れないとは思ったが、どうしても。
自分でこうして話していても恥ずかしいが、フェオンになら話してもいいように思えた。その不思議な赤い瞳のせいだろうか。透明な、でもどこか温かな赤い瞳を見ていると、自分の気持ちを隠さない方がいいように思えてくる。
「ティファーナは魔法使いではないから、魔法の気配はないが」
黙って聞いていたフェオンが、ゆっくりと口を開く。
「それ以外の気は、タッドとどこか似たところがある」
「気が似てるって……それはどういう意味なの?」
「互いを跳ね返さない、ということだ」
よくわからないが、人間が使う表現で言うところの、相性がいい、ということだろうか。
「人間じゃないから当然だけど……フェオンって不思議ね」
「そうか? 私には人間の方がずっと不思議に思える」
お互いが顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた時、扉が開いてリアンスが戻って来た。





