23話 別れ
「心音!? 居ないのか!? 心音!」
「ここちー!」
ここは神社の境内。大声で叫んだらその声は祭り会場まで聞こえるかもしれない。しかし俺は構わず叫び、心音の姿が無いかと境内の写真を撮る。
あまりにも唐突過ぎるんだ。何の心の準備も出来ていない。いや、死別ってのは基本的にそう言うもんだとは思うけど、納得が出来ない。
納得が出来ないだけで全部やり直せたりセーブポイントに戻ったり出来る程に現実は甘くないが、非現実的な存在がついさっきまで居たんだ。藁にも縋る思いで心音を探す。
それにまだ、心音の未練を全部晴らせた訳じゃないからな。
「お兄さん……心音ちゃんの行く当てに心当たりは?」
「……! 喜美子さん……心音は消えたんだ……けど、まだ居るって考えてくれているのか?」
「はい。お兄さんもそう御思いでしょう? それなら、親友の私達も心音ちゃんを探しますよ!」
「もち!」
「当然です!」
結奈さん、紗枝さん、喜美子さんの三人は、心音が消え去ったとしてもまだ近くに居ると考えてくれていた。
俺も腑に落ちない点が多すぎるのでそう考えているが、元々心音の姿が見えない三人も同じように考えてくれているなんて……心音は良い友達に巡り会えたんだな。
「心当たりは無い……けど、おそらくまだこの神社……いや、高台全体の何処かには居るかもしれない。心音の強い思い出に関係あるみたいだからな」
「地縛霊はその場所で死んだ時に留まるもの。心音ちゃんは独立していましたから、確かに思い入れの強い場所に居そうですね」
「じゃ、ウチはウチらがここちーに初めて教えて貰った場所を探してみる!」
「じゃあ私は近辺を……スマホカメラがあればここちーの姿を撮れるかもしれませんから!」
「オーケー。境内は全部撮ったけど何も無かった。少なくとも此処じゃないらしい!」
「「「分かりました!」」」
境内には既に心音の姿が無かった。
今の状態でもカメラに写るのかは分からないが、無いよりはマシ。今はほんの少しでもチャンスが欲しいところだからな。
俺達は別々に行動し、祭り囃子の聞こえる中を駆け抜けた。
「……やっぱり居ないな……名前を呼んでも反応無し……」
遠くでその音が聞こえる。人通りの多い所じゃそんなに写真は撮れないから見落としは多いだろうな。けど、何となくそこには居なさそうな気がした。
唯一の手掛かりは俺の記憶……この高台に関する記憶だけ。思い出そうとしても思い出せるものじゃない。
だからこそ、必要なもの。それは一つ。たった一つでも手掛かりがあれば。
「……!」
【ここから街を見ればな……──】
【本当だ! お兄ちゃん!】
また、唯一思い出した記憶がフラッシュバックした。
ここから街を……俺はどこから街を見ていたんだ? 祭り囃子がまた聞こえる。祭り囃子……そう言えばここに来てから妙に音が気になっていたな。確かあの時も祭りの──……!
*****
【お兄ちゃん! 早くー!】
【待ってよ。心音】
あの時、俺と心音は近所で祭りがあるからそこに二人で行ったんだ。
まだ幼い頃だったけど、既に何度か行った事もあって馴染みの場所だったので問題は無かった。
会場は今日みたいに賑やかで、父さんと母さんに貰ったお小遣いを握って向かったっけ。
【お兄ちゃん金魚やってー!】
【よし任せろ!】
そう言い、金魚すくいをしたら失敗した。
何だか段々思い出して来たな。あの時の出し物……大体が今日と同じように失敗ばかりだったよ。
それもあって心音にはガッカリさせてしまった。
【金魚一匹……】
【アハハ……おっちゃんがサービスしてくれて良かったなー】
【もう、お兄ちゃん。全然頼りにならないー!】
【わ、悪かったよ。ほら、わたあめ買ってあげるから】
【わたあめだけ~?】
【お小遣いが少ないからね……】
【もぉー!】
……そうだ。その後心音の機嫌を直す為に俺はあそこへ行ったんだ。
高くて眺めが良くて、人通りも少ないから落ち着けるあの場所──
【──うぅ……誰も居ないから怖いよぉ……】
【兄ちゃんが居るだろ? ほら、手を掴んで。転ばないようにな】
【うん……お兄ちゃん……】
薄暗い竹林を行き、
「──……ハハ、相変わらず竹だらけだな。この年になっても通るとは思わなかった……!」
灯籠の立ち並ぶ石畳を進み、
【──お化け出そう~!】
【確かに……だ、大丈夫だ。心音。お化けなんか倒してやる!】
【お兄ちゃん……】
その場所へ続く石段を上った。
【──疲れたぁ~】
【体力無いなぁ。心音は】
「──よく普通に上れたな……幼い日の俺……子供は疲れていても疲れに気付かないとか言うもんな……」
そして到着した、街全体を一望出来る、かなり年季の入った境内。
下の方でも街全体は見れるけど、此処は更に眺めが良いな。夜でも街の明かりが星みたいに見える。
此処は道が結構険しいから誰も来なくなって、下の方に本堂が移ったみたいだ。
俺は立て掛けてある古い案内板を横目に、その場所へと向かった。
【ここって何?】
【ほら、心音。ここから街を見ればな、まるでお姫様になった気分になれるだろ!】
【本当だ! お兄ちゃん!】
*****
「……何だろう……この感覚……」
──何も感じない、眠くてたまらない。寝たら本当に終わっちゃう……それは間違い無い……だからまだ眠る訳にはいかない……。
元々の目的は成仏。もう既に幽霊としての身体も無い。けど景色は見れる。音も聞こえる。けど何も感じない。
そんな矛盾の塊のような感覚。もう誰にも私の姿は見えない。あの時みたいに……お兄ちゃんくらいは私の事……。
【あ、起きた? ……おはよう。お兄ちゃん】
【──なんだ……心音か。夕飯でも出来たのか?】
【……え……?】
見て……見つけてくれないかな。
来ないかな……ここに。あの時の約束……果たせないのかな。
【ここから街を見ればな、まるでお姫様になった気分になれるだろ】
【本当だ! お兄ちゃん!】
【そして心音──】
【……?】
あの時の、お兄ちゃんがしてくれた、私との約束。
【また今度一緒にお祭りに行く時、またここに来ような。その時は今日よりも色々買ってあげるよ!】
【本当!? 約束だよ! 絶対、絶対の約束だよ! お兄ちゃん!】
【ハハ。ああ、その約束──は果たすよ。心音」
「……!」
片手にお面を持ち、聞き親しんだ、安心出来る声が、眠くて消え掛かっている私の耳に届いた。
*****
「……と言っても、今はもうこのお面くらいしか持ってないけどな。ハハ……まさか10年以上前のアニメのお面が今も売ってるなんてな。小さな祭りだからこそ……かもな」
「お兄……ちゃん……。多分私の事……見えてないよね……」
心音が手を伸ばす。触れようとしているのは……俺が持っているお面。姿は見えない。だが、何となく感覚で分かる。
「見えているさ。心音。約束だもんな。他に何か欲しい物、あるか?」
「……ううん……もう……無いよ……お兄ちゃん」
お面を除け、俺は心音に手を伸ばす。
何か話しているのだろうか。しかし、それは分からない。だが、何となく分かる表情から読み取れた。
「そうか。それなら約束……守れたか?」
「うん……ありがとう。お兄ちゃん」
「……!」
──その瞬間、心音の声が再び聞こえ、その姿を再び見る事が出来た。
これは……何が起こったんだ……もう既に心音の姿は見えず、声も聞こえなかった。いや、けどそれでも何となくで居場所は分かった。消える最後の瞬間、それが一つの切っ掛けなのか……?
「「ここちー!?」」
「心音ちゃん!?」
そして、そこへ結奈さん、紗枝さん、喜美子さんの三人もやって来た。
と言ってもこれは偶然じゃない。俺が既にグループの所へ連絡していたからな。
けど……あの三人の目線……。
「ここちー……本当に……ここちーなの……?」
「光ってる……けど……ハッキリ見える……」
「心音……ちゃん……」
「ユナっち……サエちん……きみこん……私が……見えるの……?」
「……! ここちー!」
「ここちーと……会えた……」
「心音ちゃん……やっぱり……間違い無いんだね……?」
「うん! みんな!」
やはり、心音の姿が三人にも見えていた。
俺だけじゃなく、この三人にも見える。何故かは分からないが、無理矢理にでも辻褄を合わせるなら……最後だからか。
「「ここちー!」」
「心音ちゃん!」
「ユナっち……サエちん……きみこん……会いたかったよぉ」
「あ……ここちーに触れる……!」
「本当だ……! 温もりをちゃんと……久し振りに……」
涙ぐみ、四人は抱き合う。
亡くなった筈の友人に、本当に会えたんだ。感情が大きく揺らぐのも当然の反応である。
まあ……そんな事を考えている俺も気が気じゃないんだけどな。
「あれ? お兄ちゃん……泣いてる?」
「……! ば、馬鹿言え……夏だからな。夕立くらいは……」
「ふふ……そうだね。お兄ちゃん」
目頭が熱くなる。身体の水分と塩分が外へ出ようとしているだけ。なんて事は無いただの生理現象だ……。なんともない、ただの……な。
「……。嘘だ。多分もう……心音には時間が無いんだろう? だからな……自然に涙が出てくるだけだよ」
「うん……ありがとう。お兄ちゃん。ユナっち、サエちん、きみこん。三人も……元気でね……」
「……。もう……消えちゃうの……? せっかくまた……会えたのに……」
「寂しいよ……ここちー……。もう……ここちーには会えないの……?」
「心音ちゃん……まだ話したい事が……」
心音はもう消える。それは変わらない事実。消えない理由は存在しなかった。
それは本人が一番よく理解しており、結奈さん達三人は別れを惜しむ。……俺も……生まれてこの方、上位に入るくらいは惜しい。この別れが。
しかし心音は涙を拭い、笑顔を向けて俺達へ話した。
「……ごめんね、みんな。バイバイ。最後にね、話したんだ。神様が消える前にごほうびをくれたのかも……。……ううん、神様なんかより、ずっと大きな存在……お兄ちゃんやユナっち達のお陰かな。神様って意外と何もしてくれないもんね♪」
先程のように、光が心音の身体から溢れる。
今回はもう消える事への準備も出来ていた。先程よりかは唐突じゃない。しかし、俺はまだ受け入れ切れない。
「心音……もう、良いんだな。これで」
「うん……もう心残りは無いよ……最後に楽しめたし……お兄ちゃんも約束守ってくれたもん」
心残りは無し。円満な成仏。心音の身体が宙に浮き、最後……本当の最後に俺達の方を向いた。
「あ、心残りまだあったかも! お兄ちゃん! ユナっち! サエちん! きみこん! 絶対に、私の分まで幸せになってね! お父さんとお母さんや他の人達もね!」
「心音……」
「「ここちー……」」
「心音ちゃん……。……ここちー……」
「今度こそ……さよなら♪」
それだけ告げ、俺達の視界から、更に言えばこの世界から、心音は完全に消え去った。




