24話 俺には存在しない妹が見えていました
「うぅ……ここちー……居なくなっちゃった……」
「今度は本当に本当なんだね……」
「成仏は貴重な体験だけど……心音ちゃんが居なくなるのなんて見たくなかったよ……」
「……」
心音が居なくなり、街全体を見渡せる高台にて俺達四人は項垂れる。
現実味が無い。病気とかで人が死ぬのとはまた別。死体も何も残らず、さっきまで話していた心音が消えた。
その感覚に俺達は何をすれば良いか分からず、混乱にも近い状態で立ち竦む。
「お兄さん……抱き付いて良いですか……?」
「うん……ここちーのお兄ちゃん……」
「急にこんな事するのは申し訳無いんですけど……宜しいですか……?」
「……。ああ、良いよ」
「「「うわーん!」」」
「……っと」
返答した瞬間、結奈さん、紗枝さん、喜美子さんの三人が抱き付いた。
恋愛感情とか、下心とか、そう言うものではない。ただ純粋に心音との別れを惜しみ、悲しみ、行き場の無い感情を俺にぶつけただけである。
「よしよし。大丈夫だ。みんな。心音はもうとっくに亡くなっていた身。むしろ、君達が居てくれたお陰で気持ちよく成仏出来たんだからな……」
「お兄さん……」
「お兄ちゃん……」
「優真さん……」
「ハハ……初めて名前で呼んでくれたね……」
慰めるつもりが、また涙が出てきた。
どうしても辛いものがある。それは家族として当然の事。そして結奈さん達も、友達として当然の事。
そこに違いは無い。純粋にみんな、心音が好きだっただけだ。
互いに数分間泣き、まだ涙が出るが大分落ち着いた頃合い、俺達は立ち上がってここの境内の方に視線を向けた。
「心音が消える直前に神様的な存在と話したって言っていたな……もしかして、今はもう参拝者も居ないここの神様が? 何の神から分からないけど」
「神様なんて本当に居るんですかね?」
「うーん……俺は信じない派だけど……心音は話したらしいし……そもそも幽霊が居たからな……」
気になるのは、心音を見れた理由。
心音の問題は解決した。しかし、疑問が残るとモヤモヤする。なのでそれっぽい理由を探して社を見てみた。
「あ……」
「……ん? どうかした? 喜美子さん」
「きみこん?」
その社の立て板を見やり、喜美子さんが何かを見つける。
俺達は本人にそれを訊ね、喜美子さんは返答する。
「ここの神様……“万物成就の神様”って……」
「「「…………!」」」
それは、今俺達が思い浮かべている疑問を、全て解決出来るような存在。
○○成就ではなく、全てを一括りにしたかのような存在。要約すると、何でも願いを叶えてくれる神のようだ。
流れ星に言ったり短冊に書いたりランプから出てきたり、七つの玉を集めたりバトルロイヤルで生き残ったりも無く、ただ純粋に願いを叶えてくれる神。
そんなご都合主義の塊みたいな神って……いや、あくまで言い伝えとかそのレベルだもんな。昔の人が“ここの神様に言えば何でも叶えてくれるだよ”。とか広めれば自然とそうなる。
「……。もしかして心音がそう願ったのか? 確かに俺は昔にここで心音と約束したし……」
「存外、話を聞いてくれているのかもしれませんね。もし本当にそんなものが居るのなら」
「……ああ。……けど、心音は神とかより俺達のお陰って言ってくれた。それもほんの少しの切っ掛けなのかもな」
「ふふ、願いを叶えるのは自分の力で……とかですか?」
「ハハ……そんな在り来たりな教育番組みたいな事を言うつもりはないさ。願いなんて叶わない事の方が多いからな」
「そうですね♪ あくまで大半が自分の力です」
もしも神とやらが居て、そのお陰で心音と会えたならお礼くらいは言おう。けど、同時に二回目の別れを見せたんだ。恨み事も言おう。
その時は何十年後か今か明日か。俺は神なんて大層なもんじゃないから明日の事も一分先の事も何も分からないな。
「それに、ここちーの最後の未練……私達の幸せ……それもいつか叶えたいですね」
「……。そうだな。いつか、きっと」
「ウチも……早速幸せを掴んじゃおっかな~」
「あ、抜け駆けはズルいよ。サエちん」
「今回は私もちょっと参加しようかな」
「……? なんかすぐに幸せを掴める方法でもあるのか?」
幸せの掴み方。女子三人はそれについて揉め、俺は小首を傾げる。
三人は顔を見合い、浴衣姿で俺に抱き付き、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「「「秘密♪」」」
「なんだよ……それ……」
三人の言葉に肩を落とす。
けどまあ、何かあるならそれはまた一興。俺は兄的な立場として見守るとしよう。ストーカー的な事じゃなくてな。
この夏、俺達四人は、大切な人との別れを二回経験した。
*****
──“5年後”。
「……はあ……疲れた……社会人ってこんなに辛いのか……辛いんだよな。慣れないな……」
俺の名前は天月優真。何処にでも居る普通のやさぐれた一般リーマンである。
5年前に妹を事故で亡くし、大学を卒業して一般的な企業に入社した。
営業は苦手だから事務関係だが、まあそれも楽ではない。日銭を稼ぎつつ賃貸に帰る毎日が日常だ。
5年前は色々と不思議な事があったり、男なら一度は経験してみたい複数人の女性との交流もあったが、あれ以降特に何も無く、20代独身、立派な社会の歯車の一部になった。上司との付き合いも結構面倒だが、まあ、一般的な暮らしは出来ているからマシな方かもしれない。
「……あ、そろそろ心音の命日だな」
その日は丁度日曜日。休日を優先したい気も若干あるが、俺の身体より心音の墓参りの方が大事だ。
彼女とか居ないから特に用事も無いし、墓参りに行くか。お盆も近いしな。数週間はあるけど。
そんな事を考えて歩くネオン街。まあ普通に都内だが、何も起こらない平々凡々な人生だな。
「……あれ? こ……心音さんのお兄さんですか?」
「……ん?」
すると、美人な女性が話し掛けてきた。
何だ? 詐欺師か痴漢免罪か? ……って、そんな訳無いな。今、ハッキリと心音の名を聞いた。
詐欺師は色々と下調べしているらしいけど、そう言った輩ではなさそうだ。と言うか、何処かで見た事があるような……。
「……あ! 心音の親友の……」
「気付きました?」
「何か雰囲気変わったな……」
「社会に出ましたからねぇ。就職したばかりで結構大変ですよ」
彼女は5年前、俺と交流のあった三人組みの一人。
面影は確かにある。顔付きは少し大人になったかな。確かに大学卒業からの就職なら辻褄も合う。
「それで、心音さんのお兄さんは今帰りですか?」
「まあ、そんな所だね。君も?」
「はい。帰り道が此処で……お兄さんが見えたので話し掛けちゃいました♪」
「ハハ……それは何よりだ。忘れられていなかったんだな。俺は」
「当たり前ですよ。だって私お兄さんの事……」
「……?」
「い、いいえ。何でもありません。あ、宜しければこの後何処かに寄りません?」
何かを言い淀み、俺を食事か何かに誘う。
確かに夕飯はまだだったな。基本的にコンビニ飯とか、たまに自炊するけど、何処かに寄るのは悪くない。
「そうだね。久し振りに会ったんだし、何処かで食事でも摂ろうか」
「やった♪ どこ行きます?」
「ふふ、社会人歴2~3年を舐めるなよ。オススメの店くらいは知ってる」
「別に舐めてませんけど……」
俺の明らかに疲れが溜まった人の言い方に苦笑を浮かべる。
取り敢えず行くか。
「あ、折角だし俺が持つよ。失礼承知で言うけど、まだ持ち合わせは少ないんだろ?」
「え? そんな、悪いですよ。私も出せますから」
「気にするなって。辛く苦しい職務を全うする社会人の先輩として、後輩には良い格好したいんだ。帰り道が近いだけで職場は別だけどな!」
「そ、そうですか。ご馳走様です」
折角の再会だしな。俺の悪い所は割と知られているし、良いところも見せておきたいや。心音の兄として恥ずかしい事は出来ない……いや、それは今更か。
一先ず俺達は、俺のオススメの店へ寄る事にした。
*****
「へい大将。いつもの」
「アンタまだ数回だろ……いつものって言われても分からんよ」
「あ、じゃあこれとこれで……」
「アハハ……ドジっぽい所も変わりませんね」
「ハハハハハ……」
この店が旨いのは知っているが、確かに旨いから色々注文してるし、顔は覚えてくれたみたいだけどいつものは定まってないな。
心音の友達に笑われてしまった。
「ところで兄ちゃん。彼女さんかい? 美人だねぇ」
「ブホッ……そ、そんなんじゃありませんよ……」
「そ、そうですか……。そうですよね!」
「ハッハッハ! 昭和的なリアクション! 兄ちゃんは楽しいな!」
指摘され、お冷やを器官につまらせて咳き込んだ。
数年前はウイルス的な奴で咳き込むのはご法度だったが、もうすっかり落ち着いた。大将の気も良いし、雰囲気は悪くない。
「悪かったね。俺と彼女だなんて。気悪くした?」
「いえ、そんな事ありませんよ」
本当に変わったな。昔ならそれに関して弄って来そうなものを。まあ、交流期間は5年前の半年くらいだけなんだけど。
料理を待つ間、彼女は少しソワソワする。やっぱり初めてのお店は慣れないか。ちゃんと向こうの意見を聞くべきだったな。反省しよう。
相変わらずソワソワしながら俺へ訊ねてきた。
「あの……お兄さんってあれから彼女とか出来ましたか?」
「……」
何ともまあ、辛い質問。俺の経歴に対して。
しかし、こういう時こそそれっぽく返すのが男だ。
「ふっ、まあ、俺程の男となると彼女の一人や二人……。そ、そうだな。一人はアメリカのパツキンギャルで……二人はロシアの色白美少女で、もう一人はクラスで一番のマドンナで…………俺は変わらず純潔を保っているのさ」
「一人も出来なかったんですね……」
「…………フッ。そうだ、ぜ?」
キラーン☆という効果音でも聞こえるように返した。
そう、あれからお付き合いの経験は0。当たり前だ。人はそう簡単に変われない。心音との別れがあって、人として成長はしたかもしれないが、やっぱり変わらなかった。世の中はフィクションみたいに順風満帆とはいかないのさ。
はあ。俺の人生って、一体何なんだろうな。
「あの……宜しければ……私とお付き合いしませんか?」
「え? 別に良いけど……次は何処に?」
「そ、そうではなくて……あ、そういう意味ならこの後また別の何処かに寄りません?」
「ん? うん。良いよ」
そんなに恥ずかしがる事だろうか。ショッピング的な事の誘いだろうし、別に断る理由も無い。
まあ、そこそこ疲れてはいるけど、許容範囲。俺はまだ戦えるさ。
「へい、お待ち!」
「よし、食べるか」
「はい……」
注文した料理が出され、それを食す。
相変わらず絶品だ。目立たない場所にあるからお客の入りはそこそこだけど、穴場スポット的な事をテレビとかで紹介されたら瞬く間に行列の出来る店になる可能性を秘めている。
俺達はそこで食事を終えた。
*****
「寄りたい所って、この噴水広場か。カップルだらけだな……俺への当て付けか?」
「違います。お兄さん……彼女さんとかいらっしゃらないんですよね?」
「……。そうだけ」
「なら……私と……彼氏として付き合ってくれませんか!?」
「ど……。…………え?」
一瞬、思考が停止した。
言った本人も停止している様子。思ったよりも大きな声で話してしまったからな。
その証拠に、周りのカップル達は自分の彼氏彼女ではなく、俺達に注目していた。
「あれ見て……」
「ああ……」
「あの人達……」
「そうだな……」
「~~っ」
「あ、えーと……」
顔が赤くなる。多分、お互いに。
周りの言葉が恥ずかしい。これって変な人達的な目で見られているのか?
周りの言葉に何となく耳を傾けた。
「今……ロマンスが起こっているのね……!」
「はぁ……ドキドキする……」
「邪魔しちゃ駄目よ……」
「分かってるわ……暖かい目で見守りましょう……」
「「「「…………ドキドキ……」」」」
「フッ……アイツもまた“男”になる時か」
「歓迎するぜ。こちら側の世界に」
「まるで映画かドラマを見ている気分だ」
「ヤベェ……胸の高鳴りが収まらない」
お、応援されてた!?
いや、確かに見るからに明らかにそう言うスポットだけど、何で自分の彼氏と彼女を放って置いて同性の人達と仲良くなってんだ!?
分からん。この世界が何も分からん!
「あの……心音さんの……いいえ、優真さんの返事は……!」
「……っ」
(やれ、青年)(男として)(彼女さんに答えるのよ……!)(ファイト!)(高みで待ってるぜ)
……的な目で見られる。
ここでの……ここでの最適解は……。
【──絶対に、私の分まで幸せになってね!】
「……!」
そうだな。もう、決まっている。確かに心音、俺に彼女が居ない事をずっと気に掛けていたもんな。
だったら俺はそれに応えるだけだ。
「ふ、不束な兄ですがよろしくお願いします!」
「……っ。プッ……アハハ! 何ですか! その返答!」
「わ、笑うなよ……俺だって緊張したんだから……って、君も……」
「勿論……緊張でどうにかなりそうですよ……こうやって笑わなくちゃ、晴れて彼女になれたその日に介抱される羽目になってしまいます」
「……ハハ、そうだな」
「いいぞー!」「キスしろ! キス!」「チューしなさい!」「ヒューヒュー!」
俺と彼女の言葉に、周りは拍手や歓声が巻き起こる。
そして理解した。あ、これ多分全員深夜テンションだな。確かにもう23時。気付いたらこんな時間か。
「これからよろしくお願いします。優真さん♪」
「ハハ……よろしく」
これにて、俺の平々凡々な人生は、平凡ながら少し良い方向へ傾いた。
*****
「早いものですね……。心音さんが亡くなってから早5年ですか」
「ああ。流石にもう、出てくる事は無いな。そろそろ生まれ変わったりしてるのかもな」
それから数日後、俺達は心音の墓参りをしていた。
今日は心音の命日。あれから毎年墓参りに行っているけど、当然の如く心音はもう現れない。
「心音さん……ううん。……ここちー。私、貴女のお兄さんと付き合う事になったよ」
「安心しろよ。心音。他の二人とも連絡を取り始めた。みんな良い感じに楽しめてるらしい。心音の心残りは完全に晴れたよ」
線香と心音の好きだったお菓子を備え、手を合わせる。
数秒間目を閉じ、事を済ませて俺達は立ち去った。
「──ありがとう。お兄ちゃん♪」
「……!」
何かの声が聞こえた気がした。しかし、誰の気配も何もない。線香の煙が揺れ、その後に風が吹く。
空耳……かな。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもないよ。気のせいかな」
「……? そうですか。あ、花の芽が出てますよ。そろそろ咲くのでしょうか?」
「ん? あ、本当だ。最近芽吹いたのかな」
墓地の近くにあった花、スイートピー。
この季節に咲く事もあるんだっけ。また新しい命が、世界の何処かに芽生える……駄目だな。詩人っぽい事は言えないや。
「それじゃ、また来るね。ここちー」
「またな。心音」
振り向き、心音のお墓に挨拶をする。今度はもう、空耳は聞こえなかった。
「──さよなら。心音」




