22話 自分の居なくなった世界
──何だろう。何だか身体が軽いな。けど、何だか周りが騒がしい。
私は起き上がり、周囲に視線を向けた。
「オイ! 交通事故だ!」
「救急車と警察!」
「もう来てる! 後は場の整理を待つだけだ!」
え!? 交通事故!? 一大事じゃん!
事故現場は何処!? あ、ユナっち達だ!
「ここちー……」
「そんな……」
「嘘……でしょ……?」
「うん、そうみたい! 何か交通事故だってさ! ユナっち! サエちん! きみこん!」
そこに、ふと違和感を覚えた。あれ、何でユナっち達……泣いているの? それに、私の事……視界に入っていない?
「ア、アハハ。またいつもの冗談だよね。ユナっち、サエちん、きみこん。交通事故の現場で演劇部の練習なんて不謹慎だよ。と言うか、私がやられた側の役なんて……他の人が見たらイジメになっちゃう……」
「うぅ……ここちぃ……」
「あーん! ここちー!」
「何でこんな事に……私と離れた直後に……心音ちゃん!」
「ちょ、ちょっとやめてよ。縁起でもない……あ、ホラ、救急車さん。救急隊員? 取り敢えず人が来たよ」
呼ばれた救急隊員が複数人私の近くに寄ってきた。あ、もしかして私の後ろが事故現場!?
そうだよね。私の後ろが事故現場なんだよね!
「酷い状態だ……」
「見た目の損傷は少ないけど……」
「吐血……内臓破裂で即死か……」
「運転手の老人は生きているみたいだな」
「……。…………え?」
寄ってきた隊員達が──私の身体をすり抜けた。
う、ううん。よく見ていなかったし、普通に避けて通り過ぎただけだよね。
私は恐る恐る後ろの、私には関係の無い事故現場を確認した。
「何……コレ……?」
そこに居たのは、“私”。
頭と口からは血が流れていて、その目は虚空を見つめながら見開いている。
けど、そんな訳はないよ。だって私は私だよね。私だけが私だもん。あ、私にそっくりな人が……そして、自分の身体を見た。
「あ、あれ? 何で私……死体に座っているの? アハハ……ごめんなさい。見知らぬ方。座っちゃいました」
「ここちー!」
「危ないから離れるんだ!」
「だって! ここちーが……ここちーが……!」
「行かせて! ここちーは……私達の大切な……私達の親友なの!」
「心音ちゃん!」
「ユナっち……サエちん……きみこん……私は此処に居るよ……みんなの……みんなの前に立っているんだよ……」
立ち上がってユナっち達に手を伸ばし、その手は三人をすり抜けた。
「ぁ……」
……。…………本当に……本当にそうみたい。私……死んじゃったんだ。
*****
「……ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんなら私の事……気付いてくれるかな……お父さんもお母さんも気付かないの……」
「心音……」
「なに、お兄ちゃん。私はここに居るよ……」
死んじゃった私が運ばれた病院で、お兄ちゃんとお父さんとお母さんが私の死体を見ている。
私はここに居るのに……何で誰も気付いてくれないの……。
「うぅ……心音ぇ……」
「……っ……しっかり……」
泣かないでよ……お母さん……。私はここに居るよ。ただ単に、みんなに見えないだけだよ……。
*****
「うぅ……心音ちゃん……」
「結奈……しっかり……ここちーは……グスン……本当に死んじゃったの……」
「紗枝……」
ねぇ、ユナっち、サエちん、きみこん。こんな場だからって、ちゃんとみんなもあだ名で呼ぼうよ。何だか悲しいよ。
前まで普通に呼んでいたのになんで……。
「ねぇ……二人とも……彼処に居るのって心音ちゃんのお兄さんだよね……」
「……あ……少しだけ見覚えあるかも……」
「謝りに行った方が良いよね……」
少し遠くにスマホをいじるお兄ちゃんの姿を見た。
謝りに行った方が良いって……みんなは何も悪くないのに……何で……。
「あの……」
「……ん?」
「心音ちゃんのお兄さんですよね……?」
「そうだけど……君達は?」
お兄ちゃんの元で軽く自己紹介をする。そして三人は頭を下げた。
嫌だよ……みんなが悲しむ姿なんて見たくないのに……。
「ごめんなさい……私達、事故の前に心音ちゃんと別れて……もしあの時数秒でも止めていられたら……」
「もうちょっとウチらがここちー……心音ちゃんと話していれば……!」
「直前で守れなくてごめんなさい……」
ユナっち達が行った謝罪。お兄ちゃんは呆気に取られていた。
お兄ちゃんも困惑しているみたい。けど、優しい口調で話した。
「いや……帰ろうとしたのは心音の意思だし……それって別に君達は関係無いんじゃ……」
「いいえ……ほんの数秒。それだけで心音ちゃんが死んじゃう事なんて無かったのに……!」
「…………」
違うよ……みんなは悪くないよ。
誰も……誰も悪くない。私も少し早く気付いていればこんな事にはならなかったのに……。お年寄りの運転手はよく事故を起こす。私だけじゃなく、そう言った事故で亡くなった人は少なくない。
けど、私の事でみんなが責任を感じて欲しくない……。
「えーと……何て言えば良いのか分からないけど……あまり思い詰めないでくれ。君達は心音の友達……君達が悲しんでくれているだけで心音は幸せ者だよ」
「お兄さん……」
うん。私は死んじゃったけど……それでも泣いてくれる友達が居る。私は幸せだよ、ユナっち、サエちん、きみこん。
私が死んでいなければもっと幸せだったのに。
「ありがとう。心音の為に悲しんでくれて。兄として嬉しいよ」
「……はい……」
気まずい沈黙が場を包む。けど、お兄ちゃんはやっぱり優しいね。
私が死んじゃって悲しんでくれているのかは分からないけど、ユナっち達に優しく接してくれる。
「あーあ……まさか自分の死装束を見る羽目になるなんてなぁ……寝ているだけのようにも見えるし、なんか不思議な感じ」
フワフワと空を飛び、棺桶に入った自分を見る。寝てる時の私ってこんな感じなんだ。
幽霊になってから数日。空を飛んだり色々してみたけど、なんか思ったよりつまらないなぁ。そもそもお店とか家とかに入れないし……何ですり抜けられないのかな。
「あ、そろそろ火入れだ。私の骨って健康的なのかなぁ」
火葬場に行き、私の入った棺桶が……えーと……何て言うんだろう。スマホで調べ……られないもんね。取り敢えず焼く所に入っていった。
インターネットやSNSが使えないのって、現代っ子の私にはかなり不便だよねぇ。まあ、暇潰しが出来ないくらいなんだけど。
「上手に焼けました~。こんがりじゃなくて白骨だけどねぇ。私って若いから健康的な骨みたい。死因が交通事故だから所々ボロボロなのかな……って、高火力で焼かれたからかも」
数時間焼き上げて私は骨になった。霊体は白骨化しないみたい。
そう言や服装は制服のままだね。死んだ時の格好なのかな。別の服も着たいな~。
「……あれ?」
そう思った瞬間、私の服が制服から変わった。
こんな事も出来るんだ……。考えてみたら服って私の一部って訳でもないし、霊体になってまで服を着ている方がおかしいもんね。
「便利だなぁ。鏡に映らないから全体像は分からないけど。あ、けど何となく分かるかも」
好きな服を好きな服を時に、着替える手間も無く着れるのは悪くないかな。見えないから気分もあまり変わらないけど。
火葬も終わったけど、車に追い付ける程速くないから家に帰れるかなぁ。
あれ、けど幽霊っていつの間にか追い付いたりしてるよねぇ。もしかしたらワープ的な事も出来るのかな?
「取り敢えず成仏出来そうにも無いし、このまま退屈がいつまでも続くのはアレだし、試せる事は色々試してみよっかな。それ、ワープ!」
……。なんてね……って、
「あれ? 出来た……?」
気付いた時、私は車の中に居た。
すごーい。幽霊って本当にワープ出来るんだ。未練とか次第じゃ地縛霊にもなりそうだけど、私には特にそんな感じもないもんね。
怖い話でも撒いた筈の幽霊がいつの間にか後ろに居たりするし、マーキングシステムは備え付けなんだね。
取り敢えず気まずいけど、このまま家まで行こうかな。
「すっかり日も暮れたね。お兄ちゃん」
「…………」
「ほら! 見て! 私ね! 早着替え出来るようになったの! 今の服から着なれた制服に! 変身! 凄いでしょ!?」
「…………」
「あ、カーテン閉めちゃった」
「…………」
「ねぇねぇ、何考えているの?」
「…………」
「教えてよ……私と話してよ……お兄ちゃん……」
家に着き、私はそのままお兄ちゃんの部屋に同行した。
けど、お兄ちゃんの目に私は映っておらず、何を話しても反応しない。
ただひたすらにボーッと天井を見つめているだけ。お兄ちゃん……どんな気分なんだろう。知りたいなぁ。
「…………」
「……! お兄ちゃん……」
そして、お兄ちゃんの目から涙が零れた。
ちゃんと……ちゃんと私の事を考えてくれていたんだ。嬉しい……凄く嬉しい。私の為に泣いてくれて……本当に嬉しいよ。お兄ちゃん。
「…………」
「あ、寝ちゃった……」
そして眠りについた。
もしこのまま起きなかったら私と一緒かな……ううん。他の幽霊は見えなかったし、私の独りぼっちの幽霊生活は変わらないかな。
私を見てよ……私に触ってよ……私と話してよ……お兄ちゃん……。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
「…………」
もう一層の事、駄目と分かっていても呼び掛けてみようかな。添い寝もしちゃおうかな……。
……もしも神様が居るなら……奇跡があるなら……もう一度、お兄ちゃんとだけでも話していたいよ。お兄ちゃん。
「お兄ちゃん……」
「……」
「お兄ちゃん……」
「……?」
「お兄ちゃん……」
「…………!」
あれ? お兄ちゃん……起きたのかな? それなりの時間呼び掛けていたけど。
お兄ちゃんは数秒程天井を眺めてボーッとする。ふと寝返りを打つように添い寝している私の方を向いた。
取り敢えず……駄目だと思うけど……挨拶くらいはしようかな。起きてくれたし。
「あ、起きた? ……おはよう。お兄ちゃん」
「──なんだ……心音か。夕飯でも出来たのか?」
「……え……?」
今……確かにそうだよね……確かに私の言葉に応えてくれたよね……?
は、早く次の言葉を言ってみなきゃ!
「う、うん! 出来たんじゃない! 分からないけどね! お兄ちゃん!」
「分からないって何だよ……と言うかお前……」
そしてお兄ちゃんは、恐る恐る言葉を発した。
「……死んだ筈じゃ……」
「うん。死んだよ♪」
「……。…………うわあ!?」
全ての状況を理解したのか、飛び退くように起きる。
ベッドから転げ落ちて学習机を背に私の姿を視界に収めた。
ありゃりゃ……ちょっと驚かせ過ぎちゃったかな……やっぱりうらめしやとか言った方が良いのかな? 幽霊だし。
「ば、化け物か! ゾンビか!? キョンシーか!? ヴァンパイア!?」
「ちょっと! せめて幽霊って言ってー! あ、けどヴァンパイアは良いかも! 何なら天使とかでも良いよ♪」
──嬉しかったよ。凄く嬉しかった。あの時私は、幽霊になって初めて……お兄ちゃんに見て貰えたんだもん。
けど……。
「心音ー!」
「「ここちー!」」
「心音ちゃん!」
もう、そんなお兄ちゃんの視界にも私は映っていない。
消えるってこう言う事だったんだね。天国とか地獄とかじゃなくて……本当に目の前から消えちゃうの。
だから他に幽霊の姿は見えなかったんだね。私の存在はあるのに、私の姿だけが光に包まれて消えた。
淡い光が包み込む境内。祭りは相変わらず賑わっているね。お兄ちゃん達は私の姿を必死に探すけど、この世界に私は居ない。あるのは悲しみと私の意識だけ……か……。
幽霊の末路って……やっぱり残酷なんだね。眠気は変わらない……目を閉じれば眠れちゃいそう……。ああそっか……この眠気が成仏の前兆……もし眠っちゃって……次に起きた時……私は別の何かに生まれ変わるんだ……。雨の水がまた空に還るように……ただクルクルと廻るだけ。
【────】
……あれ? 何かの声が……え……? “最期に行きたい場所はありますか?”……?
……アナタは一体……ううん。そうだね。それじゃ私は───




