20話 記憶
「ここがことわざにある、清水の舞台から飛び降りるで有名な清水寺か。決断を下す前に死ぬなこりゃ」
「高さ13m。元々は自殺の名所ですからね。ことわざを解析するなら、死ぬ事への決断をこれに例えたのでしょうか。実際、自殺する決断が出来るなら大体の決断は出来ますしね」
「ひぇー。恐ろしいな……いや、今の時代も自殺者は多いし、実はあまり変わってないかもな。清水寺では少なくなっているんだろうけど」
──朝食などを終えた後、俺達は色んな意味で有名な清水寺に来ていた。
観光っても行く当ては無いからな。そう言う趣味じゃなければわざわざ穴場スポットとかを探す必要も皆無だし、有名所をテキトーに回っている。
なのでここの前には五重の塔がある東寺や、沢山の仏像で有名な三十三間堂にも寄った。今は午前11時頃。ここを見終わったら少し早いけど昼食を探すのが妥当かな。見て回るのに基本的に1時間くらい掛かるし。その後はまあ、銀閣寺か金閣寺でも見て帰ろう。
「ホラ見てお兄ちゃん! 清水の舞台から飛び降りるよ!」
「ハハハ……飛び降りるってか飛んでるな。心音」
「あ、心音ちゃんが飛び降りたんですか?」
「へえ。どんな景色なんだろうなぁ。ここちー」
「サエちんそこに興味持つの?」
清水の舞台から飛び降りてはしゃぐ心音。これも幽霊ならではだな。清水寺ではバンジージャンプとかしてないし。
やったとしても周りに物があるからどちらにせよ危険だ。
「きゃあ!?」
「どうした!?」
「そ、そこから飛び降りる女の子の幽霊が……」
「え? 心霊写真? そんなもの何かの映り違……オイ……嘘だろ……?」
「「……!」」
「「……!」」
少し、マズイ事になった。
ちょうどそのタイミングでシャッターを切った旅行者が居たらしく、心音が心霊写真として撮られてしまった。
動いていたから心音はブレて見えるんだろうけど、清水寺さんに在らぬ噂を立ててしまう。
「……心霊だって」
「……本当かよ?」
「あそこか……」
「よく写るって言われるもんね」
「ちょっと撮ってみるわ……」
「気を付けてね……」
「ヤッベ……心音……!」
「了解ー!」
そして周囲は次第に騒がしくなり、シャッターを切る音が響き渡る。
俺達は心音を連れ、そそくさと退避した。
「ああ、驚いた」
「本当にねぇ。まさか私が撮られちゃうなんて」
「はぁ……まさかここちーが写っちゃうなんて……」
「飛び降りたの自体は一回だけど……色んなタイミングで写真撮影が行われるもんね……観光スポットって」
「三十三間堂ではここちーが仏像に混ざったりしてたのに……よく撮られなかったね」
両親とは別行動。なので避難するだけなら簡単だった。
そう、他の観光客に心音が撮られたのは昨日の伏見稲荷大社を含めて今回が初。
ここより前に寄った東寺では五重の塔の屋根に上る心音や、三十三間堂では仏像のポーズを取りながら仏像に混ざった心音なども居たが、その時は他の観光客には見られなかった。ちなみにその写真もあるので、結奈さん達も五重の塔の屋根や仏像に心音が混ざっていたと知っているのだ。
そこで、紗枝さんが一つ思い付いた。
「あ、そうだ! ここちーと一緒に名所巡りして、心霊スポット増やさない?」
「何ソレ! 面白そう!」
「却下だ。てか、なんで本人が一番乗り気なんだよ……。京都に怨みでもあるのか?」
「無いよ! 京都楽しいから好き! けど京都での心霊スポット側の幽霊にもなってみたいんだ!」
「心霊スポットに先住民が居るならぶぶ漬け出されて追い返されるのがオチだ。やめとけ」
唐突な提案を即答でやめさせる。
ある意味では観光客は増えるかもしれないけど、減るかもしれない。俺達生身の人間はともかく、幽霊の存在は結構大きいからな。
そのうち幽霊で町おこしする地方も出てくるかもしれないな。もうあるのかもしれないけど。
取り敢えず、幽霊が直々に行動せずとも元々大人気な京都のスポットには必要無いだろう。
「つまんないのぉ。折角幽霊になっちゃった友達が居るからね。何かやれないかな?」
「私もそう思う。折角幽霊になっちゃったんだし、霊体で話題集めたーい!」
「心音も何かしたいってさ。けど、他者の迷惑になる。やめておけ」
「「はーい」」
存外素直に引き下がった。そんなやり取りを見、結奈さんは苦笑を浮かべて喜美子さんはやれやれと首を振っている。
何にせよ、二人の暴走は止められたので良しとしよう。
「まあ、極力写真に写らないように気を付けてくれれば良いよ。本当にそれだけだからな。問題点は」
「じゃあ少し高めに移動するねぇ」
「それが良いかもな」
写真に写る以上、色々と風評被害が出回る可能性を考え、心音は空を行く。
観光名所にまで来て空を撮影する人は少ないだろうし、良い考えだ。
遠くからの写真には写ってしまうとしても、本人が気を付けているので先程のような騒ぎにはならないだろう。
「改めて、高いな。ここは。こんな所から飛び降りたら幽霊でもない限りお陀仏だ」
「さっきも似たような事を言っていましたね。私もさっきと同じような事を言いますけど、高さが13mもあるので色々あったとか無かったとか」
13m。距離ならともかく、高さの13mはかなりのものに思える。高いところから見下ろすとボスキャラにでもなったような気分だな。
【──ここから街を見ればな……──】
【本当だ! お兄ちゃん!】
「……!」
「……? どうかしたの? お兄ちゃん?」
「どうかしましたか? お兄さん」
その瞬間、フラッシュバックのように何かの記憶が過った。
幼い俺と心音が高台から街を見下ろしていたな。そして俺は心音に何か言っていた。妄想とかそれらのようなものではない。ふとした瞬間に思い出したかのような、そんな記憶。
そんな俺に心音と、近くに居た喜美子さん。そして結奈さん達も気付いて近付いた。
「なになに? なんかあったの?」
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな。何か記憶がフラッシュバックしたんだ。デジャヴ……とは少し違うかもな。けどデジャヴとかに近い感覚だ」
「高いところから見た記憶のフラッシュバック。単純に考えるのなら、高台関連の何かしらの思い出が蘇った……と言ったところでしょうか」
隠す必要もないので今起こった事を話す。
俺が思っているのも喜美子さんの推測みたいな、高台の記憶。そして唐突な記憶の変換から考えて……高台関連と言ったら今は一つしかない。
「心音が思い出して欲しい、俺への記憶の一部かもな」
「「……っ」」
「「……っ」」
俺の言葉に心音達四人は息を飲む。
心音の成仏に必要な、文字通りの鍵となる言葉。
確かに俺と心音が一緒に居た記憶。幼い頃のものだけど、更に詳しく言えば小学生低学年くらいか。
それ程までに昔の記憶。そりゃ抜け落ちるな。覚えている心音が凄いのか、俺が悪いのか。いや、思い出せないだけで完全に忘れる事はないんだっけ。
確か“忘れる”ってのは脳内のタンスから特定の記憶を引き出せない状態だから、どうでもいいタイミングでふと昔の事を思い出したりするとか。夢の中に出てくる人物も一度は見た事がある人って言うしな。
それはさておき、今の俺は高台の記憶をタンスに仕舞ったままの状態。そこから引き出す為に必要な事は、関連付いた記憶。高台の事だから、もっと高所に上れば良いのか? いや、そんな単純な事じゃないか。
「そうなると必要な事は……」
「あの……お兄さん?」
「お兄ちゃーん?」
「ん? ああ、悪い悪い。つい考え事をしちゃって」
「アハハ……お兄さんの癖なんですね」
結奈さんが言うように、俺の悪い癖かもしれない。考えに集中すると声が漏れ、周りの事が疎かになる。
ちゃんと心音達と話し合った上で考えるか。
「取り敢えず昔の事を思い出す切っ掛けにはなりそうだ。やっぱり旅行に来て良かったかもな」
「ふふ、そうですね。結果的にはここちーが居なくなるのが早まりますけど……その方が良いんですもんね」
「私も出来るなら離れたくないなぁ。けど、やっぱり死んじゃったんだしいつまでも留まるのはいけないからね。死んだら死んだでサクッと消えなきゃ!」
心音との別れはもう近い。それは変わらない事。変えられない事。おそらく人を生き返らせる力を持っていたとしても、俺はそれを使わないだろう。
死者を生き返らせるのは逆に死者への冒涜になるからだ。当然、ファンタジーでもないこの世界にそんな力を持つ人は居ないけど。
不慮の事故による死だった心音自身も割り切っているんだ。俺達生者が死者に執着するのも問題だしな。
「ま、まだ色々と思い出すかもしれないし、観光を続けようか」
「そうですね」
「レッツゴー!」
「良いですよ」
「ゴーゴーゴー!」
少しばかり暗い雰囲気にもなったが、心音達が明るく振る舞ってそれを掻き消す。
女性はそう言った切り替えが早く出来るって言うしな。俺も助かるよ。
そろそろ清水寺も発つか。しかし、それでも俺達の観光は続く。
「美味しいですね。これ」
「やっぱり日本人なら和食だよねぇ~」
「皆さん和洋バラバラに見えますけど……」
「ハハ……和風の景色を見ながら和洋問わずに食べられるのは良い事だ」
「どんどん食べてくれ!」
「アナタ。心音の友達に無茶はさせないでよ」
「いいなぁ。私も食べたーい!」
清水寺を出た後に昼食を摂り、
「なんで銀閣寺って銀色じゃないんだろうな」
「資金が足りなかったとか、元々貼られていたとか、そもそも貼る必要が無かったとか、その辺は謎のままですね」
昼食を摂った後に銀閣寺へ寄り、
「スゴーイ! 金ぴかー!」
「今までのルートの中じゃ少し遠いね」
金色の金閣寺にも寄った。……何か頭痛が痛いみたいな表現になったな。
その他にも、今日の時間で行ける範囲の場所に行き、帰りの時間も考えて金閣寺が最後となって帰宅した。
*****
「それじゃ、またね! ここちー! お兄さん!」
「じゃあね! ここちーとお兄ちゃん!」
「ではまた。心音ちゃんとお兄さん」
「バイバーイ! 皆ー!」
「じゃあね。みんな」
「ウチの子がお世話になりました」
「いえいえ。皆良い子で。心音とも仲良くしてくれたみたいで」
「いえいえ」
「いやいや」
結奈さん、紗枝さん、喜美子さん。それぞれの家に向かい、それぞれを帰した後で俺達も帰宅した。
父さん達が居たので結奈さん達のご両親にも伝わっている。社交辞令と言うかなんと言うか、親同士の付き合いみたいなもので送る際には頭を下げながら少しの会話をしていた。
何はともあれ、心音との思い出作りの為の旅行。それは俺に新たな目的が出来て終わりを迎えた。




