女勇者降臨
新井静香は勇者である。
静香は異世界に来る前はレディースの総長で、時代遅れの改造バイクにまたがり、意気がって爆音と共に町を疾走していた。
本人は「静香」という名前に反して、騒がしく、荒っぽい口調で気に食わない相手を罵倒し、さらに腕力にものを言わせて相手を従わせるという性格であった。
ただ、静香はバイクで町を疾走するという悪さはしたが、それ以外の犯罪行為には嫌悪感をもっており、正義感と義理人情には厚かったので、周りには彼女を慕う人間が男女を問わずたくさんいた。
ある時は電車で痴漢をされていた女子高生を助け、卑劣な行為をしていた中年オヤジをぼこぼこにし、ある時は老婆からひったくりをした男をバイクで追いかけ、追突して盗ったカバンを取り返すようなこともあった。
異世界に来たのは奇跡であった。
深夜、仲間と共にバイクで失踪中、パトカーに追われ、仲間を逃がすためにパトカーを引き付けたまではよかったが、自分が逃げる時に運転を誤り、崖から転落してしまったのだ。
本来なら地面に激突し、ぺしゃんこになったバイクとともにあの世へ行くはずであったが、来たのはファンタジーRPGのような世界。
剣と魔法が支配する王国だったのだ。
気が付くと礼拝堂のようなところで、不思議な魔法陣が描かれた床にたくさんの白いローブを頭からすっぽりかぶった人間に囲まれていた。
周りに人間たちは、勇者召喚の儀式に参加した高位の僧侶たち。静香の召喚に成功したとたんに、驚きの声を上げた。
「おお……今度の勇者様は女性のようだ」
「不思議な格好をされている」
「夜露死苦とは、悪魔を退治する魔法だろう……」
静香の革ジャンの背中に縫い付けられた文字が読めるらしい。ただ、意味は分からない。
「勇者様、この世界は魔王の復活によって、危機を迎えています。どうか、そのお力で世界をお救いください」
「はああああ!」
静香はそう怒声を上げた。いきなり、変な世界に召喚しておいて頼み事とは、静香の理不尽な事を許せない性格に火を付けたのだ。
「てめえら、あたいを元の世界へ返せよ!」
「そこをなんとか……」
周りの人間たちは土下座をする。それを見ると今度は静香の義侠心が刺激をされた。聞けば、復活した魔王によって人々は殺され、町は破壊されているというのだ。
「だけどよう……あたいに何ができるんだよ」
魔王というのはとんでもない力を持っているようで、町一つを簡単に焼き払うらしい。そしてその手下のモンスターたちも凶暴で、簡単には殺せない。
「異世界に召喚された勇者様には、必ず何かの能力がございます。それを解放するだけです」
「といってもなあ……」
静香は手を握ったり、開いたりしたが、特に何かすごい力が宿っているようには思えなかった。
「では、勇者様のお力を知るために、モンスターと戦ってもらいましょう」
そういうと白マントの人間たちは後ろへ下がって部屋を出てしまう。代わりに片側の部屋の檻が開くと、中から唸り声をあげた獅子がのそりのそりと歩いて入ってきた。
「おいおい、こいつとあたいを戦わせるのかよ!」
静香は少しだけ後ずさりをした。周りにいた白いマントの人間は、2階のギャラリーに移動してこちらを見下ろしている。
「そいつは人食いライオンです。ベテラン戦士3人分の戦闘力がありますが、大丈夫です。勇者様なら屁でもない」
「屁でもないって……素手でどうやってライオンを倒すんだよ!」
素手の人間がライオンを倒すなんて無理である。どう考えてもこれは食い殺される。だが、静香はそれでビビるような玉ではない。
(動物は自分より強いと思えば襲ってこない……)
これは人間でも同じだ。だから、喧嘩をするときはメンチを切って相手のパーソナルスペースに入り、心理的に圧倒する。
グオオオオオッツ!
それはライオンも同じだ。特に人食いライオンは人間を恐れない。最初からマウント状態である。
「うるせぇ!」
静香は怒鳴った。それはライオンをはるかに凌駕する気迫があった、ライオンは一瞬だけ、圧倒され唸り声を止めた。だが、こちらもそれで大人しくなるわけではなかった。
ぐああああああっ!
さらにもまして吠え、状態を低くした。今にも飛び掛かってきそうである。
それでも静香はひるまない。こちらも一歩進んで威嚇する。
「おまえ、黙らないとぶち殺すぞ!」
ライオンはそんな静香の言葉を無視するかのように、跳躍して静香に迫った。
「死ね!」
そう静香身構えて、そう叫んだ。
その声の余韻が終わると同時に、ばたりとライオンが倒れた。ぴくぴくと四肢をぴくぴくさせて、やがて呼吸が止まった。
「おいおい、殺す前に死ぬなよ」
静香は驚いてそう話しかけたが、ライオンは既に死んでしまっていた。2階席から動揺する声が響いている。
「今度の勇者様は、怒鳴り声だけで相手を殺せるらしい」
「マジかよ」
「デスの呪文を唱えたようには思えなかったが……。一撃必殺かよ」
静香は上にいる白いローブの人間たちをにらみつける。静香からすれば、突然、こんな見も知らぬところへ召喚され、ライオンと戦わされたのだ。不愉快になるのは当たり前だ。
「おい、てめえらもいい加減にしろよな。みんなまとめてぶち殺すぞ!」
「わっ……それはやめてください」
慌てて白いローブを着た者たちは、2階のギャラリーから降りてきて、静香の前にひれ伏す。
「我々は神殿の神官です。魔王に対抗するために神の告知に従い、ここで異世界より勇者様を召喚していました。あなた様で7人目でございます」
そうフードを取り、顔をあらわにした老人が説明した。この神殿の神官長で残りの連中は神官たちだ。
「あたいの他にも、6人も拉致したのか?」
静香は右手をぎゅっと握り、水平に振った。その方向には大理石で作られた像があったが、握りこぶしに当たった瞬間に粉々になってしまった。
これには静香も驚いたが、神官たちも震え上がった。試しに右足でどんと床を踏むと、空気が圧縮されて解放されたかのような現象が起き、その後に床に直径30センチほどの円状に凹んでしまった。
床も堅固な大理石でできているから、このパワーは半端ない。
「紛れもない勇者様だ」
神官たちは床に額をこすりますます縮こまる。
「あたいを元の世界に返せよ」
「そ、それはできません。魔王を倒さないと戻れないのです」
神官長もびびって、か細い声でそう答えるしかない。これには静香も困った。これ以上、この弱っちい相手にごねてもどうにもならないことは明らかだ。
「仕方がない。戻る方法は自分で見つける」
そう言うと、静香は神官から装備と武器、そして一袋の金貨を受け取った。これで外の世界に出て仲間を集めて、魔王とやらを倒しに行かないといけないらしい。




