薬の扱いは慎重に
イトーの能力、ドラッグストア。どうやら、在庫切れだと取り寄せができないようだ。それが分かったのは最悪のタイミングであった。
なぜなら、今、殺人Gとの戦いの真っ最中なのだ。ゴキブリ用の殺虫剤が無くなれば、そこで終わりである。この大群との戦いを制するには、あと数本の殺虫剤が必要だ。
殺人Gは次々と襲い掛かって来る。それをジゼルたちが何とか殺虫剤で食い止めている。今のところ、その攻撃に押されているようであるが数が半端ない。仲間の死体を乗り越えこちらに向かってくるGの大群。
これまで多くの冒険者がこの黒い壁に食い殺されてきた。このままではイトーたちも同じ運命をたどるであろう。
「他に仕える品物はないか?」
イトーはドラッグストアの在庫を確認するが、どのメーカーの商品も全部欠品であった。イトーの能力はドラッグストアから商品を取り寄せるということ1点に尽きる。
アイテムがないならイトーの価値はないに等しい。そして、この殺人Gを殺せないなら、イトーたちの運命も決まる。この場で食われて死ぬことになる。
(それだけは……嫌だ……)
考えるだけで身の毛もよだつ最後である。イトーは考える。
(何か他のもので代用できないだろうか……)
「イトー、もう薬剤が切れた……」
幸いにも目の前のGはみんな死に耐えていた。さすが一流メーカーの殺虫剤だ。少しでも触れれば確実に息の根を止める。
「ガサガサガサ……」
ダンジョンの奥から不気味な音がする。もうそれだけでそれが何かが分かる。
間違いなく、Gの第2弾がこちらへ向かってきている音である。その数も半端ない。今、迎撃用の殺虫剤が切れている。この状態でそいつらがやってきたらもうおしまいである。
「ううう……」
イトーは焦る。ドラックストアの商品を検索する。しかし、G用の対策グッズは全て売り切れである。
Gの生命力はすさまじい。ゴキブリ用殺虫剤も昔と比べれば、成分は強力になってきている。奴らは過酷な環境に慣れるのが早く、毒物にもすぐに耐性を得る。直接攻撃で踏みつぶす、叩き潰す以外の攻撃はそのうち克服してしまうのである。
ゴキブリ用の毒餌でもそのうち学習して、なかなか食べなくなる。そうやって奴らは何百年、何千年と生き延びてきたのだ。
(う……待てよ……)
イトーは思い出した。昔、小さかった時のことだ。
台所でGを見た。でかくて油でギトギトした強力な奴であった。小さなイトーは恐怖で体が動かなかった。
ゲシゲシ……まるで機械のごとく近づいてくるG。イトーはとっさにシンクに会った洗剤を手に取った。
「これでも喰らえ!」
ぴゅーっと飛び出る洗剤。Gはそれがかかった途端に動かなくなった。
(そうだ、Gは洗剤で殺すことができる!)
最初はアブラムシだけに油を分解する洗剤の成分で死ぬのだと思っていた。しかし、それは違った。ヌルヌルの洗剤はゴキブリの体を覆い、呼吸する穴を塞いでしまうのだ。つまり、呼吸困難で死ぬ。
「買い物かごオープン。食器洗剤を購入!」
イトーは素早く買い物をする。そして目の前に現れた洗剤を手に取った。それをGへ向ける。
「これで死ぬがいい!」
イトーは容器を思いきり握る。勢いよく出る洗剤。イトーは殺虫剤が切れたジゼルやゴルド、レントンにも渡す。
殺虫剤がかかったGは動きが鈍り、やがて動かなくなる。効果てきめんである。
「よし、一挙に倒すぞ!」
イトーはそう仲間に命令した。同時に吹き出す洗剤。その液体洗剤に次々と突っ込むG。
洗剤攻撃でダンジョンのGは退治された。イトーの勝ちである。
「さあ、ダンジョンマスターの元へ……」
9階の虫地獄をクリアしたパーティの前に、弱いダンジョンマスターは敵ではない。10階に踏み込んだイトーたちのパーティは、ダンジョンマスターが住む部屋へと突撃した。
踏み込まれたダンジョンマスターはゴルドの剣の前に倒れた。ここまで来るまでに遭遇した苦労と比べれば、それは実に簡単な出来事であった。
*
「うううう……苦しい……」
「イトーさん、気を確かに……」
ダンジョンマスターから救出されたナディアは、ベッドの横たわるイトーを看病している。イトーはダンジョンから帰ってから3日後に急に高熱を発し、それはもう1週間も続いていた。
「はあ……はあ……」
あまりの高熱で衰弱しきったイトー。自分のユニークスキルであるドラッグストアから取り寄せた熱さましの薬も全く効果がなかった。
つまるところ、薬を買取り寄せることができても、薬の知識も医学の知識もないイトーが、適当な薬で自分の体に起きていることを把握できるはずがなかった。所詮、軽い風邪症状から来る発熱や咳などは市販の薬で緩和できるが、本当の病気となると素人がどうこうできるレベルではないのだ。
「イトー……医者を連れて来たぞ」
ドアを開けてジゼルが医者を連れてきたようだ。イトーは薄れ行く意識の中で医者が自分を診察し、そして診断を告げる言葉を聞いた。
「これは……ダンジョン熱ですな……この状態まで来ると……もはや手遅れ……」
ダンジョン熱……。ダンジョンに住む蚊が伝播するとされる熱病である。症状はマラリアに似ている。あのダンジョンでどうやら蚊に刺されたようだ。防虫スプレーを使っていたが、ジゼルに触ることに夢中で自分の体に念入りに塗ることを忘れたイトーは、後で右足のくるぶしに刺された跡を見つけた。
まあ、1か所くらい大丈夫だろうと高をくくっていたが、どうやらそれで感染したようだ。その後に医者に診てもらえば、まだここまで重症化はしなかったであろう。
それをイトーは自分のドラックストアの能力で解決できると過信してしまった。この世界にもダンジョン熱に効く薬はある。それは薬草から取れる薬であるが、効果は50%と聞いてイトーはおろかにも自分が取り寄せる薬で解決しようとした。
その薬効成分が症状を緩和させるよりも、逆に悪化させることも知らずに一種勘過ごしてしまったのだ。
「こ……こ……こんなところで……死ねる……か……」
イトーはそう口を動かしたが、それが言葉になることはなかった。
ざんねんな勇者
異世界ではチートな薬を取り寄せることができるが、薬の扱いは素人だったために使い方を間違えてしまい病死してしまう。薬は専門家のアドバイスを受けて使いましょう。




