子爵邸にて
子爵夫人に屋敷に招かれたイトー。夫人の屋敷は公園から馬車で30分ほど行った場所にあった。貴族と言っても子爵は高い地位でもなく、バロック子爵は冒険者ギルドの理事をして生計を立てているとのことであった。使用人はナディアの他には料理番と庭師の老夫婦。あとは御者の中年の男だけである。
典型的な中流貴族である。その日の夕方、バロック子爵が昔の友人を連れて仕事から戻ってきた。
「やあ、よくいっらしゃいました。妻を助けていただいたそうで」
「イトーと申します」
「イトーさんか。薬師とのことですが」
「はい、まあ、薬師のようなものです」
そうイトーは自分のことを紹介した。ドラックストアからアイテムを取り寄せることができるとはいえ、薬の知識は素人レベルなので薬師というのは強調したくない。
「わたしはリチャード・バロック。冒険者ギルドで理事をしている。で、こちらはわたしの長年の友人で……」
そう子爵は連れてきた客人を紹介した。その客人は人間ではない。耳が長く人形のように整った端正な顔立ちにエメラルドグリーンの瞳。イトーはすぐに彼女がエルフだと分かった。
「ジゼル・ハートレイヤー」
そうエルフは自分の名前を名乗った。子爵の長年の友人と言うことだが、どう見ても10台にしか見えない若さである。
(ああ、やっぱりエルフは年齢がわからないんだよな。これで年齢は100歳とか行くんだろうなあ)
そんなことをイトーは考えていた。ジゼルはあまり話すことがなく、夕食の席で子爵が過去の話をしてイトーは情報を得た。
子爵はかつては冒険者でジゼルと共に冒険をしていたらしい。ファンタジーRPG好きのイトーとしては、子爵の冒険話は興味があり、夜更けまで永遠と続く自慢話も苦にならなかった。
「へえ、ダンジョンにはそんな怖いモンスターがいるのですね」
「ゴブリンですか。話には聞いていましたが、容姿は想像通りにキモイですね」
イトーは子爵の話に時折、反応しつつ情報を集めた。自分の能力から考えるとモンスターを倒すなんてことはやめた方がいいと強く思った。
なにしろ、イトーができるのはドラッグストアから商品をかすめ取る能力だけだからだ。ドラッグストアの商品では、ゴブリンを倒すアイテムは思いつかない。
「それはそうと、ジゼルさん」
イトーは子爵の話も興味があったが、陶磁器の人形のように肌が白く、そして整った顔立ちのジゼルにも興味があった。なにしろ、イトーの女の趣味はエルフのような女の子とうものであったからだ。
「……」
ジゼルは興味なさそうにイトーへ視線を向けた。彼女も子爵の自慢話を聞いていたが、すでに何回も聞いた話だったようで、実につまらなさそうにしていたからだ。
「これをあげます。使ってみてください」
そういってイトーは空中に商品選択画面を映し出した。そこから口紅を選択して取り出したのだ。この魔法のような行為にエルフの少女は食いついた。
「イトー、それはどんな力だ?」
「ふふん……僕の力は異世界からものを取り寄せることなんだ」
「これは口紅のようだが、見たことのないものだ。イトーのいた世界というのは、こういうものがあるのか?」
「そうだよ。さっそく、唇に塗ってみてよ」
ジゼルは口紅のキャップを外した。イトーに言われて回すと赤い色の口紅が金属の器からせせりだす。
「はい、鏡もあるよ」
イトーは鏡まで取り寄せた。小さな手鏡である。驚いたジゼルはそれでも唇に赤いルージュを引いた。白い肌に鮮烈な赤い色でこれがまた映えた。
「イトー殿の魔法はすごいな。こんなアイテムを瞬時に取り出せるのか?」
「はい。数はわずかですし、生活に必要なものしか出せませんがね」
そういうと、イトーは子爵の妻の分まで口紅を取り寄せた。これからしばらく厄介になるのだから、これくらいはプレゼントしてもいいだろうとの判断だ。
「イトーは勇者なのか?」
唇が紅く彩られた自分の姿を鏡に見ながら、ジゼルはそうイトーに尋ねた。イトーは戸惑った。勇者と言われても自分はモンスターとは戦うつもりもない。
「いや、ただ元の世界のアイテムを取り寄せるだけの男だよ」
「異世界から召喚された人間は勇者だ。しかもこの世界の人間にはない力をもっている。まさしく勇者だと思う」
「君にそう言ってもらうとうれしいけどね。モンスターとか怖いから勘弁してね」
イトーはそう言っておいた。冒険者をやっているらしいこのエルフの少女と冒険に行くのも楽しそうだが、ドラゴン退治とかだったら生き残る自信はない。
「……イトーが勇者なら、きっとこの世界で役割があるはず」
「役割ね……」
それについてはイトーは「ない」と思っている。自分は複数呼ばれた人間の中の一人に過ぎず、そして能力はその中で一番ショボいのだ。どう考えても勇者ではない。




