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フリーター、異世界へ行く

伊藤篤史いとうあつしは勇者である。

伊藤は勇者として異世界に召喚される前は、ドラックストアでアルバイトをしていたフリーターであった。

 年齢は27歳。大学は卒業したが就活に失敗。なんとなくフリーターをして過ごしてしまった27歳である。時給のよい夜間を中心に働き、昼はネットゲーム三昧。とりあえず、1日無事に暮らしていければよいと考えていた。


 そんな伊藤は異世界へと召喚された。召喚されたのは伊藤だけでなく、他にもいたのだが、明らかに待遇に差があった。

 他の人間にはチートな能力が付与されていた。それは莫大な経済力であったり、無敵の戦闘力であったりしたのだが、伊藤にはそんな力は与えられなかった。与えられたのはドラックストアの倉庫から商品を取り出す能力。


 自分が勤めていたQドラックストアの店頭から任意の品物を取り出せるのだ。これは右手で目の前を払うと商品リストが掲載された画面が現れ、その商品をチェックすると目の前に現れるというものだ。

 伊藤はこの能力はすごいんじゃないかと思ったが、異世界では評価されず、役に立たない勇者だと判断されて、適当な理由を付けられて追い出されてしまった。


 他のメンバーがすぐに王様と謁見したのと比べると、あまりにも酷い差別である。それでも伊藤は嘆くこともなかった。この理不尽に怒ることもなかった。


(まあ、気楽に過ごせるなら異世界でもいいか)


 そんな呑気なことを考えている。唯一、ネットゲームができないことが不満だったが、この異世界で行動することがゲームと同じ。バーチャルリアルゲームに参加していると思えば我慢できた。

 そんなイトーは所在なく、召喚された都の公園のベンチでぼーっと座っている。

(まずは寝る場所の確保だな……そして仕事を探す……ドラックストアから取り寄せればいいから、食料には困らないけど大量には持ち出せない)


 イトーの能力はドラックストアの店頭からかすめ取る能力だ。自分一人分くらいならよいが、大量には持ち出せないようだ。

(さて……どうするか)

 どこか宿屋を捜そうにも肝心なお金がない。まずはお金を得るところから始めないといけない。

「奥様、奥様、気を確かに!」

「ああ……痛い、頭が割れるようだわ……」

 裕福そうなドレスを着ている貴婦人が付き人が馬車から降りて、公園の泉で付き人から介抱を受けている。公園の外には豪華な馬車が停まっているのが見える。


「どうしましたか?」

 イトーはそう付き人に聞いてみた。付き人は丸眼鏡をかけた若い女性。いかにも田舎から出てきました的な雰囲気がある。それに比べて貴婦人の方はというと、年齢は40代というところ。いかにも上流階級といった品がある。


「奥様が急に頭が痛いとおっしゃられて、この公園に立ち寄ったのですが……」

 普通はイトーのように見ず知らずの人間には警戒するものだが、この緊急事態に藁をもすがる気持ちなのだろう。そうイトーの問いに付き人の女性は答えた。


「なるほど。ご婦人はよく頭痛になるの?」

「はい。頭痛はよく訴えられています。お医者様から頭痛の薬はいただいているのですが、最近はあまり効果がないようで」

 どうやら頭痛は慢性的なものらしい。もちろん、イトーは医者ではない。この症状が何に起因するかは分からない。

(頭痛薬は各種あるよな……)

 イトーは右手でステータス画面を開く。ドラックストアにある商品リストが広がる。そこから頭痛薬をチェックした。よく売れているメジャーな頭痛薬だ。飲めばすぐに鎮静効果が表れる。


「えっと、これを痛いときに1錠飲むこと……どうぞ、薬です」

 イトーは手の中にあらわれた頭痛薬を差し出した。付き人の女性は驚いたようだったが、ここは異世界。剣と魔法が支配する世界だ。イトーが差し出した薬を主人へ飲ませる。

「……ううう……あれ……急に頭が軽くなりましたわ……」


 さすが即効性の頭痛薬である。貴婦人の痛みは10分もすると緩和されて話せるまでに回復した。

「あ、ありがとうございます……」

 貴婦人はそう礼を述べた。この貴婦人はレーティシアと名を名乗った。バロック子爵の夫人でこの先の屋敷に住んでいるとのことであった。


「イトーさんは薬師なのでしょうか?」

 そうレーティシアはイトーに尋ねた。すごい薬を持っていたので薬師と思ったようだ。それならそれでいいかと適当に考えたイトーは頷いた。


「今日、都に出てきたばかりなんですよ」

 そうイトーは自分を紹介した。自分は山の中で修業を積み重ねた薬師で、10年ぶりに町へやって来たのだと。世間知らずのところは、山にこもっていたということで片付けた。

「そうなんですか。もし、今晩、泊る所がなければ家へいらしゃい。主人にも紹介します。これ、ナディア、イトー様を馬車へご案内しなさい」


 付き人の女性はナディアという。まだ18歳の少女で最近、夫人付きのメイドとして雇われたらしい。

「よろしくね、ナディアちゃん」

 イトーはそう挨拶した。ナディアは内気な性格らしく、丸眼鏡を指でずり上げてコクンと頷いた。


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