冒険者たちの敗北
やがて村人たちは竜騎士が潜む白木の棺桶を酒や供物と共に岩山へと運ぶ。山道を半時ほど登れば、祭壇に着く。石でできた祭壇に棺桶と供物を置くと逃げるように立ち去った。
冒険者たちは祭壇の見える岩陰から監視をする。ジゼルはオリバーと共に岩に上り、少しくぼみになったところに身を潜めた。
ここならいち早く敵の様子が掴めるし、弓矢による攻撃も効果が高い。やがて、日がくれていく。祭壇には松明が灯されており、ほんのりと明るい。上から見下ろす格好のジゼルは祭壇になっている岩のテーブルが、長年の生贄にされた娘たちの血糊で赤茶色に染められているのを見て、胃がむかむかしてきた。
(絶対に許さない……)
いつもは冷静なエルフの少女も今回ばかりは憎しみで心が震えているのを自覚していた。これ以上の犠牲者は絶対に出さないと背負った弓筒を下ろし、矢の確認をする。全部で20本。すべてを使いつく戦いをするつもりだ。
ひゅうーと北風が強くなった。
それは血なまぐさい臭いと獣の臭い。
冒険者たちは身構えた。
石の祭壇を囲むように大きな黒い影が現れた。
(3匹もいるのか……)
冒険者たちはこれから始まる戦いが厳しいものになると予感した。村長のオリバーは黒い影の魔物を見ただけで腰が抜けてしまっている。と言うよりも、魂が抜けたようになって思考力が停止してしまったかのようだ。
これは魔物のまとう邪気。村長のような一般人や初級冒険者はこの邪気を受けるとこうなってしまう。ベテラン冒険者であるジゼルたちには効果はない。
やがて3つの黒い影はゆっくりと回り始めた。そして奇妙な歌を歌い始めたのだ。
「ホレ、トッテツケン、トッテツケン、トペポ、パペポ、ハレウルナ……ニエノニクヲクラウトキ。ミランダノ、ハヤタロウニハシラレルナ……」
奇妙な歌は7回繰り返され、岩の祭壇の周りを黒い影は7度回った。
(ハヤタロウ?)
崖の上から様子を伺っていたジゼルには、ハヤタロウというキーワードが耳に残る。
(ハヤタロウには知られるな……どういうことだろうか)
ジゼルは嫌な予感がした。上から見ていて分かったことだが、この歌と踊りを行った後、祭壇を中心とした半径30mほどのエリアに薄い魔法障壁が現れたのだ。地上では確認しずらいだろうというくらいのものだ。オーロラのように光のカーテンが揺らめく結界である。ジゼルには、この中にいる魔物たちに何か影響があると思えた。
「グゴゴゴゴ……」
やがて3匹の影は躍り終わると、棺桶を引き裂いた。今宵の生贄である娘の四肢を引きちぎって食べようとしたのだ。
だが、中から出てきたのは竜騎士の男。待ち構えたようにランスを大上段に構えて、空中へジャンプした。
「ぐおおおおおおおおっ……」
1匹の脳天めがけてランスを突き刺すと。どす黒い血が飛び散った。それを合図に他の冒険者が物陰から飛び出す。バーバリアンは戦斧を振り回し、めちゃめちゃに振り回して怪物の体に叩きつける。
重戦士の重いハルバートが炸裂する。さらにソーサラーの炎の魔法が3匹の体を焼き尽くす。
「やったか?」
戦いの祝福の魔法でそれぞれの攻撃力を3割増しにしていた大神官は、手際のよい攻撃に一瞬で片が付いたと思った。しかし、それは甘いといわざるを得なかった。
魔物の一匹がブリザードの魔法を唱えたのだ。冷気の嵐が冒険者たちを襲う。知能の低い下等な魔物と思い込んでいた冒険者たちは手痛い反撃を喰らったことになる。
「ば、馬鹿な……ブリザードは中級レベルの魔法だぞ」
魔法の攻撃を盾で辛うじて防ぎ、ダメージを最小限に食い止めた竜騎士でさえ、片足をついて凍って血の巡りが悪くなった体の回復に努めねばならなっかった。上半身裸に鉄の胸当てを付けただけのバーバリアンは、凍った鉄に皮膚がくっつき、皮膚がはがれて痛々しいほど真っ赤になっている。
恐ろしいことに2匹目の魔物もブリザードを唱えている。もう一度、この攻撃を受けると致命的なダメージとなる。
「シールド!」
大神官は魔法防御の魔法を唱える。大神官の使った魔法は、攻撃魔法の効果を70%防ぐ防御の魔法。それ越しに2発目のブリザードの魔法が冒険者を襲う。
「くっ、大神官の防御魔法で助かった」
それでもダメージを全部防いだわけではない。すでにバーバリアンは戦闘から離脱し、座り込んで動けないでいる。大神官はバーバリアンに駆け寄り、回復の魔法をかけようとした。
「********」
3匹目の魔物が何かを唱えた。大神官の言葉聞こえなくなる。『沈黙』の魔法だ。これを唱えられると一定時間魔法が唱えられなくなる。これはソーサラーも同じ。しばらくは、魔法攻撃ができなくなる。
「この魔物ども、知恵があるぞ」
そう叫ぶ、ソーサラーの声もかき消されている。竜騎士と重戦士は力で押すしかないと武器を振り回す。この攻撃はすさまじく、1匹の魔物には致命傷を与えて動けなくした。2匹目も血まみれになり、動きが緩慢になってきている。
だが、3匹目が全体攻撃の魔法を唱えた。今度は無数の魔法の矢が空か振り注ぐ『矢じりの雨』の魔法。竜騎士も重戦士も片膝をついた。持久力のないソーサラーは、この攻撃で倒れている。大神官も辛うじて動ける程度だ。
「くそ、短期決戦にしないとまずいぞ!」
思わぬ苦戦に竜騎士の男が叫ぶが音にはならない。重戦士もここが勝負と全力を振り絞る。2人とも再び、武器を振りかざし、攻撃に転じる。あと数分もすれば、沈黙の効果がなくなり、大神官の回復魔法が復活するだろう。そうすれば、形勢は逆転する。ソーサラーを回復して攻撃魔法による攻撃。バーバリアンも回復すれば攻撃力が増す。
ジゼルも上から狙いをすまして矢を打ち込む。放つたびに魔物の体力を削り取る。完全な長期戦である。戦いが進むと黒い影はだんだんと実体化してきて、銀色の毛の大きな猿のような怪物であることが分かってきた。
知能が低そうな目ためとは違い、高度な魔法を戦略的に使ってくる。武器を錆びさせる魔法でこちらの武器の攻撃力を削ぎ、さらに動きを鈍感にする魔法まで使ってくる。
「くっ……アクセル!」
「シャープネス!」
沈黙の効果が薄れ、大神官は攻撃補助をする大神官は、竜騎士と重戦士の武器の攻撃力を上げる魔法に動きを俊敏にする魔法を唱えて対抗する。
そして回復。リカバリーの魔法でソーサラーとバーバリアンを小回復させる。2人ともなんとか、戦えるレベルまで回復した。
これで勝利が見えてきた。怪物側は2匹目も竜騎士の渾身の一撃が効いて、ついに地面に倒れてぴくぴくと痙攣させていた。最後の3匹目も明らかに動きが悪い。
しかし、こちらもソーサラーは魔法を使い過ぎて消耗して、動けなくなる寸前であったし、大神官も残りの魔法がわずかとなっていた。
(なんとか……勝てる)
最後の弓矢を放ったジゼルは勝利を確信した。大激戦であったがわずかに冒険者たちの方が力がわずかに上回っていたようだ。
だが、その気持ちは一瞬で折れた。ジゼルが危惧していたことだ。結界が光った瞬間に残った大猿がなんと体力全快魔法フルリカバリーを唱えたのだ。
「う、うそだろ……」
竜騎士は絶望に打ちひしがれた。倒れていた2匹も含めて体力が全開になったのだ。そのまま、攻撃を続行する。驚いたことに魔力まで回復したらしく、強力な攻撃魔法を唱えてくる。
あともう少しで倒せると言うラスボスが、最後に最後に体力、魔力全快魔法を唱えてリセットするのと同じだ。
「うっ……」
大神官が倒れた時、パーティの運命は決まった。竜騎士は踏みつぶされて絶命。バーバリアンは岩に叩きつけられ、重戦士はデスの魔法で心臓を止められた。ソーサラーは鋭い爪で串刺しにされて。冒険者たちは敗れた。
辛うじて岩山にいたジゼルは腰が抜けてしまった村長のオリバーを引きずって、逃れることができた。早めに撤退をする決心をしたことが正解であった。




