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ポチ誕生

(なんだ、ここは……)

 タナカの知っている町ではなかった。見知らぬ石造りの建物。時代遅れの馬車。行きかう人々は西洋のおとぎ話に出てきそうな服装。驚いたことに、明らかに普通の人間とは違うだろうという容姿の生物が歩いている。

 頭に獣耳がついた人。耳が長い人。髪の色は金髪、銀髪に緑色の髪、桃色の髪とありとあらゆる色。顔つきもいわゆる日本人の顔とはかけ離れている。


 きょろきょろと町を見て回るタナカであったが、先ほどから違和感しかない。自分はそれらの人を見上げているのだ。そして視界に入るのは自分の足とは思えないけむくじゃらの2本脚。先ほどから自分を見ている人々の視線も気になる。

「わあ……可愛い子犬だ」

 小さな子供がタナカを見てそう指さした。子犬とは失敬なとタナカは思ったのだが、その子供が自分の頭をなでなでしてくるのに抵抗ができない。なぜかお尻がムズムズとする。

「すごく喜んでいるよ、お父さん」

 その子供はそう言ってお父さんと呼ばれた中年の男に笑顔を向ける。

「ほう……白い犬とはまた珍しい。普通は他の色が混じっているものだ」


 男はそう言ってタナカの背中を撫でる。タナカは混乱している。なぜ、人間の自分がこんな子供やおっさんに体をなでなでされるのだろう。

「ねえ、お父さん、この子、飼ってもいい?」

「ダメだ。家には3匹もいるだろう。もう飼えないよ」

 タナカは自分を飼うだとか、匹と呼ばれて屈辱に感じた。どうして自分を動物のように扱うのであろうか。


「おい、ここはどこなんだ」

「日本じゃないのか?」

「あんたらはどこの人間だ?」

 立て続けに質問をするタナカ。しかし、その声は全く理解されていないようだ。ちなみにタナカにはこの親子の会話は理解できる。しゃべっている言葉は日本語ではなさそうであるが、その発音はタナカの耳に入ってると日本語になって意味が理解できるのだ。


「ごめんね、うちでは飼ってあげられないの」

 悲しそうにタナカを見下ろす子供。やがて、タナカの頭を2回ほど撫でると名残惜しそうに立ち去った。

(おいおい、俺を犬扱いするなよ!)

 タナカはそう抗議をする。だが、先ほどと同様に声は届かない。タナカは止む無く、移動する。町を隈なく歩くが、ここはタナカの知らない町。石畳に覆われた異国の町であることしか分からない。

「うううう~っ」

 歩いているタナカの前に野犬が立ちはだかった。黒や茶色まじりの汚い犬どもだ。よだれを垂らしてタナカをにらんでくる。


「たかが、イヌが人間様に向かって来るなよ!」

 タナカは威嚇する。だが、2匹の犬は余計にタナカに対して戦闘モードとなる。うーうー唸って歯を剥いてくる。

「イヌごときが、俺に勝てると思うなよ!」

 タナカも攻撃態勢に入る。最初に向かってきた黒犬の喉をめがけて刀を抜いた。刀の一閃は血しぶきと共に黒犬を絶命させる。そして、次に襲い掛かる茶色の犬も一撃であった。縦半分に斬り放つ。

 2匹の犬は声を立てることもできずに血の海の中に体を横たえた。力の差を知らない哀れな犬どものなれの果ての姿である。


「お前、すごいな……どうやらただの犬ではないようだ」

 不意にタナカは声をかけられ、振り向いた。そこには白地に金色の装飾がある不思議な服に帽子を着用した男が立っていた。横には同じ服の女性が2人いる。

(まるで、西洋の司祭のような格好だ……)

 ファンタジーゲームとやらに出てくる神官のような格好とでも言おうか。3人の人物がタナカを見下ろす。


「大司教様。こんな子犬が牙と爪だけで大きな犬をこんな風に殺せるものなのでしょうか?」

 少しおっぱいのでかい女がそう大司教と呼ばれる年配の男に尋ねている。年配の男はタナカをじっくりと観察している。

「うむ……どうやら、この子犬はフェンリルの子供のようだ」

「フェンリルですか?」

「魔獣の子供と言うことでしょうか?」

 大司教の言葉に目をまん丸くする2人の女性。どうやら、大司教に仕える女神官というところであろう。この言葉はタナカには不本意なことであった。

 なぜなら、この時のタナカはまだ自分の姿を自覚していない。まだ人間だと思っているのだ。だが、その矜持も可愛い女神官の前では軽く壊れる。


「おいで~」

 女神官に言われてタナカは足が自然に動く。神官服の膨らんだ胸の部分に飛び込んでいく。ぷにぷにした感触に思わず手を動かす。

(わあ~。やべえぜ、これはどう考えてもセクハラ。警察を呼ばれたらアウトじゃないか!)

 タナカは自分の容姿を自覚している。ハゲでチビでデブ。20代なのに40代にしか見えないハンディキャップ。イケメンなら許される行為も自分だとアウトになると自覚している。タナカの場合、近づいて同じ空気を吸っただけでも訴えられる恐れがあった。


 だが、女神官の反応はタナカの予想をよい意味で裏切るものであった。

「あら、嫌だわ、このわんこ。胸をもむなんて」

「子犬はそういう行動をするものよ」

 タナカを抱きかかえた女神官は、そう言ってタナカの行動を容認する。

(こ、子犬~。この俺が?)

タナカは我に返り冷静になった。なぜなら、自分が何なのか分かってしまったのだ。くっきりと映し出された自分。女神官の美しいサファイアブルーの瞳に映った自分の姿を……。

「な、なんだこりゃああああああっ~」

 どうやら、タナカは犬になってしまったようだ。

「なんだか、可愛いわあ~」

「わたしにも貸してよ。モフモフしたいわ」

(ひええええっ……ち、ちょっと、お姉さんたち~)

 ちょっと落ち込んだタナカであったが、女神官たちに抱きかかえられて、気分は一挙に回復した。タナカは何だかうれしくて高速で手を動かす。女神官たちも大はしゃぎでタナカを交互に抱きしめた。


「この子の名前どうしよう?」

「そうね。飼うなら名前を付けないとね」

「毛が白いから、シロでいいんじゃない?」

「いや、ポチがいい」

「モコモコしているから、モコがいい」

 女神官たちが勝手にタナカの名前で盛り上がっている。タナカはしらけている。シロもポチもモコも典型的な犬の名前である。別にカッコよさは求めていないが、せめてジョンとか、パトラッシュとか、レオンとか付けてくれよと思う。


「じゃあ、じゃんけんで決めよう」

 3人の女神官がおもむろにじゃんけんを行い、タナカの名前が決まった。

 命名『ポチ』である。

 屈辱である。

 あの3つの中じゃ、モコがいいと思っていたタナカのは最悪な結果となった。

 「この犬は成長すると危険である」

 大司教のおっさんがそう言ったが、タナカを解放する気にはなってないようであった。タナカは大司教の言葉が不本意であった。

(このおっさん、俺を危険だって!)

(ああ、でも少しは当たっているかも。何しろ、俺は神から勇者に任命されたのだからな)

(だけど、勇者にするのはともかく、俺を犬にするとは。あの神、今度会ったら文句言ってやる……だけど、この境遇は悪くない!)


 タナカは神のやり方に不満はあったが、不思議と怒りは湧いてこない。何だか、心がウキウキしてくるのだ。それで体が自然と動く。女神官の胸の中でおおはしゃぎをする。前足で神官服の上からぷにゅぷにゅ胸を押しまくる。

「うひょひょー、超楽しい!」

 タナカはこの運命を受け入れた。


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