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タナカ、転生する

「ハヤタロウ……」

「ハヤタロウ……」

 タナカは自分の名前を呼ばれていることに気が付いた。

 何もない真っ白な世界にタナカはいた。

「誰だ、俺の名前を呼ぶのは?」 

 タナカはそう尋ねた。

「我は全能なる神である」

「神……神様?」


 タナカは自分のほっぺたをつねってみた。痛みが走ったが目は覚めない。

「ハヤタロウよ……お前をある姿に変えて異世界に送る。お前はそこで怪物に苦しめられる村人を助けるのじゃ」

「拒否する」

 タナカは即断ったした。そんな義理はタナカにはない。見知らぬ世界のあったこともない村人を助ける動機がない。

「……ハヤタロウよ、困った人々を救うのが勇者の役割だぞ」

「俺は勇者じゃないし」

「だから、お前をわしが勇者にしたのだ。その義務をはたせ」

「いやいや、そっちが勝手に勇者とか言ってるだけだし」

「お前、神の言いつけが聞けぬのか?」

「ああ、聞けないね」

「仕方がない」


 パチンと音がするとタナカの目の前に美少女の姿が現れた。楽しそうに他の少女と花を摘んで遊んでいる。タナカはこの女の子が自分が子供の頃に一緒に遊んでいた幼馴染とよく似ていることに気が付いた。その幼馴染はとっくに結婚をして、今は2児のママになっている。

 タナカに勇気があれば、もしかしたら彼女は違う運命を歩んでいたかもしれない。なぜなら、彼女は結婚を申し込まれたとタナカに相談に来たのだ。


 その時のタナカは女心が全く分かっていなかった。相談に来た彼女を無視した。相手は自分よりもイケメンの男。どうせ、彼女はそっちを選ぶのだと決めつけていた。

しかし、今なら少しだけ分かるような気がする。彼女はタナカに結婚を反対してもらいたかったのではないかと思っている。

今も後悔の念でタナカの心を曇らせる。そんな思い出がタナカの心を占める。

「この娘が16歳になった時に悲劇が起こる。彼女は怪物の生贄にされて、殺されてしまう運命だ。それを救えるのはお前しかいないのだ」

「……マジかよ」

 タナカの心は少し動いた。目の前の美少女は何も知らずに幸せそうにしている。笑顔に心が癒されるとタナカは思った。この笑顔が恐怖に支配されてしまうのかと思うと胸が痛くなる。


「この子を救えるのは、ハヤタロウ……お前だけだ」

 タナカはこの神からのクエストは、過去の自分に対する贖罪ではないかと思い始めていた。

「……わかった。神様の命令というのはむかつくが、俺は何だかこの子を助けたい」

「よかろう。お前の力ならば怪物を倒すことができる……」

 神の声がスローモーションのようにタナカの耳に残る。タナカはまたもや、意識を遠のかせる。

 どれくらい経ったであろうか。

 目覚めたタナカは不快感を覚えた。30分ほど眠るついでに2,3時間寝てしまった時に似ている感覚。昼間に寝すぎて体が鉛のように重い。


(霧は……)

 小屋の窓を見ると太陽の光が差している。タナカは腕に付けた時計を見ようとした。だが、驚いたことに自動巻きの高級時計が見られない。首を曲げても視界が変わらないのだ。何だか体が固い。一本の棒にでもなった気分だ。

 ガチャっとドアを開ける音が聞こえた。靴音が近づいてくる。

(何だ……誰か入って来たのか?)


 タナカはふと体が浮くような感じを受けた。その途端に視界がよくなった。いつの間にか自分は立っていたのだ。ただ、いつもの自分とは違う感覚もあった。いつも見る高さとは違う視界。思わずタナカは視線を下へと向けた。その時に気が付いた。手にはなぜか短刀を持っているのだ。

 タナカは思わずその短刀を抜いた。そして違和感を払しょくするようにその刀を食い入るように見る。

(これは……かなりできのいい脇差だ)

 タナカは刀を見ることが好きだ。趣味と言ってもいい。刀剣の展示があると聞けば、どんな遠くでも出かけた。何本か気に入ったものも購入している。だから、多少の見る目はある。

 脇差は刀身の長さが30センチ以上60センチ未満の短い刀のことを言う。タナカは鞘から抜いて刀身を見る。切先には横手筋がなく、菖蒲の葉に似た造り。刀文は逆丁子さかちょうじと呼ばれるものであった。


(鎌倉時代から室町時代に打たれた貴重品だぞ……おや?)

さらに刀身に銘が刻まれている、タナカはその見字を食い入るように見る。

『早太郎』

 そう書かれていた。自分の名前だ。

「こ、これはどういうことだ?」

 短刀を握りしめたまま、タナカは小屋の壁を見た。そこには鏡があって、タナカの知らない顔が映っている。

(こ、これが俺……嘘だろ)

 彫りの深い外人顔。知らない中年の男の顔が底にはあった。全く別人になっていたのだ。

ズズズ……。


 地面が小刻みに揺れる。そして木製テーブルがカタカタと床とあたって音を出す。タナカは思わず、扉を見た。同時に中央からたたき割られて侵入してきたものがいる。

 白いタテガミを炎のように立てた恐ろしい形相の犬。サイほどの大きさの犬だ。まさに化け物である。

グオオオオオッ……。

 凄まじい咆哮でタナカめがけて噛みついてくる。不意を突かれたタナカは右肩から一気に噛みつかれて、そのまま持ち上げられた。

「う、嘘だろ……俺は勇者だぞ、神より授けられた力があるんだぞ!」

 そう叫んだが、タナカには勇者の力は一向に現れない。それよりも、首からおびただしい血が流れ出る。血のぬくもりは感じるのだが、不思議と全く痛くない。だが、このままでは死んでしまうと脳に警鐘が鳴る。

(知らない人間になったまま、死ねるか!)

 タナカはこの巨大な犬に右手でもった短刀を脳天に突き立てた。

(うっ……)

 目がくらむ。そして意識が遠のく。

 巨大な化け物に反撃したタナカ。正式にはタナカの意識をもった別人。

 だが、目を開けた時、タナカはまたしても不思議な感覚にとらわれた。 


「よいしょ!」

タナカは体をごろんと動かした。思ったよりも体が軽い。ころんとひっくり返った感覚がいつもと違う。目線が低い。見下ろす感覚がないのだ。 

(あの巨大な犬の化け物……どこへ行ったのだ?)

 タナカはキョロキョロと辺りを見回すが、いつの間にか消えている。確かに短刀を脳天に突き立てたはず。本当なら巨体を横たわらせて死んでいる姿を目にするはずである。

「おかしい!」

 そう呼んだのだが、耳に聞こえてくるのは「わんわん」という犬のなき声である。

(犬の鳴き声?……どこにいるんだ……いや……)

 タナカは自分の置かれた状況が信じられない。

 タナカは頭が混乱してしまい、とにかく山を下りようと思った。巨大な犬によって壊された扉を開ける。外に出る。走る。

 外国製のSUVは置いてない。山の景色は変わっていない。仕方がないのでタナカは山を下りる。道はタナカが知っている道であったが、着いた場所は全く違っていた。


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