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異世界へ

 田中早太郎は勇者である。

 田中は「早太郎」という名前はあまり好きではない。この名前は自分の祖父が付けたという。なにやら、日本の古来から伝わる伝説の中で凶悪な怪物を倒した勇敢な犬の名前から付けたらしい。犬の名前というだけで、どうかと思う。怪物を倒した勇者という点であるなら、悪くはないのだが、今時の名前としては古風で『ダサい』部類であろう。


  田中は異世界にやって来る前は田舎でシイタケ栽培をしていた農業青年であった。田中は新しい農家の在り方を模索し、高く売れるブランド作物をプロデュースすることで生計を立てていた。

 田中が作ったシイタケは、大振りで味も濃厚。SNSの口コミで火がついて、マスコミにも取り上げられた人気商品であった。

 そんなカリスマ農家であった田中は29歳であったが、残念ながら嫁がいなかった。事業で成功し、年商1億円突破する経済力があるにも関わらず、農家と言うだけで嫁の来てがないのである。

 

 また、田中の容姿もあまり女性に好まれるものではないことも原因であった。いわゆるハゲでチビでデブであったのだ。でも、田中は嘆いていなかった。むしろ、ハゲは先祖から続く田中家に生まれた男子の象徴であった。チビも生まれ持った特徴。小さい方が倉庫の隙間まで入っていける。デブは肉料理が好きな結果だ。

 田中自身、容姿で差別するような女子は願い下げだと思っている。だから、今の自分の姿はある意味、自分を選ぶための一つの壁であると思っている。

 

 随分、上から目線であるが田中自身、世間で言う勝ち組であるのだから、それを言ってもある程度は許容してもらえるだろう。

そんな田中は早朝から外国製の高級SUVに乗って、所有する山へ来ている。田中が育てている大半のシイタケは、温度管理された工場の建物の中で大量生産されているが、ごく少数は山で栽培しているのだ。

間伐された落葉樹の中で栽培されたシイタケは山の冷気を吸って味わいが格別になる。これをプレミアムな商品として通信販売しているのだ。値段は通常の5倍。全国から予約が殺到しているが、生産量が少ないためになかなか手に入らないのだ。


5倍の値段はするが、作る手間を考えるとさほど儲けはないのだが、このプレミアシイタケ『山の霊気キノコ』のおかげで田中のシイタケの知名度が上がったと言えるから、作り続けているのだ。

山道に車を停めると田中は所有している山へと入って行った。ひんやりとした朝の空気を吸い込むと田中の気持ちがリフレッシュされる。小太りな肉体には、山の斜面を降りてシイタケ栽培エリアへ行くのは少々辛いが、それでも首にかけたタオルで禿げた頭から流れ出る汗をふきふき、田中は進む。


「く~ん」

 シイタケが栽培されている場所へ行くと白毛の犬が近づいてきた。毛がもこもこの甲斐犬である。田中が飼っている愛犬でここのシイタケを守っている番犬なのだ。


 世の中には悪い輩がいるもので、田中のブランドシイタケを狙って、盗もうとする連中がいるのだ。

 無論、防犯カメラの設置や電流柵などの備えはあるが、悪党どもはそんな防備は乗り越えてくる。この番犬を放し飼いにしたところ、防犯効果は大きかった。


「おお、ハナコ、さみしかったか、昨晩の見回りごくろうだったな」

 田中は背負ったリックサックから、ハナコと名付けた愛犬によく煮て柔らかくした鶏肉の塊とドックフードを取り出した。それを器に入れると愛犬の前に置く。

 腹を空かせている白犬はそれでも規律を守っている。座ったまま、田中の命令を待っている。

「よし、食べていいぞ」

 田中がそう命令すると、ハナコは勢いよく食べ始めた。巻き毛の尻尾を振り振りして、美味しそうに食べている。見た目は可愛い様子のハナコであるが、これまでシイタケ泥棒を3人も捕まえた勇敢な犬である。


 3人目の時はナイフで攻撃されたが、ひるむことなく噛みつき、警備員が駆け付けるまで犯人を威嚇してその場から逃げられないようにした。その時に犯人に付けられた傷で耳がギザギザになっている。

 その間に田中はシイタケの点検をしている。どの原木も順調にシイタケ菌が繁殖しており、榾木ほだぎへと成長していた。

「く~ん……」

 食事を終えたハナコが田中に近づいてきた。いつもは田中の足にまとわりつき、かまってくれとせがむのであるが、今朝は様子が違う。尻尾を下げて何かにおびえているような感じに見えた。


「どうした、ハナコ……体の調子でも悪いのか?」

 放し飼いと言ってもこのシイタケ栽培の場所には、ハナコ専用の立派な小屋があり、そこでは田中も休めるように仮眠室まで備えられている。それでも夜の山の警備は犬であっても危険をともなう。他の野生動物からの攻撃にも備えないといけないし、山の寒さは半端ないのだ。


 田中はしゃがんでハナコの体をなでると、山の空気が急に変わったと肌で感じた。元々、曇り空であったのだが、白い霧が大量に発生し始めたのだ。

 やがて視界が分からなくなるほど、霧が立ち込めてくる。田中は急いで小屋の中へと非難した。勝手知っている自分の山とは言え、霧の中を動くのは危険だ。こういう場合は、じっと安全な場所で過ごすに限る。

「ハナコ、眠いだろう……こっちへ来い」

 小屋に入ると田中はハナコを呼んで仮眠室のベッドの毛布を被った。小屋の中はみるみる気温が下がったが、ハナコの体温もあってタナカはなんとかしのげそうだ。

(山の天気は変わりやすい。この時期にこういうのは珍しいが。まあ、ゆっくりと過ごそう。今日は特に急ぎの仕事はない)


 ここで1時間くらい仮眠するのは悪くないだろうと田中は考えた。それくらいで霧は晴れる。

「ワンワン」

ハナコは嬉しそうに尻尾を振って田中と一緒にベッドへと潜り込む。ぷんと犬の臭いがするが、それよりも温かいモフモフ感の方が心地よい。

 一晩中、起きて警備していたハナコはすぐにぷうぷうと鼻息を立てて寝てしまう。ご主人様が傍にいて安心したのだろう。朝早く起きた田中もうとうとと眠りに落ちて行った。


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