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勇者、ここに殉職す

「ふう……やっと倒した」

 ハセガワは肩で息をする。久次郎もジゼルも下を向いている。熟練者の2人の消耗は、今の戦いの激しさを物語っている。

「リキ、リキ、目を開けて」


 先ほどの戦いで重傷を受けたリキに2人の姉が付き添っている。リキのケガはかなりの深手であった。口から血の泡を吐き、意識がない。体の痙攣もおさまらない。

「まずいな、あばら骨が折れて肺に突き刺さっている。頭にも相当な衝撃を受けている」

 ジゼルがそう診断する。このダンジョンの奥底でこのケガでは助からない。町に戻って医者に見せる前に死んでしまうだろう。神官の回復魔法で血止めと痙攣を止めたが、冒険者レベルの神官の回復の奇跡では、これが精一杯であった。


「ハセガワ様、助けてください」

「お願いします、ハセガワ様」

 懇願するルキとロキ。ハセガワはとっておきの魔法具をポケットから取り出す。1発使い捨てで金貨1万枚したアミュレットのスペシャルパワーを使う。

「時のアミュレット」である。これは身に付けている者の時間を停止させる効果がある。力を発動させると体から外すまで効果は持続する。


「これを使えば、ケガの状態を固定できる。町で医者に見せれば助かるはずだ」

 そしてハセガワは指に付けた魔法の指輪の力も使う。これは帰還の指輪。身に付けたものとそれに触れている者をダンジョンの外へワープさせる魔法が使える。これも使い捨てだ。

 ちなみに運べる人員は最大で3名が限界だ。1つで金貨8000枚するレアアイテムだ。


 ハセガワは3姉妹を戦線離脱させると、クリムゾンアントに押され気味のアランたちをに加勢をし、なんとか4匹の斥候を倒すことができた。3人の戦士は重軽傷を負い、アランも左腕が折れる重傷を受けていた。

 戦いには勝ったものの、ハセガワたちも攻撃力をほぼ失ってしまった。だが、まだ仕事は残っている。クリムゾンアントクイーンが生んだ数百の卵の破壊である。

「卵なら、焼き尽くせばいいよな」

 ハセガワは自分が持ってきた魔法のスクロールの閉店店じまいセールをしようと思った。氷結系の魔法はすべて使ってしまったので、残ったのは火炎系の魔法である。


「ファイアーボール」

「ファイアーバレット」

「イフリート・ブレス」

「ファイアーボム」

 卵は炎に包まれて破壊されていく。


「これで世の中の平和は守られた。やはり、ハセガワは勇者だな」

 ジゼルはクリムゾンアントの大群を根こそぎ始末したハセガワをそう評価した。ハセガワは照れ臭そうにそれを否定する。

「俺は勇者じゃないさ……。金の力で無双しているだけだ」

「勇者とはその業績で評価されるものだ。この功績は賞賛に値されると思う」

「……いや、所詮は金では尊敬はされないよ。金で人の心は買えない」


 ハセガワはそう寂しそうに答えた。そんなハセガワを見てジゼルは何か言おうとしたが、長い耳が同時にぴくりと動いた。

「ま、まだ……いる!」

 そいつらは天井に張り付いていた。斥候アリの一部である。数は20ほど。ぼとり、ぼとりと床に落ちてきた。自分たちの女王を殺されて怒り狂っている。

「に、逃げろ!」

 もはや魔法のスクロールは使いつくした。アランたちもケガをしており、もう戦える状況にない。ハセガワたちは通路を逆進する。だが、重傷を負っているアランたちは早く走れない。


「ここは俺が食い止める」

「拙者もハセガワ殿と殿を務めるでござる」

 比較的無傷のハセガワと久次郎が殿を務める。追いすがるクリムゾンアントを攻撃し、ひるませて時間を稼ぐ。そしてやっと、地下8階への扉まで来た。

 が、ここでアランが気を失いそうになった。ケガの痛みが脳を麻痺させたようだ。うわ言を口にする。

「ああ……フローラ……きっと、きっと帰るから……帰って赤ちゃんの顔を見ないと」


 3人の戦士は扉を越えたところで力尽きた。倒れて身動きができない。体力を使い果たしたようだ。ハセガワはアランの頬を叩く。

「起きろ、アラン、ここで気を失えば死ぬぞ」

「……フ、フローラ……」

「くっ……」

 ハセガワはアランの体を揺り動かす。アランも気を失う寸前だ。

(どうする……このままでは全滅だ……扉を閉めれば助かるかもしれないが、この扉は8階側しか閉められない構造になっている)


 ジゼルが最後の矢を放って、近づいてきた先頭のクリムゾンアントを倒した。だが、彼女の矢は尽きた。ナイフを手にしたがクリムゾンアントに効果的な打撃は期待できない。久次郎もついに剣が折れてしまった。折れた剣で威嚇する。

「ハセガワ……生き延びるためには見捨てるしかないが、どうする?」

 ジゼルがそうハセガワに聞いた。冷徹に聞こえるそのセリフにハセガワは頭の中が整理されていくのが分かった。


(見捨てる……そうだ……ここでアランを見捨てる。俺とジゼルと久次郎は逃げ切れるだろう。20匹程度のクリムゾンアントなら町には影響はない。冒険者ギルドに討伐依頼をかけてもいい。屋敷の冒険者パーティを派遣してもいい)


(アランがここで死ねば、フローラは俺のものになるかも。子供がいたってかまわない)

 そんな考えが過った。ハセガワはアランの顔を見る。青ざめた顔。唇がわずかに動く。

「……フローラ……愛しているよ……」

「くっ……」


 ハセガワはそれを聞いて心に決めた。ジゼルと久次郎に扉の外に出るように叫んだ。そしてハセガワは扉に手をかける。

「ハセガワ、お前はどうするのだ?」

「ジゼルちゃん、俺は金しかもってない勇者だ」

 ハセガワは力を振り絞って扉を閉める。背後からクリムゾンアントが迫ってくる。

「ハセガワ……お前、ここで死ぬつもりか?」

 ジゼルはそう意外そうな表情を浮かべた。彼女はハセガワがアランたちを見捨てて逃げると思ったようだ。現実主義者のエルフとしては、それが正しい行動だと思うのであった。


 だが、ハセガワはやはり勇者であった。

「惚れた女を泣かせたくないからな」 

「ハセガワ……」

 ジゼルがそう呟いた時、扉は閉められた。


 扉を閉めたハセガワはゆっくりと振り返った。そして笑う。近づいてくるクリムゾンアントを倒す方法が彼にはあった。それは相打ち。右手をクリムゾンアントに向ける。


「俺は金しかない勇者だが、金の使い道もこういうのがある」

 金貨を放出。それはすさまじい勢いで放出される。8階を埋め尽くす金貨の山。そうハセガワもクリムゾンアントたちも金貨の山に押しつぶされてしまったのであった。


 ダンジョンから脱出したジゼルと久次郎。アランも彼女らのおかげで命を拾った。ハセガワの尊い犠牲は、ジゼルたちの証言で国中へと広がった。まさに勇者であったと人々は語り継いだのであった。


残念な勇者 スーパー金持ち勇者

 莫大な財産をもち、金の力で無双する勇者。しかし、お金では手に入らないものを知り、そのために殉じてしまう。


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