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平凡は目覚める

 授業が無くなってしまったので、カトーはブラブラと町を歩いている。通常は迎えの馬車で家路につくところであるが、時間の変更で馬車を待つのも面倒になり、久しぶりに歩いて帰ろうとしたのだ。

 花屋の前を通りかかったカトーは客と店員が話しているのを聞きつつ、先ほど買った鳥肉の串焼きを頬張っている。ここま町の中心街で人の行き来も激しい。

「金貨1枚で花束を作ってくれ。なるべく華やかで豪華な感じに」

「ありがとうございます。予算がそれだけあれば思い切って作れますよ」


 若い男が花屋の主人にそう注文している。今から女性のでもプレゼントとして渡すのであろう。金貨1枚となると結構な花束になる。

 店の主人は鮮やかな花色の花を次々と選び、大きな花束を作っていく。やがてそれは青年の希望どおり、かなり豪華なものに仕上がった。

「はい、これでどうでしょうか?」

「いいねえ……これならアイラちゃんも驚くと思うよ。ありがとうございます」

 青年は金貨を店の主人に手渡し、店を出ようとしていた。店には看板猫である白と黒の2匹の猫が店先で寝転がっている。

(アイラちゃんって、彼女かなあ……。今からプロポーズかよ。リア充爆発しろ~)


 鳥肉の串焼きを食べ終えたカトーは、ちょっと悔しくなったのでその場を後にしようとした時だ。

「おい、あの馬車、動きがおかしいぞ!」

 通りで通行人が叫んだ。カトーがそちらを見ると、一台の馬車が蛇行して走っている。御者が仰向けになって気を失っているようだ。馬が暴走して向かいの建物の壁に接触。その反動で花屋の方に向かってくるではないか。

「やべえ!」

 危険を感じてカトーは小走りに店の前から移動する。これは今、まさに店から出ようとした青年もだ。慌ててて店から急いで離れた。

そこへコントロールを失った馬車が突っ込んできた。店先の花を引きつぶし、破壊して馬車がやっと停止した。

「あ、危ねえ……」

 危険を察知してその場から放れたカトー。自分の先見の明に感謝しつつも、店の惨状を目のあたりにして少し震えた。もし、捲き込まれていたら間違いなく死んでいただろう。先ほど、大きな花束を買っていた青年も九死に一生を得た。

 破壊された店の様子を3m離れたところで呆然と見ている。


「大変だ、クロが!」

 大泣きしている子どもがいる。花屋の子どもだ。見ると看板猫の黒い方が馬車にはねられぐったりしている。

「誰か、助けて……クロが死んじゃうよ」

 カトーは子どもの懇願に惹きつけられた。そっと猫を見る。

「嬢ちゃん、これは大けがだ。諦めるしかないぞ」

 鉢植えを抱えた客がそう子どもに残酷なことを言う。カトーは思わず顔をしかめたが、猫の様子を見ればそう言うのも仕方がないことだった。

(ああ、これはダメだ……)

 花屋の子供には悪いが、猫はとても助からないように見えた。馬車の車輪に腹を裂かれておびただしい出血と内臓が露出している。誰が見ても重傷で助からないケガである。

「お兄ちゃん、クロを助けて……。お兄ちゃん、魔法学院の生徒さんでしょ。回復魔法を使ってよ」

 子どもはカトーが魔法学院の生徒であることを知っている。それは彼の制服を見れば分かることなのだが、随分と無茶ぶりである。確かに回復呪文のスペルは知っている。だが、学生のカトーではそれを唱えたところで、魔法が発動するわけがない。


 しかし、懇願されて無視する気にもなれなかった。それくらい、子どもは轢かれた猫のことが大好きであったようだ。

「もう手遅れだよ。今から回復魔法をかけたところで、その猫は死ぬよ」

「それでもいい。クロが苦しんでるの。魔法をお願い」

「仕方ない」

 カトーは回復魔法を唱えることにした。それをしたところで、駆け出しの自分に魔法が発動するはずもなく、魔法をかけたかいなしに猫は死ぬということになろう。それでも子供のために努力したという事実は残る。

「神の御手、いまここに光臨すべし。目の前の生を存続させたまえ」

 そう唱えるとカトーは両手を広げた。何だか、体全体が熱い。その熱い思いを手の平から大けがをした猫にかざす。

「おっ!」

 カトーの魔法の様子を見ていた花束を買った青年は驚いた。目の前に起きたことが夢のようだと感じた。何しろ、猫の全身が光り、傷口がみるみるうちにふさがっていくのである。それだけではない。ぐったりした猫が目を開けてひょいと起き上がったではないか。


 遠くから事故の様子を伺っていた野次馬たちの中でも、カトーが猫に魔法をかける様子を見ていたものが数人いたが、思わず口をあんぐりとあけたまま思考が止まってしまった。やがて、見たことの感想が口に出てくる。

「マジかよ」

「あの猫、瀕死だっただろう」

「いや、きっとびっくりして気を失っていただけさ」

 カトーの魔法の効果を見ていた人間の反応である。あまりの回復ぶりに信じられないと言う反応であった。それもやむ得ないだろう。一番の驚きはカトー自身だったからだ。

「お兄ちゃん、ありがとう。クロを助けてくれて」

 涙を泣かしながらそう感謝の言葉を述べる子ども。ちなみにカトーが猫を回復魔法で治癒したことは、気を失って病院へ運ばれた御者の男の救出作業の方へ関心が移って忘れられてしまったようだ。

(俺ってすごくね?)

(いやいや、まぐれってこともあるからなあ……)

 カトーは自分の回復魔法が都の大賢者並みかそれ以上ではないかと思い始めた。事故の後始末を眺めている多くの野次馬たちから離れて歩き出した。

「あ……あ……あ……」

 大きな花束を抱えていた青年は、その場でへなへなと腰を下ろした。緊張が切れたのだろうと周りの人間は思ったようだ。青年を介抱するがかなり衰弱しているようであった。

「なんだ、この兄ちゃん、枯れた花束を抱えて」

「変な奴だな」

「病院は近くにないか?」

 自分で歩けそうにない青年を病院へと連れて行く。後には枯れた花束が残され、事故を見に来た多くの野次馬たちに踏まれ、やがてゴミと化した。


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