大司教の力
「わああっ……」
「あわわわ……」
この国で地震は滅多に起こらない。カトーが生まれてから数回を数えるくらいだ。それも小さな揺れの地震のみ。ところが2,3秒は揺れた今の地震は結構な大きさであった。
(震度4というところかな)
揺れが収まってカトーは体を起こした。何人かの姿勢を低くできなかった学生は、転倒して多少のけがをしたようだが、建物が壊れるほどではなかったために大きな被害はなかったようだ。
だが、ひと際大きな叫び声が中庭に響いた。
「きゃあああっ……誰か助けて!」
中庭の一角で人が集まり始めた。そこは校舎の陰になっているところ。3階の窓から泣き叫んでいる女学生がいる。どうやら、窓ふきをしていた学生が先ほどの揺れで窓の外へ転落したようだ。3階の窓から転落したとなると命の危険がある。
これは大変な事故だ。落ちたのは女学生。地面にたたきつけられて意識を失っている。見ただけで腕や足の骨折していると分かった。
「大変だ、医者を、病院へ……」
「いや、首の骨が折れているかもしれない。下手には動かせないぞ」
「ど、どうする……」
女生徒はぴくぴくと体を痙攣させている。このままでは死んでしまうかもしれない。人だかりを作っている学生たちはおろおろしているだけで、誰も何もできない。何人かが教師を呼びに言ったようだ。
「大丈夫ですか、意識はありますか!」
学生たちの集団をかき分けて駆け付けたレイラがそう落ちた女学生に話しかける。そして、息をしているか耳を近付ける。
「意識なし、呼吸はある」
(さすがレイラだな……)
幼馴染のこの行動にカトーは感心した。なかなかできることではない。もちろん、カトーは取り巻く学生たちの集団の一員だ。
「ローリングス大司教だ!」
「大司教様がいらっしゃったぞ!」
学院に来ていた大司教がすぐに女生徒の元に駆け付けた。大司教なら医学の心得もあるし、なにより回復魔法の使い手でもある。
「君、代わりなさい」
そうローリングスはレイラに言葉をかける。
「意識はありません。呼吸は辛うじてしています」
「うむ」
ローリングスは女学生の様子を観察する。ケガの状況、そして変形した骨。脈を取っていた顔がこわばる。
「これは重傷だ…すぐに回復魔法で応急手当をしないとダメだ」
冒険者としても経験豊かなローリングスはそう一目で判断した、腕をまくって術式にかかる。両手を広げて念じる。
「今、ここに神の偉大なる御手を授からん。その大いなる慈悲でこの者を助けたまえ」
白い光がじわじわと放たれていく。ローリングスの額には汗が浮かび、やがて滴り落ちるほどになった。
白い光は事故にあった少女を押し包み、じわりじわりとそのケガを回復させていく。10分ほど経過して術式は終わった。
「ふう~」
ローリングスはふらふらになって支えてもらえないといけないくらいに衰弱していた。かなりの魔力を消耗したらしい。少女はと言うと回復魔法のおかげで痛みはなくなり、足と腕の骨折部分は修復したが、完全に骨をくっつけるところまではできなかったらしい。すぐに医者がかけつけ、そえ木をして包帯で固定して医務室へと運んだ。
周りから多くの拍手が巻き起こる。この神の奇跡にみんなが感動をした。回復魔法によって一人の女学生を死の淵から無事に生還させたのだ
「さすがローリングス大司教様。この国有数の回復魔法の使い手だわ」
そう絶賛するレイラ。
(そうかなあ?)
これには昔から疑問を抱いていたカトー。この国最高の回復魔法の使い手なら、一瞬で全回復で意識も戻し、ケガも全快じゃないといけないだろうと思うのだ。だが、実際の回復魔法の効果は大したことはない。
冒険者パーティの一員として参加する僧侶が使う神の奇跡『回復』は痛みを和らげ、血を止めるほどの効果しかない。それは応急処置の範囲であり、本格的な治療は薬師が調合する薬と医師による治療が必要であった。
ローリングス級になると折れた骨の修復や傷ついた血管の縫合、体に残ってしまった矢じりの摘出までできる効果があるが、それでも全快とはいかないのだ。
(ゲームの中で使ってた全回復魔法で元通りなんてことはないということかなあ……)
カトーが通っている魔法学院でも回復魔法の学習はある。ただ、回復系の魔法は理論は教わるが術式の発動には魔力とはことなる能力を使うために、ほとんどの学生は使うことができない。
回復魔法を使うためには、卒業後に神官として修業し、神への忠誠心である『信仰』の数値を上げるしかない。
ローリングスは回復魔法の授業の特別講師として呼ばれたわけだが、今回のハプニングでその授業はなくなってしまった。




