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遅れましたね><


 冬ごもりも残りひと月になった。


 この頃が一番寒い時期である。ここを過ぎれば段々と寒さが緩くなっていくので、随分と過ごしやすくなる。同時に冬ごもりも終わりに近づくが。


 アリスとも何事もなく暮らせている。強いて言うならば、キスされた日から数週間、やけに拗ねたような態度をしていた気がした。その間、あれだけやっていたスキンシップもパッタリ無くなった。最も、何が原因だったかも分からないし、今は元通りのアリスなので問題ない(?)。スキンシップも通常運転である。むしろ少し激しくなったような…いや、気のせいか。


 それよりも、今日の紅茶も美味しい。





 その知らせが届いたのは、そんな風に冬ごもりを満喫し、夕食後の紅茶をアリスと飲んでいた時であった。


 「主よ」


 唐突に、窓の外から何かが飛んでくる。窓はしっかりと閉まっていた。しかし、それは窓を通り抜けてきた。まるで実態が無いかのように。

 

 アリスは瞬時に反応して、バッ、と立ち上がり、私の前に来る。相変わらずの反応速度だ。


 「…ナル、下がれ」


 未だ紅茶を飲んでいる私に、アリスが振り向かずに言う。おお、よく分かったな。突然飛んできたものは、窓辺で動かない。

 アリスは用心深く、それを睨みつける。だが、彼には申し訳ないが、私はそれの正体を知っている。


 「アリス、座れ」


 私のその言葉に、アリスは一瞬戸惑うように私と窓辺を見比べたが、素直に椅子へ戻った。一方私は、予期していなかったこれの来訪に、眉を潜める。

 しかし、まずは話を聞いてからか。そう思い、窓辺のそれを呼び寄せる。


 「…イチ、どうした」


 そう言って”彼女”を見上げる。

 白髪をボブにし、整った顔に鉄壁の無表情を浮かべる、私の精。イチ、と呼ぶと、彼女は私の方を向いて、無表情のまま言った。


 「主よ。万年引きこもりの我が主にも、遂に番のお方ができたのですね。主方の戯れをお邪魔致しまして、誠に申し訳ありま――「違う」」


 彼女が言い切る前に、きっぱりと否定しておく。そうすると、イチは無表情のまま「そうですか、やはり」とだけ言って、それ以上は追求して来なかった。やはりとは何だ、やはりとは。少々引っかかる所もあったが、一先ずは誤解されなかったので安心する。否定しておかないと、次に召喚した時には、他の子たちにまでその話が回ってしまうのだ。そうなると物凄く厄介だ。


 「ナル、こいつは?」


 未だ警戒しているアリスには、そう言えばまだ説明していなかったので、簡単に話してやる。


 「彼女はイチ。私の一番精だ。精っていうのは、魔術士が召喚する小間使いのようなものだ。空も飛べるし、凄く役に立つ。彼女には、外のロドックの店で、薬の面倒を見てもらっていたのだが…」


 そこで私は言葉を切る。イチには今までずっと冬ごもりの時にはロドックのところに行ってもらっている。何か大事があったら知らせに来いと言っているので、去年まで、彼女がここに来ることは無かった。何があったのだろうか。アリスはそんなものもあるのか、と納得していた。彼女の報告が早く聞きたかったが、最後にアリスに言っておく。


 「彼女も生きているからな。しかも相当な年月を生きているので、アリスも聞きたいことがあれば聞くがいい。それと…」


 感心しているアリスを見ながら続ける。


 「…イチを始めとして、私の精たちは皆噂好きだ。違うことははっきり否定しろ」


 目の前ではイチが、よろしくお願いします、とアリスに礼をしていた。

 ああ、と遠い目になる。願わくば、彼が彼女たちの餌食にならぬように。今までどれだけ私が彼女たちの玩具となっていたか…。思い出すだけで涙が出てくる。

 まあ、そんなことは今は良い。一通りの説明をアリスにしたので、彼女に本題に入ってもらう。


 「では、イチ。何があった」


 そう言うと、イチはその場に膝を付き、腕を前で交差する。忠誠の証だ。


 「ご報告致します」


 そのままの姿勢で彼女は続けた。

 

 「本日十六時頃、ロドック殿の店に薬をもらいに来た者がいました。三十くらいのゲラウス街の男で、右目に強い痛みを感じるとのことでした。私が診察しましたが、詳細は分かりませんでした。病ではなく、ただの一時的なものではないかと、初めは思いました…が」


 そう言って彼女はひとつ区切る。淡々とした彼女の表情に、やや怯えのようなものが見られるのを見て、驚く。


 「…しかし、痛み止めを与えても一向に痛みは引かないようでした。主の薬が効かないのは、初めてです。恐らく新種の病かと」


 本当に痛そうでした、とその時の光景を思い浮かべたのか言うイチ。

 

 右目の痛み、か。


 これまで色々な文献を読み漁ってきたが、そのような症状は見たことが無い。私の痛み止めでも痛みが引かない、それも可笑しい。冬ごもりの時に私が外に出すものは、全てのものに効くようになっている。どうしても冬の間は仕事をしたくない、と必死で頑張って開発したのだから、自信を持って言える。その時点でただの打撲とかいう線は消える。


 だとすれば、私の知らない病か、はたまた彼女の言うように新種の病か…。


 そこまで考えたところで、苦々しく口を開く。


 「…今の時点では情報が少なすぎる。判断は出来ない。しかし、何かの病であることは間違い無いだろう。…イチ」

 「はい」

 「私はこれから”外”に降りる。お前は先に行って他にもその症状を発症している者がいないか調べろ」

 「はい」

 「それと、その右目の男はまだ店に置いておけ」

 「御意に」


 そのやり取りの後、イチは来た時と同じように窓からすっ、と消えていく。それを見送り、私は立ち上がる。そしてアリスを見上げる。

 

 じっ、と感情の読めない彼の目を見て、言う。


 「アリス」

 「ああ」


 すぐに反応して答えるアリス。


 「未知の病は、何としてでも既知のものにしなければならない。それが感染するのか、死に至るものなのか…。私はこれから外に行く。恐らく冬の間は戻ってこれない。お前は――」


 そこで言葉に詰まる。アリスは黙って続きを待っている。

 お前は――何だ? 待っていろ? 留守を頼む?

 私は――どうしたい?


 危険な仕事である。感染症の場合、最悪死ぬかも知れない。未知の病ほど恐ろしいものはない。人々の混乱もあるかもしれない。危険なのは確かなのに、意思がぶれる。こんなことは初めてだ。

 アリスの安全を考えれば、ここに居させるのが一番だ。しかし……。


 一緒にいて欲しい。


 そんな感情が最善の選択を邪魔する。このようなケースが初めてで、不安で怖気づいているのか…? そんなはずは、ない。では、何…?


 答えが出ず、俯く。その時――。


 「ナル」

 「…え?」


 アリスが口を開く。彼は珍しくも微笑んで、言う。


 「私が我が君をお守り致します」


 奇しくも先程のイチと同じように、膝を付き、頭を垂れ、両手を交差させるアリス。


 「な、んで…」


 なんで、こんな時に言うのか。もはや最善の判断なぞ出来ない。疑問を落としてみても、彼は忠誠の礼のまま、何も答えない。

 

 「…お前はずるいな」


 精一杯の仕返し、とばかりに小さく呟いた。やはり、こいつには敵わない、な。

 顔を上げ、背筋を伸ばす。そしてアリスに告げる。


 「――お前も私と付いてこい。…私を守れ」


 その言葉に、アリスはやっと顔を上げる。そして、恭しく私の手を取り、甲にキスを落とした。


 「――我が君の御心のままに」










 

はい、舐める程度のシリアスですねー。ほんと舐めてるのかって話です…。

イチは一番目の精だからイチです。何番目までいるんでしょうね|ω・;√)チラ


ありがとうございました。

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