17
しんしん、と、物言わぬ世界に、確かに響き渡る音。
昼間のはずなのに、どこかほの暗く影を落とす木々。
――冬が来た。
私は赤々と燃える暖炉の前の肘掛け椅子に座り、軽く伸びをする。
閉ざされた窓の外に見える景色は、白とグレーに包まれた森。静かな時の中、炎のパチパチという音だけをBGMに、また本を読み出す。
十二月。私の森は、冬真っ盛りだ。
現在、雪に閉ざされてしまったこの空間からは、穏便に出ることは不可能である。これから約三ヶ月、三月初頭まではこのまま引きこもる。
まさに極楽浄土。この期間だけは仕事もない。毎年一人でゆったりとした日々を過ごしていた。
「ナル。ここにいたのか」
「…ああ、アリスか」
…去年まで。
今年は、アリスが一緒である。人がいるというのも、それが気心の知れた人間ならば心地よかった。大半の時間を暇していた去年までと比べ、今年は楽しめるかもしれない。
パタリ、と本を閉じ、アリスを見上げる。アリスは私の椅子の側まで寄ってきて、ぽふぽふ、と私の頭を撫でた。その後ひょい、と椅子から私を持ち上げ、変わりに自分が座り、その上に私を乗っける。これも抱っこの部類に入るのだろうか。
彼はそのまま私の腰に手を回して、リラックスし始めた。私も後ろのアリスに寄りかかり、今度こそ本の続きを読み始めた。
四月。アリスと出会い、奴隷にしてからもう九ヶ月が過ぎていた。互いに慣れたもので、既に遠慮の無い関係を築いていた。いや、アリスは最初からそうだったか。
私としても、彼は余程のことがない限り、私を害さないだろう、と認識している。多少は気を許しても良い。
関係と言えば、アリスは六月の二ヶ月記念の翌日、私が殺されそうになった時から、少し態度が変わった。凄く優しくなったので、自分の所為だと、罪悪感があるのか、と思い放っておいたが、一ヶ月を過ぎても一向に終わりを見せない。それどころか気づいた時には、毎日暇さえあればスキンシップをするのが当たり前な状況に陥っていた。
ハグ、頭なでなでは常時稼動、時に匂いを嗅がれたり、見つめ合わされたりする。そして決まっていうのだ。ナル、好きだ、と。
正直そこまで懐かれるようなことをした覚えはない、というか、むしろお前私のこと邪険に扱ってたろう、という心境である。
急に主に対する忠誠心が芽生えたアリスに、何というか、私もやめろ、とは撥ね退けづらくて。第一に、私は一ヶ月以上これを放っておいたのだ。あの時私が嫌がらなかったから、彼は行動をエスカレートさせたというのもある。一度軽く頭なでなでを拒否してみたが、その途端すごい勢いで抱きしめられ、物凄く低い声で、ナルは、俺が嫌い、なのか…? と言われてからは、されるがままだ。触らぬ神に祟りなし、だ。
まあ、何というか、全て私の自業自得、という感じだが。
流石に毎日されていれば、嫌でも慣れる。…当たり前に受け入れるようになった私も恐ろしいが。
そんなこんなで時は流れ、冬。
初め私は、アリスは外の世界で冬を過ごすと思っていた。私とは三ヶ月会えなくなるが、彼にはフィーの稽古もある。外の方が何かと都合が良い。
しかし、そんな私の考え、しいては淡い、これで三ヶ月は彼の過激なスキンシップを受けずに済む、という思いは見事に打ち砕かれた。
アリスは、軽い雑談の延長のような調子で言ったのだ。
ああ、そういえば俺、師匠から免許皆伝だ、って言われたから、と。その時私はふっ、と意識が遠のきかけたのを覚えている。わずか半年でそれはないだろう。恐らく後ろを大きく引き剥がして最短記録ではないか。私はアリスの破格さを思い知った。
彼に言わせると、私の血を沢山貰っているから力がでる、らしい。確かに血で身体強化されることは分かっていたが、そこまで著しいものではなかったはず。
…毎日吸血しているからだろうか。
そう、いつからか、アリスは毎日血をねだるようになった。別段彼の身体に異常はなく、強いて言うなら精神面の問題かな、と彼自身も言っていた。原因が分かっているのなら、一週間ごとでもいいだろう、ともちろん抗議した。しかし、その日一週間で吸血日だったことが災いして、彼は普段よりも時間をかけて、多くの血を、私が擽ったがるようにして執拗に吸ってきた。やっと終わって息絶え絶えな私に、彼はあろう事か囁いたのである。
毎日くれるんなら、少しずつで我慢するけど?
くれないなら…分かるよな? と暗に地獄を含ませ、私から見事勝利をもぎ取っていった。
実際、毎日血を献上している今は、若干、若干だが時間が減ったような気もする。嫌がらせのような擽りも減った。これだったら、まあ良い条件かもしれなかった。
このように、アリスは二ヶ月記念事件の時から、細かく色々と変わった。私が気づいてないだけで他にも沢山あるだろう。何が彼をそうさせたのか、全く分からないが。
普通ならうんざりするレベルだと思う。それでも、私が彼とやって行けているのは、実のところ、アリスのことはあまり気にしていないからかもしれない。無関心、では無いが、それに近いもの。彼のことはまあ信用しているが、それだけだ。今までやってきたことと同じだから。
「――ナル?」
「……ん」
ページを捲る手を止めてまで、思考に耽っていたようだ。アリスが眉を寄せ私の顔を覗き込む。
アリスの変わった所、まだあった。やけに過保護になったこと。少しでも私がいつもとは違う様子だと、彼はすぐに声をかけてくる。一度、転んで怪我をした時は大変だった。治癒で直したというのに、これまたいつの間にか一緒に使っていたベットで、半日は開放してくれなかった。がっちりと私を抱き込んでいるものだから、暑くてしょうがなかった。
「どうした?」
「何でもない」
こういう時は少し笑っておく。そうすれば、ほら、アリスは安心したように落ち着く。
本当に何なんだろうか。
アリスは私に依存しているようにも感じる。何か薬は無いものか。
薬といえば、冬の間は私は外に出ないので、ゲラウス街の人々の薬は、作り置きでロドックに預けている。大体彼らがなる冬の病気といえば、風邪か肺炎、または喘息ぐらいだ。それらを全て治す薬を作ってしまえば簡単である。
それ以外の病気など、滅多にないが、念のため私の魔力で創った精を配置している。何かあれば彼女が教えてくれる。
「ほら、また」
そう言われ、すっ、と目を伏せる。一度納得させたのに、しくじった。黙る私を見て、アリスは名案を思いついたとばかりに頷く。
「じゃあ、俺がまじないしてやる。ちょっと目をつぶってろ」
「ん」
それで満足してくれるなら、と目をつぶって待つ。
――何か、唇に柔らかいものが当たった。
一瞬で離れていったが、何事かと目を開く。
「まじない。終わった」
満足そうに私を見るアリス。ああ、キスされたのか、と直感した。ファーストキスだったが、何も減るものでははい。
暖かかったな、と冷静に分析しながら、まあいいか、と納得する。
「ん。ありがとう」
アリスは、少し不機嫌そうな顔をしていた。
もう二日おきが定着してます。ごめんなさい。
ハイ。これが限界です(二度目)
作者の中ではナルちゃんは以外に無感動な感じです。ほら、タグです…(今引っ張り出した)で、アリスは…うん。まあ、すみません。(爆
設定を生かしきれてませんね。頑張ります、ハイ。
ありがとうございました。




