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冷遇王女の政略結婚――たった一人の味方だった文通相手が、旦那様になりました  作者: 星舟能空


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第27話 笑わない夫をご紹介します

 図書室には、普段よりたくさんの椅子が並んだ。

 窓辺には無事だった鉢が置かれ、傷んだ花は別の卓へ集められた。

 そこには、エルザが自分で書いた札があった。


 困っている鉢です。ご意見をお待ちしています。


 オデットは、その前で笑った。

「皆様、本当に教えてくださるでしょうか」

「教えたくて来る人もいるわ」

 エルザの言う通りだった。

 最初に着いた種屋は、挨拶を終えるなり鉢へ近づき、折れた茎の切り方を話し始めた。

 エーミルの友人は、鉢が小さすぎると言った。

 別の女性は、そうでもない、自分はその大きさで十年育てていると反論した。

 オデットは、その輪の外で目を丸くした。

 誰も、大公妃の庭が傷んだことを責めていない。

 誰も、上手に褒める言葉を探していない。

 ただ、花のことで真剣に言い合っている。

 テオバルトが隣へ来た。

「もう、始まっていますね」

「はい。まだ、ご挨拶も」

「花には、待つ礼儀がないようです」

 オデットは笑った。

 昨日の嵐で心配した通りには、何も進まなかった。

 けれど、思っていたより楽しそうだった。


 ラウエン夫人は、小さな鉢を抱えて来た。

 花は咲いていない。

「葉ばかり伸びるのです。恥ずかしいけれど、相談できると伺って」

 オデットは場所を空けた。

「わたくしも、最初の花は何度も枯らしました」

「まあ」

「夫は、水をやりすぎます」

 言ってから、テオバルトを見た。

 これは話してよいか、目で尋ねる。

 夫は小さく頷いた。

「善意が多すぎるのです」

 彼が言うと、伯爵夫人が笑った。

「それは、園芸だけのお話?」

 オデットはすぐに答えられなかった。

 十二種類の菓子が浮かんだせいだった。

 夫が、彼女を見て笑う。

「少しずつ、学んでいます」

 ラウエン夫人は、二人の顔を見て頷いた。

「よい先生がおいでのようね」

 先生と呼ばれるほど、自分は立派ではない。

 でも、夫へ不満を言えるようになったことは、確かな変化だった。


 茶が行き渡ったところで、クラウスが立ち上がった。

 園芸誌を続けてこられた礼を、短く述べる。

 立派な庭だけでなく、窓辺の鉢や、失敗した種の相談が誌面を作ったと話した。

 それから、オデットとテオバルトへ目を向けた。

「今日の家主にも、少しお話を」

 オデットは立ち上がった。

 隣で夫も立つ。

 紙は持っていたが、開かなかった。

 全てを覚えているわけではない。

 ただ、最初に何を言いたいかは決まっていた。

「わたくしは、三年前、花を枯らしたくなくて、お便りを出しました」

 人々がこちらを見る。

「返事をくださった方を、ずっとおばあ様だと思っていました」

 エルザが手を上げた。

「わたくしでは、ありません」

 笑いが起きた。

 オデットも笑った。

「はい。こちらの夫でした」

 テオバルトが軽く頭を下げる。

 クラウスは事情を知っていたが、ほかの客は驚いていた。

「名も、立場も知りませんでした。ただ、返事が届くと嬉しい方でした」

 オデットは夫を見た。

 彼は大公の顔で客を見ているのではなく、彼女の話を聞いていた。

「結婚が決まったときにも、この方へ、不安だと書きました。顔を知らない人の家へ行くのが、怖かったのです」

 オデットは持っていた紙を開いた。

「笑わない方だと。赤い薔薇を、全部白に替えたと。わたくしは、そう聞いていましたので」

「そこは、弁明を」

 夫が口を挟んだ。

 オデットは彼へ向き直る。

「どうぞ」

「赤い株が病気になったので、別の畑へ移しました」

 エーミルが後ろから頷いた。

「その通りです」

「手袋についても、触れたくないという意味ではありませんでした」

 テオバルトは包帯の巻かれた右手を少し上げた。

「今日は、また別の理由で隠れていますが」

 笑いの中へ、心配そうな声も混じった。

 オデットは彼の手へそっと触れた。

「今は、傷があることも、花を大事にしていらっしゃることも知っています」

 そこで紙を閉じた。

「でも、一番違ったのは、よく笑う方だったことです」

 テオバルトが彼女を見る。

 その顔が、少し赤くなった。

 客人たちは微笑んでいた。

 誰かを笑いものにしたのではない。

 自分が間違えたことを、自分で笑い、今知っている夫を紹介していた。

「お返事に、南向きの窓を用意したと書いてありました。今、その窓に、最初の鉢があります」

 オデットは続けた。

「来る前は、よい妻として振る舞わなければ、居場所がなくなると思っていました。でも、夫はもう、花を枯らしたことも、泣き言も知っていました」

 テオバルトが、彼女を見ていた。

「それでも、待っていてくださいました。わたくしには、それがいちばん嬉しかったのです」

 手の中の紙に、彼の返事と同じ葉の模様がある。

「花は、こちらで咲きました。わたくしも、この人のところへ来てよかったと思っています」

 それだけ言い、紙を下ろした。

 父への非難は、しなかった。

 王家が見守ったという話にも、触れなかった。

 誰にも知られていなかった三年間を、自分たちの言葉でそこへ置いた。


 テオバルトが、少し遅れて話し始めた。

「私が最初の返事を書くまでに、三日かかりました」

 オデットは驚いて彼を見た。

 そこを話すとは聞いていなかった。

「花の相談でしたが、花のことだけ書けばよいとは、思えなかったので」

 客間が静かになる。

 夫は彼女を見た。

「その後は、返事を待つ時間のほうが長く感じられるようになりました」

 オデットの胸が熱くなる。

 彼は、用意した文章を読んでいなかった。

 今の自分を見て、話している。

「会いたいと思ったこともありました。しかし、先ほど聞いていただいた通り、私はおばあ様だったので」

 また笑いが起きた。

 エルザが、困った甥を見る顔をした。

「説明するには、少々遅くなりすぎていました」

「それは、ご自分のせいです」

 オデットが言うと、夫は頷いた。

「はい。その通りです」

 二人のやり取りに、客人たちが笑う。

 テオバルトは、少し真面目な顔になった。

「今は、手紙の相手と同じ家にいます。直接尋ねればよいことを、過去の手紙から勝手に決めて、失敗することもありました」

 十二種類の菓子の話はしない。

 それでも、彼女には何を思い出しているかわかった。

「便りが届くのを待っていた頃は、嬉しかった日の顔も、寂しかった日の顔も、見られませんでした」

 テオバルトが、ほんの少し声を落とした。

「今は、帰れば妻がいる。話を聞きながら、同じ卓で夕食を取れる。それを、毎日楽しみにしています」

 誰かが柔らかく微笑んだ。オデットは、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 味方でいてくれる人を得た喜びが、自分だけのものではなかった。

 夫も、彼女がいる家へ帰りたがっている。

 オデットは、手に持った紙の端を握った。

 夫が、彼女へ手を差し出した。

 人前だと思うより先に、その手を取った。

「これからも、聞きたいと思っています」

 その言葉が誰へ向いているかは、はっきりしていた。

 オデットは、少し照れながら頷いた。


 挨拶が終わると、質問は思いがけない方向から来た。

「では、どの花が最初だったのです」

 種屋が尋ねた。

 オデットは夫を見た。

 テオバルトが、昨日折れた鉢のことを話す。

 客人は残念がり、同じ種なら持っていると言った。

 別の人は、自分の家では増えすぎて困っていると笑った。

 エルザが、では次の季節に分け合いましょうと話をまとめた。

 花が一つ枯れた話が、次に会う約束になった。

 オデットは、その輪を見ていた。

 派手な拍手も、栄誉もなかった。

 でも、人が自分たちの話へ、それぞれの暮らしを少しずつ持ち寄っている。

 手紙の欄で始まったことが、部屋の中でも起こっていた。


 夕方、客人たちが帰ると、図書室には茶の香りが残った。

 疲れたオデットは、夫の隣へ腰を下ろした。

「お話ししすぎたでしょうか」

「私は、もう少し聞きたかった」

「何を?」

「よく笑う夫の話です」

 彼女は笑った。

 テオバルトも笑っている。

「ほら、今も」

「あなたがいるので」

 その返事が、昔よりずっとためらいなく出る。

 オデットは夫の左手を取った。

 自分たちで話した一日は、自分たちのものだった。

 誰が別の物語を書いても、今日の笑いまでは直せない。



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