第24話 秘密の庭に札を立てる
祝いの集まりは、二日後に迫っていた。
庭では使用人たちが椅子を運び、料理長が日陰の位置を確かめていた。
招いたのは、園芸誌の読者や近隣の庭好きの人々だった。
伯爵夫人も来る。街の種屋も。エーミルの古い友人も。
身分の違う人を同じ席にすることへ、マルタは少し考えたが、鉢を見せる席と茶を飲む席を分ければよいと言った。
「植物には、席次がございませんので」
オデットはその言い方が気に入った。
大きな催しにするつもりはなかった。
それでも、人が来るとなると、考えることは増えた。
雨ならどこへ入るか。足の悪い人が歩きやすい道はどこか。
自分が好きなものを見せるために、誰かの楽な座り方を考える。
王宮で客の顔色を読むのとは、少し違った。
オデットはエルザと相談しながら、鉢の札を書いた。
花の名前と、育てていて困ったことを一つ。
「失敗も、書くのですね」
「そのほうが、話しかけやすいでしょう」
エルザは言った。
「立派な花の前で、ただ感心するだけでは、口が疲れるもの」
オデットは笑った。
札に、『水をやりすぎました』と書く。
これはテオバルトの鉢だった。
名前を記そうとして、少し手が止まった。
夫の失敗を、人に見せる。
自分が笑うのは楽しい。
でも、ほかの人にも同じように笑われると思うと、少し落ち着かない。
「どうしたの?」
エルザが尋ねた。
「……これは、内緒でもよいでしょうか」
「もちろん」
あまりに簡単な返事だった。
オデットは顔を上げた。
「全部、見せなくても」
「あなたたちの家でしょう」
老婦人は、自分の札へ目を戻した。
「招いた人へ、寝室まで見せないわ。それと同じよ」
寝室、と言われて、オデットは少し赤くなった。
エルザは見ていないふりをしてくれた。
テオバルトは、温室を開けるつもりでいた。
古い道具や本が好きな人もいるから、という理由だった。
オデットが夕方、その話を聞いて黙ると、彼は気づいた。
「気が進みませんか」
「少し」
「片づいていないから?」
「いえ」
むしろ、片づきすぎるほうが寂しかった。
自分が初めて見た時の、歩く場所の狭い温室。
欠けた鉢を捨てるかどうか、二人で言い合った棚。
頬の土を拭ってもらった場所。
そこへ、知らない人が順番に入ってくる。
頭では、おかしなことではないとわかる。
でも、嫌だった。
「わたくし、意地悪かもしれません」
オデットは言った。
テオバルトが首を傾ける。
「なぜ」
「ほかの方に、あなたのお庭を見せたくありません」
「私の?」
「あの、温室を」
言うと、余計に恥ずかしくなった。
大公妃なのだから、庭の一つくらい気持ちよく見せればよい。
夫の趣味を皆が喜んでくれたら、それは嬉しいことのはずだ。
テオバルトは、彼女を見たまま黙った。
オデットは急いで付け加えた。
「お祝いをやめたいのではありません。外の庭は、皆様に見ていただきたいです。でも、あそこは」
「二人だけに?」
夫が尋ねた。
彼女は小さく頷いた。
「エーミルは、入りますけれど」
「それは、仕方ありませんね」
テオバルトが笑った。
オデットも少し笑う。
「おかしいでしょうか」
「いいえ」
夫は近づいて、彼女の腰へ手を添えた。
「私は、そう言っていただけるのが、嬉しい」
「あなたは、いつもそうおっしゃいます」
「今回は、特に」
低い声だった。
オデットは夫の胸へ手を置いた。
「わたくしが、狭い心でも?」
「私だけの場所を欲しがるあなたは、かなり好きです」
かなり、という言い方に笑ってしまった。
笑ったところへ、口づけられた。
近頃の夫は、ためらう時間が短い。
それを喜んでいる自分も、昔の手紙には書けない。
翌朝、温室の入口に小さな札を立てた。
本日は、こちらの温室は閉じています。
オデットは文字を見て、少し首を傾げた。
「これでは、今日だけですね」
テオバルトが彼女を見る。
「普段も、閉じておきますか」
「勝手に入られなければ」
彼は札の裏へ、別の文を書いた。
入る時は、家の者へお声をおかけください。
オデットは笑った。
秘密の場所を残すのに、大げさな鍵はいらなかった。
自分たちがそうしたいと言えばよい。
ただ、それだけのことを、ずっと知らなかったのだ。
午後、フリッツが一枚の紙を持って来た。
故国で作られている、姉の婚約を祝う冊子の草稿だった。
オデットの結婚についても、一頁載せるという。
父の側近が記した文章には、両国の親交と王の配慮によって、幼少より花を好んだ王女が、同じ趣味を持つ大公と巡り合った、とあった。
その後に、王家が見守った文通の実り、という言葉が続く。
オデットは、そこを指で押さえた。
「見守っては、いませんでした」
テオバルトが紙を読む。
「ええ」
「誰にも、言えなかったので」
祝福の文章だった。
悪口は一つもない。
でも、三年間が、父の手柄へ静かに変えられていた。
フリッツが尋ねる。
「訂正を、お求めになりますか」
オデットは少し考えた。
また父へ手紙を書き、返事を待ち、何を意図したのか説明し合う。
それだけでは、自分たちの話はいつまでもあちらの机の上にある。
「事実と違うところは、伝えてください」
彼女は言った。
「でも、わたくしたちの話は、わたくしたちでお話ししたいです」
テオバルトが彼女を見る。
「お祝いの席で?」
「はい。園芸誌のおかげで、出会ったのですから」
夫はすぐに賛成しなかった。
オデットはその表情を見た。
「ご心配ですか」
「あなたが、話したくないところまで尋ねられないかと」
「全部は、話しません」
彼女は温室の札を思い出した。
「見せるところは、自分で選びます」
テオバルトは、ゆっくり頷いた。
「では、私も一緒に」
オデットは笑った。
手紙の箱を人へ渡すのではない。
箱を開けるかどうか、どの紙を取り出すか、自分たちで決める。
それなら、できる気がした。
その晩、二人は寝台の上で、話してよい思い出を選んだ。
「人参は?」
「皆様に知られる必要は、ありません」
「蜘蛛は」
「なおさらです」
「私の薔薇への悪評は」
「それは、あなたの弁明のためでしたら」
テオバルトが笑った。
オデットは枕を抱え、夫を見る。
「アラン様への恋の相談は、絶対に」
「同意します」
返事が早くて、二人とも笑った。
言わないことを決めるのも、同じ話を持つ夫婦の楽しみだった。




