7 レイチェル、旅立って早々に死にかける
現在、私達は草原を馬車で爆走している。いや、馬車じゃなくて兎車だった。
今さっき屋敷のある町を出発したばかりなのにもう次の町に着きそうだ。明らかに馬車の速度ではない。
は、速すぎる……! まるでジェットコースターに乗ってるみたいだよ!
「レイチェル! 契約獣に少しスピードを落とすように伝えろ!」
ついにたまらずセレーナが叫んでいた。
そうだ、私は心で念じるだけで伝えることができたんだ!
ちょっとリーシェ! もう少しゆっくりでお願い!
(え、これでも普段よりかなりゆっくりなんですが)
もっとだよ! こんなに高速で旅したくない! ほらもう休憩する予定だった町を通り過ぎた!
(仕方ないですね……)
兎の魔獣は渋々ながら速度を緩めはじめた。
私と契約したこの大兎はリーシェという名前で、結構上位の魔獣らしい。しばらくの間、契約に値する人間を捜して裏社会にいたので戦闘経験も豊富なんだとか。その過程で気に入らない組織(主に犯罪組織)なんかはつぶしたりしていたから、マッドラビットなる通り名が付いたんだって。
(私、人間を運ぶのはかれこれ百年ぶりくらいなんですよね)
どうやら年齢もずっと上みたいだ。
私達は大きな森の入口で休憩をとっていた。
とりあえず、今いる王国から出ようということになって、隣国を目指すことにした。道中、一番の難所がこの森だと言われているんだよね。
「棲息している魔獣の数がここまでより遥かに多いからな」
そう言いながらセレーナは切りこみを入れたパンにハムをザスッとさしこんだ。おもむろにそれを私に手渡してくる。
……料理は私が担当した方がいいな。
ハム入りパンに私はさらにクリームチーズとレタスを挟む。受け取ったセレーナは一口噛って「こっちの方が美味しいかも」と呟いた。
いや、かもじゃなくて絶対そうだよ。
リーシェにはハム抜きがいいかなと思っていると、大兎は前脚でハムをまるごと掴んで食べ出した。
(野菜はあまり好きじゃないんです。私の食事は肉中心にしてください)
なるほど、普通の兎とは大分違うし、もうほぼ肉食獣なんだね。
全員の食事が済むと、リーシェはもふもふの毛をつくろいながら私にセレーナへの伝言を頼んできた。
……それを私に言えって? 挑戦的な兎だな、やっぱり私の契約獣は肉食系だ。
「セレーナ、リーシェがセレーナの腕前を見たいって言ってきてるんだけど」
「……面白いじゃないか、その挑発に乗ってやるよ」
こちらも好戦的な笑みを浮かべる。……この一人と一頭、よく似てるのかも。
私達は難関の森へと兎車を進めた。
やがて、目の前にリーシェと同じくらい大きな、つまり馬と同サイズの狼が二頭現れた。その大きさもさることながら、脚に竜の鱗と爪がついていてとても獰猛そうだ。
こ、これが魔獣……! リーシェと違って全然可愛くないし、まるで人を殺すためにいるような生物じゃない!
旅に出たのは早まったかもしれない、と思っているとセレーナが剣を抜いて進み出た。
「ウルギトスが二頭か……。まあ問題ない」
人間が勝てそうな感じが全くしないけど、問題ないの?
一緒になりゆきを見守っているリーシェからは、わくわくしている気配が伝わってくる。
(お手並、拝見といきましょうか)
……私一人だけ除け者にされてる感が半端ない。歴戦の戦士達にただの令嬢が引っついているような。まったくその通りなんだけど。
とにかく気をつけてよ、セレーナ……!
私が心配しているのなんて全然分かっていないみたいに、彼女は大狼達に向かっていく。その全身が淡い光に包まれた直後、両者の戦いが始まった。
セレーナは瞬時に一頭の横に回りこむと、剣の一振りでその首元を斬り裂く。大狼をたった一撃で仕留めた。
しかし、この攻撃の合間にもう一頭がセレーナの背後に移動していた。彼女を切り刻もうと鋭い爪を振り上げる。
危ない! と思った時には、セレーナはもう身をひるがえして大狼の間合いから逃れていた。
すぐに彼女は再び踏みこんで剣を魔獣に突き刺す。こちらも一撃で倒してしまった。
戦いを終えて戻ってきた彼女に、私はどうにか言葉を絞り出す。
「本当に問題なかった……。何? セレーナ超人なの? 動きがめちゃ速かったけど」
「念のために速度強化の魔法を使っただけだよ。そこまで大したことじゃないって」
さっきの体が光っていたのは強化魔法だったのか。
一方で、リーシェは先ほどの試すような眼差しから一転して、感心したようにセレーナを見つめている。
(まさかここまでの腕前とは……。貴族にしておくのは惜しい逸材ですよ)
どうやら私の契約獣もセレーナを認めたらしい。これから一緒に旅をするんだから仲はいいに越したことはないけど、……やっぱり私一人疎外されてるような……。
ため息をつきながら兎車に戻ろうとしたその時、遠くから新たに二頭のウルギトスが走ってくるのが見えた。
(お返しに次は私が戦いますよ)
今度はリーシェが進み出て、私とセレーナは見守ることになった。
サイズ的には同じでも、もふもふの愛らしい兎と獰猛な狼。勝ち目はないように思われたが、意外にも大狼達の方が怖気づいている風に見える。
リーシェが後脚で立ち上がると、二頭のウルギトスは途端に逃げ出した。
(あ、ちょっと……。仕方ないですね、もったいないですが魔法を使います)
契約獣の前に黒い霧が発生したかと思ったら、それはすぐに大狼達を追いかけて飛んだ。霧に包まれた二頭は突然その場に崩れる。
見ていたセレーナが静かな声で呟いた。
「あれは生命力を奪う闇魔法だ。ラビシェノンは闇属性を得意とすることから死神兎と呼ばれている」
……私の契約獣、本当に死神だったんだ。と感慨に浸る暇もなく、セレーナは言葉を続ける。
「実は話すか迷ったんだけど……、……ラビシェノンと契約した人間は、恐ろしい最期を迎えるって噂がある……」
あ……、それなら知ってる……。死の間際の体感時間が、百倍になるからね……。
――――。
難関の森を進み続けた兎車だったが、その日のうちに森を抜けることは叶わず、魔獣溢れるこの地で野営することになった。
周囲もすっかり暗くなり、二人と一頭でたき火を囲む。
私はずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「ねえ、この森の魔獣ってウルギトスしかいないの?」
実は、森に入ってからあの大狼としか遭遇してないんだよね。もっと色々と出て来てもいいようなものだけど、もしかしたら魔獣はエリアごとに分けられているとか?
「いや、そんなことはない。普通はもっと色々と出て来るものだよ。私もおかしいと思っていたんだ」
セレーナがそう言って首を傾げると、丸くなって寝ていたリーシェが頭を起こした。なお、セレーナの発言は私が逐一この契約獣に伝えていた。
(……もしや、生態系が崩れているのかもしれません。たまにあるんですよ。特定の種族が大発生して他の種を駆逐してしまうことが)
魔獣は同じ種族間でしか言葉が通じないらしくて、他は基本的には敵なんだって。
リーシェは再び自分のもふもふの中に顔をうずめる。
(よりにもよってウルギトスとは……。あの魔獣の肉は美味しくないんですよねー……)
そっか、肉食獣はあまり美味しくないって聞くもんね。……ん? 美味しかったら食べるの?
一度閉じた目をうっすらと開くリーシェ。
(……これはちょっと面倒なことになる気がしますね)
その言葉の意味はよく分からなかったけど、とりあえず契約獣から聞いた話をセレーナにも伝えた。
「何にしても、今はもう森の真ん中辺りだ。進むのも引き返すのも変わらないぞ」
「そうだね、じゃあ進むしかない。明日は頑張ってこの森を抜けよう」
翌日、私達はこの決断を後悔することになる。進むのと引き返すのでは全く違ったんだから。
明るくなりはじめた頃、私達は野営地から出発した。
ところが、すぐに昨日までと何か違う感じが。遭遇するウルギトスの数が増えているし、遭遇率自体も明らかに高くなっている。
セレーナとリーシェは途端に撃退するのに追われるようになった。私も何か手伝いたいけど、一番は足手まといにならないために車の中から出ないこと、だった……。
何度目かの撃退を終え、戻ってきたセレーナは息荒く話し出す。
「……このまま進むのは、まずくないか? 今からでも引き返した方がいいかも」
(どうやら、決断するのが遅かったようです……)
リーシェの思念に促されて窓の外に目をやると、兎車は無数のウルギトスに完全包囲されていた。どこを見てもあの獰猛な大狼しかいない。
再び剣を手にセレーナは慌てて外へ。
「レイチェルは絶対に出るなよ!」
(絶対に出て来てはなりませんよ!)
言われなくても出ないって! 私どんだけ信用ないんだ!
兎車は、引き手のリーシェだけじゃなく、車の方もクラウス様の肝いりだった。銃で撃たれようが爆弾で爆破されようが、頑丈な装甲でびくともしない。また、窓にはめられているのもガラスじゃなくて特殊な水晶らしくてこちらも同様。(ちなみに、魔獣という恐ろしい生物がいるので、武器や兵器に関してはある程度は科学が進んでいるみたい)
この車の中にいる限り私は絶対に安全だ。
と思っていると、突然の衝撃音と共に車全体が大きく揺れた。
なななな何が起こったの!
窓から外を窺うとウルギトス達が次々に体当たりをしてきている。
これはやばい! いくら装甲が頑丈でもあのサイズの獣に何度も体当たりされたら……!
私の嫌な予感はすぐに現実のものとなった。車内の部屋が斜めに傾いた次の瞬間、ズズーン! という低い音をたてて車は横倒しにされてしまった。
車の壁面に寝転ぶ形になった私の正面には、当然ながら反対側の壁面が。なぜかそこにある扉が開いており、一頭のウルギトスが中を覗きこんでいた。
外からはセレーナの叫ぶ声が、心の中にはリーシェの焦る思念が聞こえていて、こっちに駆けつけようとしてくれているのが伝わってくる。
しかし、それより早く大狼が私に飛びかかってきた。
ひぃやぁぁ――――――――っ! 殺される――――っ!
まさにその時、全てのものが停止した。
時間が止まってしまったように、私の体も、向かってくるウルギトスも、何もかもが途中で停止してしまっている。ただ、私の思考だけが動いていた。
こ、これって……、そうか、リーシェとの契約で発現した、死の間際の体感時間が百倍になるっていう能力が発動したんだ……。
……よく見ると、完全に止まってるわけじゃない。大狼もすごくゆっくりだけどこっちに向かって動いているね。よし、今のうちに逃げよう。
…………、……あれ? 私の動きもすごくゆっくりだ。
いや、そりゃそうか。体感時間が伸びるだけだもんね。
……待って、まずいまずい! 私が動くより速くウルギトスが動いてる! このままじゃ避けられずに、ガブッ! といかれちゃうよ!
も、もしかして……、……この体感時間が伸びる能力が発動した時点で、私が死ぬのは確定してる?
じょじょじょじょ冗談じゃない! やっぱりこれはろくでもない力だ!
ただゆっくり死の時間を味わえるだけの恐怖の能力だった!
なんて考えている間に狼の顔が目の前まで! 二度目の人生もかなり短かった!
もうダメだ! ガブッ! といかれる!
キィ――――――――……ン。
ガブッ!
…………、……と来ない?
あれ? もう車の中でもない。見慣れたこの景色は……。
私は侯爵家の屋敷の前に立っていた。
眼前には目に涙を浮かべたアルバート様が。
これって確か……、昨日の、旅に出発する時のお別れの挨拶だ……。
……そうか、時間が戻る能力が発動したのか。た、助かった……。
あれはエネルギーが必要だからすぐには使えないんだね。死の間際の体感時間が伸びる能力がなきゃ、確実に死んでいたよ……。
……ん?
この二つの能力って、もしかして相性がめちゃくちゃいい……?
この小説の方向性は大体こんな感じになります。




