6 レイチェル、不死身になる
セレーナからの突然の旅の誘いに、私は驚くことしかできなかった。
「旅って……。どうして私を誘うの?」
「昨日のモップの突きを見て、一目で気付いた。レイチェルには素質があるって」
「いや、全くピンと来ない……」
「それに美味しい定食が作れるし」
……そっちが本音でしょ。何が才能か。つまりは私を料理人として連れていきたいってことじゃないの?
そう指摘するとセレーナは首を大きく横に振った。
「本当に料理の腕が目当てじゃないって。レイチェルとは気が合うから、一緒だったら絶対に楽しいと思ったんだ。たぶんそっちも旅に興味があるだろうし」
「言われてみれば……、なぜかやけに旅に心惹かれる。なんで?」
「アルバート兄様から、令嬢が世界を旅する本を借りただろ? あれのせいだ」
「あ、確かに私もこんな風に旅をって思ったかも」
私達は夜会の会場を抜け出し、外の庭園を散歩していた。
セレーナがベンチに腰を下ろしたので私もその隣に座る。彼女はいつになく真剣な表情で語りはじめた。
「……アルバート兄様には、人の隠された願望を見抜く才があるんだ。そして、その願望を増幅させる本を当てがう癖がある。私が八歳の頃に兄様から渡されたのは、令嬢が騎士団に入ってどんどん成り上がっていく本だった。それを読み終えた翌日、気付けば私は騎士団の門を叩いていた……」
「単にセレーナが影響されやすかっただけでは?」
「違うって! 長男のクラウス兄様は、虐げられていた貴族令息が裏社会でのし上がって復讐を果たす本を当てがわれて、翌日には裏社会に姿を消したんだぞ!」
「そういえば、侯爵様が長男は遊び人だって言ってたっけ」
「父様はクラウス兄様を軽蔑してるからそう言ったんだろ。遊び人どころか、もう結構でかい組織を運営してるよ」
うん? セレーナも騎士団の師団長とかじゃなかった? しっかり成り上がっているよね。
じゃあ……、兄も妹も渡された本の通りの人生を歩んでいるってことに……。
う、何だか急に、無性に旅に出たくなってきた……! まさかアルバート様にこんな特殊能力があったなんて!
「ていうか、婚約者を旅立たせてどうするの!」
「落ち着け! アルバート兄様も無意識にやっていることで悪気はないんだ!」
まあ、実際に落ち着いてみると、そこまで旅に行きたいわけでもなかった。
やっぱり兄と妹はたまたま影響されて、たまたまその道の才能があっただけだろう。
けれど、セレーナと一緒に旅をするという案はなかなか楽しそうではある。アルバート様ともいつ結婚するとか具体的に決まっているわけじゃないし。
とりあえず保留ということでこの日は終わった。
すると、次の日からセレーナは毎日当家にやって来るように。飽きもせずに粘り強く私の説得を試みてきた。
三度目の訪問でついに私は折れる。
夜会の日も含めればこれが四度目。どんな名軍師だって懐柔されるのだから、私だって仕方ないと思う。
まずは二か月ほど旅をしてみるということで話がついた。
これによって、セレーナの方はともかくとして、私は周囲を説得する必要に迫られる。
まずは伯爵家の家族達だ。
お父様もお兄様達も危険だと反対してきたが、セレーナが一緒に行くと言うと渋々同意してくれた。騎士団でも一、二を争う腕前で、魔獣討伐の実績も華々しい彼女がいればまあ大丈夫だろうと。
お父様達の執務室を出て自室に移動し、改めてセレーナから話を聞くことに。
「セレーナ、師団長な上にそんなに強いの?」
「強いから師団長なんだよ。うちの騎士団は、ていうかたぶんどこの国でもそうだろうけど、戦闘に長けていればどんどん出世する」
どうも魔法なるもののせいでこの世界では個人が戦略級の戦力になりうるらしい。つまり、たった一人で数千人倒せちゃうということ。
セレーナは「第七師団は急成長した私のために作られた部隊なんだよ」と言った後に、何だか重苦しい空気を漂わせはじめた。
「さっき、一、二を争うって言ってただろ? 実はトップの騎士団団長との差は結構開けられているんだ……。だから、今回の旅は私にとっては修行の旅でもあるんだよ」
「そういうことだったのか。じゃあやっぱり危ないんじゃないの……?」
「無茶はしないから心配するな。魔獣も、まあドラゴンでも出ない限りは大丈夫だ。あれは一頭で一国を滅ぼすから」
えー、そんなに強いならドラゴンに転生すればよかったかな、私。もしかして千載一遇のチャンスを逃した?
『だから、私はおすすめしました。あなたの適性は人外です』
……ん? 今、何かすごく失礼な声が聞こえたような?
首を傾げているとセレーナの笑う声が聞こえた。
「案外、すぐに私が守る必要もなくなるかもな。前にレイチェルには素質があると言ったのは本当だよ」
「モップの素質があっても魔獣相手じゃね……」
ともかく、私の伯爵家の説得はこれで完了したので次は侯爵家だった。
そちらは思っていた以上に苦労することに。侯爵様と奥様が私を引き止めようと、向こうも必死の説得をしてきた。
「いくらセレーナが一緒でも何かあっては大変だ! そうなったら誰が定食を……」
「結婚前の大切な時期なのですから! 穏やかに当家で定食を……」
「…………。定食はレシピを置いていきます」
私のその一言で、手の平を返すように簡単に許可が下りた。
一方、アルバート様はすんなり「楽しんできてください」と。
私は肩透かしをくらった思いだった。いやいや、もう少し心配してくれてもいいのでは?
「セレーナが一緒でも危険かもしれませんよ? いいんですか?」
「もちろん旅では何が起こるか分かりませんので、私の方でも準備させてもらいます。……それに、覚悟もしていたのですよ。レイチェル様はいつかそう言い出すだろうと」
「え……?」
「うっかり令嬢が旅をする本をおすすめしてしまいましたから……。あの時、あなたがこんなに大切な存在になると分かっていればもっと別の本を……」
「……いえ、あの本の影響はさほどでもないので、お気になさらず」
どうやら兄妹のせいでアルバート様自身も特殊能力を信じてしまっているようだった。
それでも、ちゃんと私の心配をしてくれているのが分かって少しほっとした。
こうして無事に関係各所の説得が済んで旅立ちの用意を開始。
数日後、私とセレーナはアルバート様から呼び出される。何でも準備していたものが届いたのだとか。
セレーナと馬車で侯爵家に赴くと、門の所でアルバート様と、もう一人男性が立っているのが見えた。アルバート様をワイルドにした感じの人で、顔もよく似ていることから今回も私はすぐにピンときた。
「セレーナ、あれってもしかしてクラウス様?」
「そうそう。私以上に家には寄りつかないのに珍しいな」
馬車から下りると裏組織のボスは気さくな笑顔を私に向けてきた。
「レイチェルさん、いつも弟と妹が世話になっているな。今日は弟に頼まれていた馬車を届けにきたんだ。屋敷の外に停めてあるから見てくれ」
彼の言葉に私とセレーナは顔を見合わせた。
急かされるように私達は屋敷前へと連れていかれる。そこに停められていた馬車を見て、二人で揃って目を丸くせざるをえなかった。
馬車を引いているのは馬ではなく、大きな兎だったのだから。柔らかそうなふわふわの毛につぶらな瞳。まるでぬいぐるみのように愛らしい兎(ちなみにサイズだけは馬と同じ)がそこにいた。
……これじゃ馬車じゃなくて兎車だ。それよりこの生物、何?
視線をやると私達の反応を楽しんでいたクラウス様が。
「裏社会から来てもらった用心棒だ。ラビシェノンという種族の魔獣でな、長く人間と共にいる魔獣だから危険はない」
この説明を聞いたセレーナが首を横に振る。
「魔獣が安全なんてことはありえないだろ。ラビシェノンといえば割と上位種だし」
「ああ、だからこの魔法の契約書を使う。レイチェルさんとセレーナのどちらかが契約できればそれでいいし、できなきゃこの魔獣は裏社会に連れて帰るさ」
クラウス様が一枚の紙を取り出して見せると、今度はセレーナも「なるほど」と納得したようだった。
その紙切れを私の前に差し出したクラウス様、指先で触れるように促してくる。言われるがままに軽く触れると、次は紙切れを大兎の毛に触れさせた。
すると、大兎がしばらく私の顔を見つめたのち、魔法の契約書と呼ばれるその紙は光の泡となって消えた。すぐにクラウス様が驚きの声を上げる。
「おお、契約成立だ! 駄目元だったが、あのマッドラビットが契約獣に!」
駄目元だったの? あとすごく物騒な通り名が聞こえた気がするけど。
何となくこのラビシェノンという魔獣が私を受け入れてくれたのは伝わってきた。
それにしても、なんてもふもふな毛だろう。……受け入れてくれたなら、ちょっとだけもふらせてもらっても大丈夫かな。
そろりと近付こうとした瞬間、私の頭の中にラビシェノンのものらしき声が響いた。
(これからよろしくお願いしますね。不思議なのですが、あなたは人間というより私達魔獣に近い気がしました)
いや、誰が人外適性だ。
これって、心と心で会話してる感じなの?
(はい、契約の恩恵というべき力ですね。ちなみに、他にも恩恵があるんですよ)
そうなんだ、どんなの?
(人間の側は契約した魔獣の種族に応じて特殊な能力が発現します)
すごいじゃない! 私にはどういう能力が発現したのかな?
(私達ラビシェノンと契約した人間は、死の間際の体感時間が百倍に伸びます)
いらないよ! 死ぬ寸前の恐怖の時間が長くなるだけじゃない!
(そうでしょうか、楽しかったことを思い出したりする時間が伸びて、いい能力だと思うのですが)
……死ぬことを前提にしている時点で最悪だよ。死神みたいな魔獣と契約しちゃったな……。
この翌日に私達は旅立つのだけれど、私はまだ気付いていなかった。
まさにあの瞬間、私は不死身になったという事実を。




