5 レイチェル、勝負の定食を作る
前世の私にはこれといって得意なことがなく、唯一、人に自慢できることといえばアレしかなかった。それは定食を作れること。もはや私のアイデンティティーと言ってもよかったかもしれない。定食屋の娘で、すでにお店の全メニューをマスターしていることは私の誇りだった。
……いや、さすがにそこまで定食にこだわりはないけどね。
だけど、前世で父の厳しい指導に耐えて習得しただけに味には自信がある。婚約を守るためにも、もうやるしかないだろう。
早速、侯爵家の厨房を見せてもらうことにした。
自宅屋敷でも厨房には入ったことがなかった私。調理に入る前に、まず入念に設備をチェックする。
へえ、中世みたいな世界だから調理器具とか不便かと思ったけど、意外とそうでもない。火も何か平べったい板から直接出てるし。科学の代わりに魔法が発達しているというのは本当らしい。
あとは食材のチェックだね。
これまで食べてきた経験から、前の世界にあった肉や野菜なんかはこの世界にも大体揃っていると分かっていた。
お米もリゾットとかで食べたからあるはず。問題は調味料の類なんだけど……、あ、醤油も味噌もあるじゃない!
調理補助のメイドによれば、東方から入ってくるので少し高価だけどそういうものも入手できるんだとか。なるほど、さすがは侯爵家だ。
よし、これなら完全なる定食が作れる! と意気込んで取りかかろうとしていると、調理メイドの一人が遠慮がちに。
「レイチェル様、お料理は無理かと……」
ああ、そうか、貴族令嬢なんだからそう思われても仕方ないよね。実演してみせるのが早いか。
私はキャベツをまな板の上に置き、包丁を手に取る。
シュカカカカカカカカッ!
瞬く間に千切りになったキャベツを見て、メイド達は唖然とした表情に。ふふふふふ、千切りキャベツは定食屋の基本だよ。
「うん、料理スキルは前世のままだ。じゃあ皆さん、お手伝いお願いします」
メイド達と一緒に定食の品々を仕上げていく。
ちょうど完成した頃、様子を見にきたセレーナが顔を出した。
「レイチェル、調子はどうだ……、何だそれ! 見慣れない料理だけどすごく美味しそうだな!」
「豚のショウガ焼き定食だよ。味見する?」
そう、私が勝負の品に選んだのは豚のショウガ焼き定食だった。
おそらく日本人の大多数が好きであろう(私の体感)この料理で侯爵家一家をうならせてみせる!
セレーナはご飯、千切りキャベツを添えたショウガ焼き、おひたし、白菜の浅漬け、お味噌汁の定食をあっという間に完食した。味見どころかがっつり食べたな……。
「……異世界の料理を認めざるをえない、本当に美味しかったよ。だけどずいぶん大量に作ったな」
「もちろんだよ。だってこの屋敷で働いている全員が食べるんだから」
私の言葉に、一緒に調理していたメイド達は驚いた顔になる。
「わ、私達もいただいてもよろしいのですか……?」
「はい、皆さんには私が嫁いできたらお世話になるし、これからよろしくって感じです。お腹いっぱい食べてください」
「レイチェル様、なんて素晴らしいお方……!」
微笑みを湛えてメイド達に応える私を、セレーナは白けた眼差しで見てきていた。
「……あざとい真似を」
「生きる術と言って……。それより、侯爵様達も喜んでくれると思う?」
「ああ、絶対に大丈夫だ。貴族だろうが平民だろうが、間違いなく定食の虜になるよ」
セレーナのその言葉は正しかった。
提供した豚のショウガ焼き定食を、アルバート様も、侯爵様と奥様も瞬く間に完食。
口元を直しつつ侯爵様が。
「アルバートは素晴らしいご令嬢に巡り合えたようだ。これからは毎晩、家族揃って(強調)定食を囲もう」
……本当に定食の虜になった。
これにアルバート様が首を横に振る。
「お父様、毎日レイチェル様にお作りいただくのは悪いですよ」
「あ、私なら全然平気です。揃って定食を囲むなんて、何だか温かいですし」
「本当ですか、レイチェル様! 私ももっと他の定食も食べてみたいと思っていたのです!」
「はい、色々とお作りしますよ」
子供のような婚約者に思わず笑みをこぼしていると、セレーナが間に割って入ってきた。
「レイチェル、今夜ちょっと顔を貸しな」
え、何……? ぼこられる?
意外なことに、セレーナは一緒に夜会に行こうと言ってきた。
どう見ても彼女は夜会なんて柄じゃないのに、いったいどういうつもりなのか。首を傾げつつも私は了承していた。
一旦帰宅して、後ほど会場で落ち合うことに。
私はいつも通りのドレス姿で会場の前に到着。待っているとセレーナはなんと騎士団の正装でやって来た。
「お待たせ。じゃあ入ろうか」
「セレーナ、マジか……」
私が思わずそう言ってしまったのも無理はなかった。
会場に入るなり令嬢方の視線はセレーナに釘付けに。一斉に騒ぎはじめる。
そう、今のセレーナは今日ここに来ているどの男性よりも格段にかっこよかった。
お茶を飲みつつセレーナが令嬢方に囲まれているのを見守る。程なく、彼女は助けを求めるような視線を私に。
仕方ないので、令嬢方の包囲を突破してセレーナを引っ張り出す。壁際まで避難すると、彼女は安堵のため息を吐いた。
「夜会はやっぱり苦手だ……」
「……ここまでモテるとは思わなかったよ。じゃあどうして私を誘ったの?」
彼女は一呼吸の間を空けてから、私の顔を見据えた。待って、私には婚約者が……。
「二人でゆっくり話がしたかったんだよ。レイチェル、私と一緒に旅に出ないか?」




