3 レイチェル、モップで妹を突く
丸一日時間を戻った私。
翌日ナイフで刺しにくるメアリーの対処を考える前に、避けては通れない問題があった。
それは、婚約者であるアルバート様に私が転生者だと話さねばならないということ。秘密のままにしておくなんてできない。
……なぜなら、急に私の雰囲気が変わったことをすごく怪しんできているから。
侯爵家での婚約発表の後、私はそのままアルバート様と彼の自室に移動。いつもなら本を片手にお喋りをするところだけど、今日はそうはいかなかった。
私を探るようにアルバート様はじっと見つめてくる。
「明らかに性格が変わっていますよね? レイチェル様、婚約発表の間に何があったのですか?」
「そ、それは……」
正直に話して、やっぱり婚約は破棄だ、なんて言われたらどうしよう……。発表からの即日破棄なんてメアリーが喜ぶだけだよ。
でも、このままやり過ごすことも難しいし、アルバート様はそんな風には言わない気もする。
もうこうなったら度胸だ! 私は死の淵から帰還した女! そして、前世も通じて初めて好きになったこの人を信じる!
「アルバート様、実は私は……」
私は、自分が異世界から転生してきたことから、その際に時間を巻き戻す力を授かったこと、さらにはメアリーに刺されて明日から戻ってきたことまで全てを彼に話した。意気込みすぎたせいで本当に全てを話してしまった。
アルバート様は「まさかそんなことが現実に……」とうつむく。
はっ! 頭がおかしいと思われて婚約破棄、という可能性もありうる!
やってしまったかもしれない! 私は勢い任せにやるとろくなことにならないと前世の父から何度も言われていたのに!
自分の軽率さを呪っていたその時、うつむいていたアルバート様が顔を上げた。
「素晴らしいではないですか! 婚約者が異世界人だなんて私はなんて幸運なのでしょう!」
……案外、簡単に受けいれてくれた。それどころか、めっちゃ喜んでくれてる……。
そうか、アルバート様は色々な本を読み漁っているから頭が柔軟なんだ。いつも「こんな物語の世界で暮らしてみたいものです」って口にしていたよね、そういえば。
とにかく私は最良の人と出会えたらしい。
胸を撫で下ろしていると、アルバート様は興奮した様子で。
「もっと異世界の話を聞かせてください! もっと定食屋の話を!」
「いやいや、定食屋より面白い話題がいっぱいありますから……」
私も科学技術などには全く詳しくないものの、この世界にはないものを思いつくままに片っ端から話していった。
アルバート様はどの話も興味深そうに聞いていて、一時間ほど経った頃にふと。
「安堵しました、以前のレイチェル様も確かに感じることができます。前世のあなたとこの世界で生きてきたあなたが合わさって、今のあなたになっているのですね」
「え、はい、そんな感じです。それを確かめたかったのですか?」
「ええ、まあ。その、一番伺いたかったのは……」
彼は少し口篭った後に「今でも私のことを、その……」と。
「あ、もちろんです。変わらずに好きですよ」
「よ! よかったです! いやー、本当に安堵しました!」
そうか、アルバート様も不安だったんだ……。何か色々申し訳ない……。
途端に元気になった彼は椅子から立ち上がる。
「異世界の話を聞きたかったのは本当ですよ。ぜひまた続きを聞かせてください。ずいぶんと引き止めてしまいました。馬車までお送りしましょう」
「ちょっと待ってください。私、明日メアリーに刺されるんですって。その相談もしたかったんです」
これにアルバート様は微笑みを返してきた。
「ご心配なく。頼りになる者を知っていますので、明朝その者と伯爵家に伺います」
――――。
翌日、アルバート様は約束通り当屋敷にやって来た。
頼りになるというその同行者に私は視線を向ける。騎士の装備に身を包んだ背の高い女性だ。美しい容姿をしているが、美人というより男前と表現した方がぴったりくるかもしれない。
彼女の顔を見つめていて、私はピンと来るものがあった。
「アルバート様、こちらの女性はもしや」
「はい、私の妹のセレーナです」
道理で面影がよく似ていると。
思い返せば侯爵様と奥様も年相応ながら美しかった。どうやら侯爵家は美麗一族らしい。
そんなところに私が加わっていいものだろうか。今更ながら転生前の神様っぽい何かとの対話で、整った容姿も要求しておけばよかったと後悔。
いや、今も別に不細工というわけじゃないんだけど。(世間では可愛いで通るレベルだと信じている)
それにしても、なぜ侯爵家の令嬢が騎士の格好を?
私の視線を受けてセレーナさんはニヤッと笑みを返してきた。
「よろしくな、レイチェル。同じ十六歳だから私のこともセレーナと呼び捨てにしてくれ」
喋り口調も男性っぽい……。これは貴族令嬢と言われなきゃ絶対にそうとは思わない……。
私の思考を読んだようにアルバート様がため息をついていた。
「妹は貴族の生活を嫌っていて、今は騎士団の寄宿舎で暮らしているのです……。間違いなく腕は立ちますので、この子に任せておけばそちらの妹君の凶行は防いでくれるでしょう」
彼はそう言うと妹を残して侯爵家に帰っていった。
昨日後継者に正式指名されたし、たぶん今日も仕事が山積みなんだと思う。
目には目を、妹には妹を、ということなんだろうか?
だけど、初対面だし急に二人にされても……。ちょっと気まずいかも。
と思っているとセレーナがもう一度ニヤッと笑った。
「ナイフを持った令嬢の一人や二人、どうとでもなるから心配いらないよ。それよりレイチェル、異世界から転生してきたんだろ? 作戦会議がてら話を聞かせてくれよ」
「別にいいけど。じゃあ私の部屋へ。ちゃんと作戦も考えてね」
意外にも、セレーナと私は話をしてみるととても気が合うことが判明する。全く貴族らしくないので、まるで前世の友達とお喋りをしているかのように肩の力を抜いて会話をすることができた。
奇妙な令嬢だからどうかと思ったけど、一緒にいると結構楽しいな。あ、私も最近、奇妙な令嬢になったんだった。だからか……。
お喋りをしているうちにあっという間に時間が過ぎ、自室で昼食を食べることに。
「やっぱり貴族の飯は合わないな。レイチェル、定食っていうの作れるんだろ?」
「うん、お店のメニューは一通り覚えたから」
「定食が食べたい。作ってきてくれよ」
「また今度ね。今日はメアリーが刺しにくるからそれどころじゃない」
ここで私はハッと我に返った。
「うっかり楽しくランチしちゃってたよ! 夕方には私は刺されるんだから本当にちゃんと考えて!」
「はいはい、今からちゃんと考えるから。私がメアリーを捕まえるのは容易いけど、少し懲らしめてやりたいんだよな?」
セレーナが言うには、私が自力でメアリーを撃退した方が相手には屈辱だろうと。
確かにそうかもしれないけど、向こうはナイフを持っているわけだしそう簡単にいくはずない。と意見を述べるとセレーナはフォークを持つ私の手を取った。
「ナイフは簡単だよ。ほら、こうやってちょっと捻れば」
「いたたたた! 何やってんの!」
思わずフォークを落とした私は捻られた手をさすりつつ彼女を睨む。
「前回は避けようと思った時にはもう刺されていたから、手を掴むなんて無理な気がする……」
「うーん、じゃあレイチェルも武器を持つしかない。部屋にあっても不自然じゃないとなると、モップだな」
「モップ? ナイフに勝てる気が全くしないけど」
「何言ってんだ。ナイフはモップには勝てない」
何でも、素人同士が戦う場合はリーチの差がものを言うのだとか。モップをしっかりと使いこなせれば私は安全にメアリーを倒せるとのこと。
というわけで、昼食が済むと私はモップを使いこなす訓練を開始した。
モップを槍のように構えて、狙いを定めて突く、を繰り返す。間に休憩を挟みつつ、日が傾くまでその訓練を続けた。
メアリーが私の部屋にやって来る時間が迫ってくると、セレーナが動き出す。
「それだけの突きが繰り出せれば大丈夫だ。私は先に二人が行く部屋で身を隠しておく。あ、モップもあっちに置いておくな。やばいと判断したらすぐに助けに出ていくから安心しろ」
そう言い残して彼女は一足先に出発した。
……本当にこんなので大丈夫なの? ものすごく不安なんだけど……。
しかし、もう計画を変更している暇はなかった。部屋の中に扉をノックする音が響く。
「……お姉様、少しよろしいですか?」
メアリーが殺しにきた! もうやるしかない……!
前回同様に妹の後ろについて私が刺されたあの空き部屋へと向かう。
ここでふと疑問が頭を過る。セレーナは身を隠しておくと言ったけど、確かあの部屋には物が一切なかった。いったいどこに隠れるつもりなんだろう?
メアリーに促されて空き部屋に入った私は愕然とした。
空っぽの室内に、人間が一人入れそうな大きな紙製の箱がどんと置かれている。
不自然極まりない! 怪しむなという方が無理なくらいだよ!
だが、幸いにも自分の計画を遂行することしか頭にないメアリーは箱を気に留めなかった。(よかった、私を刺すことに全集中してる)彼女が今回もブツブツと呟きはじめたので、私も前と同じ返答をする。
この間に、壁に立てかけてあるモップへとそろりそろりと接近。
やがて、ついにメアリーがナイフを取り出して鞘から抜く。
彼女がこちらに向かって突進を開始するのと同時に、私はモップに手をかけていた。すぐに半日の訓練で磨き上げた突きを繰り出す。
今回はナイフが私の腹部を捉える前にモップがメアリーの腹部を捉えた。彼女はよろめきながら数歩後ろに下がる。
「くっ、お姉様……! そんな長い物で、卑怯とは思わないのですか!」
「私を殺害しようとしておいてどの口が言うか。ナイフはモップには勝てない。諦めてもう投降しろ!」
「……誰が諦めるものですか。お姉様を殺さないと私は先に進めないんです!」
「ふざけるな! このサイコパス妹が!」
再びメアリーがナイフを構えて突進してきたので、私も再度の突きで彼女を押し返す。
本当に諦めの悪い妹はさらに何度も攻撃を試みてきた。その度に私はモップで撃退。
モップは先端がややもふっとしているだけに、どれだけ突いても大きなダメージにはならない。その残念な事実が妹を勢いづかせているようだった。
しかし、半日間ひたすらこの突く動作を繰り返していた私にも隙が生じることはなかった。モップの間合いを崩されることなく、的確に妹の体を突き続ける。
不毛な攻防の果てに、ようやくメアリーは突進を停止。手のナイフを落として床に膝をついた。
「……そんな、力ずくでもお姉様に勝てないなんて……」
相当ショックを受けているみたいだね。
よし、ここで素直に謝るなら、かなり甘いけど修道院送りくらいで済ませてあげよう。さっきのセレーナとの打ち合わせでそう決めていた。私の怒りは全然収まってないけど、あまりお父様達を悲しませたくもない。
ところが、メアリーはゆったりとした動きで再び立ち上がった。
「……これだけは使いたくなかったのですが、仕方ありません」
そう言って腰から抜いたのはリボルバータイプの拳銃だった。引き金に指を当てて銃口をこちらに向ける。
こ、この子! 本当にありえない! きっとお父様の書斎から盗んできたんだ! そこまで入念に準備して! 何が何でも私を殺すつもりだったのか!
……これは完全に想定外だ。モップはリボルバーには勝てない……。さすがにセレーナも……。
と思った瞬間、設置されていた紙の箱が内側から弾けるように破ける。中から飛び出してきたセレーナが腰の剣を抜くと同時に突きを繰り出した。私のモップ突きより断然速い。速すぎて見えない。
女騎士の剣はメアリーが握っているリボルバーを貫通する。どうやら引き金も引けなくなったようだ。
動きが止まった二人を、私は呆然と眺めていた。
「……セレーナ、なんで貫通してるの? それ、斬鉄剣?」
「何だそれ? 騎士団で皆が使っている普通の剣だよ。これは魔力で刃を……、それよりレイチェル、ここまでのことをしてきたんだから、もういいな?」
「…………。うん、もう仕方ない」
「よし。騎士団第七師団師団長セレーナの名においてここにメアリーを捕縛する。お前は地下牢行きだ。最低でも五年は地上に戻れないと思え」
これを聞いたメアリーは今度こそ本当にショックを受けたらしく、崩れるように床に膝をついた。
気付けば5000文字……。
前話で報いを受けさせると書いた手前、何とか足が掛かる所くらいまで来ました。
報いの本番は明日になります。
引き続き、よろしくお願いします。




