第三十話 勇者さま、前に出る
王宮の空気が、また少しだけ冷えた。
笑い声の向こう側で人垣が割れ、それまであちこちへ散っていた視線が、一つの方向へ流れていく。楽団の音だけが妙にはっきり聞こえ、先ほどまでベルをからかっていたライナスとエリックも口を閉じた。
白と金の礼装をまとった青年は、その静けさを連れてくるように歩き、やがてベルの前で足を止めた。
小雪の隣で、ベルの肩がほんの少しだけ固くなる。
「久しいな、ヴェルヴァルド。」
滑らかな声だった。
社交の場にふさわしい、よく整えられた笑み。
けれど、何となく嫌な感じがした。
これは社交闘争の相手かもしれない。
ベルは姿勢を正し、静かに礼をした。
「ご無沙汰しております、殿下。」
殿下。
年齢はベルより少し上だろうか。
おそらく、この国の第一王子だ。
青年の後ろには数人の貴族子息が控えていたが、ライナスたちとはまったく雰囲気が違う。
礼儀正しく立っているものの、王子の言葉や表情を常に窺っているようだった。
王子の取り巻き。
敵か。
そう分類しかけて、小雪はやめた。
今はまだ、観測中だ。断定すべきではない。
青年の視線が、ベルから小雪へ動いた。
そして、またベルへ戻る。
「随分と立派になったものだ。まさか勇者殿の隣で踊るおまえを見る日が来るとは思わなかった。」
ライナスの表情がわずかに硬くなった。
エリックも黙っている。
ベルは何も言わない。
青年はそこで、小雪へ向き直った。
「紹介が遅れたな、勇者殿。私は第一王子ドライエン。」
「ドラえもん?」
小雪は反射で聞き返した。
周囲が静まり返った。
第一王子の笑みが、ぴしりと固まった。
「……ドライエンだ。」
「ドラえもんではなく。」
「違う。」
「青いたぬきではなく。」
「何だ、それは。」
「猫型ロボット、いえ、たぬきに見えることもありますが。」
「馬鹿にしているのか?」
「いえ。ただの確認ですが。」
「小雪。」
ベルが低く呼んだ。
「はい。」
「たぶん今のは、かなり危ない。」
「そうですか?」
「そうだ。」
ドライエンは一度、表情を整えた。
周囲の取り巻きたちが、曖昧に笑う。
ベルはまだ硬い。
小雪は、その硬さを見ていた。
いつものベルなら、ここで何か言う。
うるせえ、とか。
やめろ、とか。
けれど、今のベルは黙っている。
第一王子の前だから。
もしや昔から、こうだったのだろうか。
小雪は、少しだけベルの横顔を見た。
ドライエンは、その沈黙を見て満足したようだった。
「しかし、本当に変わったものだ。国外へ逃げたと思えば、今度は山奥で勇者殿の遊び相手か。」
ベルの手が、わずかに握られる。
ライナスが一歩前へ出かけ、エリックが小さく腕で止めた。
相手は第一王子だ。
軽々しく口を挟めないのだろう。
ドライエンは続けた。
「聞いたぞ。水車だの、穴を開ける道具だの、子供の玩具のようなものを作っているそうではないか。」
取り巻きたちが小さく笑った。
「魔法が使えぬ落ちこぼれには、ちょうどよい遊びだな。」
ベルは、何も言わなかった。
言わないのではない。言えないのだ。
小雪には、そう見えた。
ベルは決して落ちこぼれではない。
努力家で、賢く、器用で、面倒見がよく、剣もできて、火も起こせる。
食事も、掃除もできる。
水車を作り、穴を開け、止める機構も作った。
小雪の髪を拭き、雨から庇い、鈴で呼べば来てくれる。
それなのに、今、何も言わずに黙っている。
王子の前だから。
魔法が使えないから。
そして、彼らが、魔法が使えないベルを、笑ってよいと思っているから。
小雪は一歩前へ出た。
ベルが小さく息を呑む。
「小雪。」
「はい。」
「待て。」
「待ちません。」
ドライエンが小雪を見る。
「勇者殿?」
小雪はドライエンを見た。
正面から。
「おい、ドラえもん。」
「ドライエンだ!」
「どっちでもいい。」
「よくはない。」
「衝動を抑える為に認識を修正したのです。感謝しろ。」
「どういう意味だ?」
「あなたの本体。いや本家は、たとえ未来の道具がなくなっても、親切な青いたぬきとしての需要が残ります。」
「本家とは何だ!」
「ですが、あなたは違います。」
ドライエンの目が細くなった。
周囲の貴族たちが、さらに静かになる。
小雪は淡々と続けた。
「あなたから魔法と地位が消えたら、何が残りますか。」
空気が、止まった。
「……どういう意味だ。」
「火は起こせますか。」
「……」
「食事は作れますか。」
「何を言いたい。」
「掃除は?」
「そんなこと私がする必要は――。」
「ベルは全部できます。」
隣で息を呑む気配がする。
「火を起こせます。食事を作れます。掃除ができます。木を削れます。水車を直せます。道具や仕組みをゼロから作り出します。自ら考え、選び、変える力を持っています。」
ベルの肩が、少し揺れた。
「そして、できないことがあれば、できるまで必ずやりきります。」
ライナスが、ほんの少し目を伏せた。
エリックも、口元を引き結んでいる。
小雪は続けた。
「それにベルは、私の面倒も見ています。」
ベルが完全に固まった。
「ごはんを作ります。湯を沸かします。髪を拭きます。危ない時に止めます。雨が降れば、上着を脱いで被せます。風邪をひきます。」
「最後は言わなくていい。」
ベルが小さく言った。
小雪は頷いた。
「言わんこっちゃない、です。」
「今言うな。」
ライナスが噴きかけた。
エリックが肩を震わせる。
場の空気が一瞬だけ変わる。
だが、ドライエンの顔は硬いままだった。
「勇者殿は、随分とその落ちこぼれを買っているようだな。」
「落ちこぼれではありません。」
「魔法が使えない。」
「それが何ですか?」
小雪は即答した。
「魔法を持って生まれたことは、あなたの努力ですか。」
ドライエンは黙った。
「ベルが何かを作るとき、それはすべてベルの努力にかかっています。火を起こすことも、料理を作ることも、穴を開けることも、止める仕組みを考えることも、全部、ベル自身が成し遂げたことです。」
小雪はドライエンを見た。
「あなたが魔法を失った時、ベルほど何かができますか。」
ドライエンの顔が、わずかに歪んだ。
その一瞬、小雪は見た。
怒り。
屈辱。
そして、その奥の、本人も気づいていない弱さ。
この人間は、ベルが怖いのかもしれない。
魔法が使えないはずのベル。
自分より下であるはずのベル。
それなのに、努力して、積み上げて、家族に愛され、悪友に心配され、勇者の隣に立つベル。
そんなベルが、怖いのかもしれない。
だから、削ろうとする。
落ちこぼれと呼ぶ。
魔法が使えない一点だけを、何度も突く。
自分の弱さを見ないために。
王宮は冷たい。
ここにいる人間たちは、自分より弱いものを探して搾取する。
勇者候補たちにそうしたように。
小雪は、奥の高い席を見た。
そこに、王がいた。
王は、我関せずといった様子で俯いている。
だが、ときおりこちらを窺う視線は、小雪には隠せていなかった。
小雪は静かに王を見た。
王の額に汗が浮かぶ。
なるほど。たしかに。
傲慢で。
強欲で。
弱い人間ども。
小雪は、ドライエンへ視線を戻した。
「自分一人の面倒も見られない人間に、私の面倒まで見るベルを馬鹿にできる権利はありません。」
ベルが、息を吸った。
小さく。
深く。
ドライエンが何か言い返そうと口を開く。
その前に、小雪は言った。
「それに。」
会場が、静まり返る。
小雪はもう一度、王を見た。
王の目が、わずかに揺れた。
「ベルは今、世界の平和を守っています。」
言葉の意味は、聞く者によって違っただろう。
周囲の貴族たちには、勇者の側で何か役目を果たしている、という程度に聞こえただろう。
ライナスとエリックには、勇者を支えている、という意味に聞こえただろう。
ドライエンには、ただの大げさな庇護に聞こえたかもしれない。
けれど、王だけには違って聞こえるはずだ。
王の顔から、わずかに血の気が引いた。
「……世界の平和?」
ドライエンが低く訊いた。
「はい。」
「どういう意味だ。」
「そのままの意味です。」
ドライエンの身体が、ほんのわずかに強張った。
少し威圧してしまっただろうか。
「勇者殿は、随分と冗談がお上手だ。」
「冗談ではありません。」
「……」
「私は冗談が苦手です。」
「……それこそ冗談だろう。」
ドライエンの声には、まだ棘があった。
だが、最初ほどの余裕はない。
ベルは横で黙っている。
「ベル。」
「……何だ。」
「これはまずいですか。」
ベルはしばらく黙った。
それから、ほんの少しだけ口元を歪めた。
「かなりな。」
「今からでも謝りますか。」
「誰に。」
「ドラえもんに。」
「ドライエンだ。」
ベルが反射で突っ込んだ。
ドライエンのこめかみが、ぴくりと動いた。
「勇者殿。」
「はい。」
「……私はドライエンだ。」
「はい。」
「覚えたか。」
「善処します。」
「覚える気がないのか。」
「あります。」
「では言ってみろ。」
小雪は少し考えた。
「ド……」
ベルが小さく言う。
「ドライエン。」
「ドライエン。」
「そうだ。」
ベルが言った。
なぜか少し疲れている。
「では、ドライエン殿下。」
小雪は淡々と礼をした。
「二度とベルに偉そうな口を利かないでください。」
ドライエンの顔がまた歪んだ。
その背後の取り巻きたちは、もう笑っていない。
周囲の貴族たちも、息を潜めている。
高い席から、震える声が落ちた。
「そこまでにせよ。」
王の、小さく静かな声だった。
しかし、会場を鎮めるには十分だったようだ。
ドライエンが、わずかに肩を揺らす。
王は先ほどより表情を整えていた。
動揺は、もう見えない。
「勇者殿は、我が国の大恩人である。無用な議論で疲れさせるものではない。」
「……父上。」
「ドライエン。」
王の声が、少しだけ低くなる。
「下がれ。」
ドライエンはすぐには動かなかった。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
王を見た。
小雪には、その目に映ったものが少し分かった気がした。
疑問。
警戒。
諦念。
けれど、ドライエンはそれ以上何も言わなかった。
「……承知いたしました。」
第一王子は礼をした。
王へ。
小雪へ。
そして最後に、ベルへ視線を向ける。
そこには、まだ消えないものがあった。
苛立ち。
屈辱。
それから、劣等感に似た何か。
ベルは、静かに礼を返した。
ドライエンは取り巻きたちを連れ、その場を離れていった。
人垣がまた動き出す。
楽団の音が戻る。
貴族たちも、少しずつ会話を再開する。
王宮は、そういう場所だった。
言葉が落ちても。
誰かの古い傷が開いても。
その上へ音楽を重ねる。
笑顔を戻す。
何事もなかったようにする。
やはり。
冷える。
ドライエンが去ると、ライナスが大きく息を吐いた。
「……勇者様。」
「はい。」
「寿命が縮みました。」
「補填されますか。」
「されません。」
「それは大変です。」
エリックも、静かに息を吐く。
「でも、胸がすいたな。」
「エリック。」
ベルが低く言った。
「いや。言わせろ。」
エリックはベルを見る。
「よく黙ってたな。」
「……相手は殿下だぞ。」
「昔から、おまえはあいつにだけは黙る。」
「うるせぇ。」
「そう。それだ。」
ライナスが少し笑った。
「うるせぇって言える相手には言えるんだよな。」
「おまえらにはな。」
「名誉だな。」
「嬉しくねぇ。」
ベルの声は戻っていた。
けれど、まだ少し硬い。
小雪はベルを見る。
「ベル。」
「何だ。」
「大丈夫ですか。」
「……大丈夫だ。」
「本当ですか。」
「本当だ。」
「手が震えていました。」
ベルは少し黙った。
それから、目を逸らす。
「見てたのか。」
「見ていました。」
「……そうか。」
「はい。」
「情けねぇな。」
「いいえ。」
小雪は即答した。
「情けなくありません。」
ベルが小雪を見る。
「魔法が使えないことは、情けないことではありません。」
「……。」
「黙るしかない相手がいることも、情けないことではありません。」
ベルの目が、少し揺れた。
「小雪。」
「はい。」
「おまえ、今日かなり刺すな。」
「刺しましたか。」
「刺した。」
「痛いですか。」
ベルは少し黙った。
「……痛いけど。」
それから、ほんの少しだけ笑った。
「悪くねぇ。」
小雪は瞬きをする。
「痛いのに。」
「ああ。」
「不思議ですね。」
「そうだな。」
ライナスとエリックは、何も言わなかった。
からかわなかった。
良い悪友である。
小雪はそう分類した。
しばらくして、楽団の音が変わった。
次の舞曲が始まる。
ベルは小雪を見た。
「踊るか。」
「今ですか。」
「今だ。」
「手が冷えています。」
「だからだ。」
ベルは手を差し出した。
「冷えるなら、俺を見ろって言っただろ。」
小雪はその手を見る。
黒い手袋。
温かい手。
さきほどまで、わずかに震えていた手。
今は、小雪へ差し出されている。
「はい。」
小雪は手を取った。
ライナスが小さく言う。
「行ってこい。」
エリックも頷いた。
「今度は足を踏むなよ、勇者様。」
「善処します。」
「踏むのか。」
「練習では踏みました。」
「ヴェル。おまえも、なかなか大変そうだな。」
「今さらか。」
ベルは少し笑った。
その笑顔は、さきほどよりずっと自然だった。
二人は、再び会場の中央へ出た。
視線はまだ多い。
先ほどのやり取りの余韻も残っている。
けれど、ベルは小雪の前に立った。
「俺を見ろ。」
「はい。」
「先に動くな。」
「はい。」
「俺を倒すな。」
「はい。」
「踏むな。」
「善処します。」
「そこだけ怖ぇ。」
音楽が始まる。
一歩。
二歩。
三歩。
小雪はベルへ合わせた。
手の力。
腕の角度。
呼吸。
足の運び。
王宮は冷たい。
それでも、ベルを見ていると少し遠くなる。
今回は、足を踏まなかった。
先に動かなかった。
避けすぎなかった。
ただ一度だけ、視界の端へ王が入った。
高い席。
先ほど汗が浮かんでいた額。
何かを隠す顔。
小雪の身体が、ほんの少しだけ硬くなる。
ベルはすぐに気づいた。
背へ添えた手が、少しだけ強くなる。
強引ではない。
けれど、逃がさない手。
「小雪。」
「はい。」
「今は、俺を見ろ。」
小雪はベルを見る。
焦げ飴の目。
黒の礼装。
少しだけ赤い耳。
王宮の光の中で、ベルは綺麗だった。
格好よかった。
「ベル。」
「何だ。」
「すごく格好いいです。」
ベルの足が、一瞬だけ危うくなった。
「踊ってる最中に言うな。」
「すみません。」
「謝るな。余計困る。」
「困りますか。」
「困る。」
「でも、事実です。」
「さらに困る。」
小雪は少し笑った。
ベルも、困ったように笑った。
音楽が流れる。
月光色の裾が揺れる。
黒と銀灰色が、磨かれた床の上を動く。
今度のターンは、練習通りだった。
小雪はベルの手の下を回り、また前へ戻る。
ベルが、ほっとした顔をした。
「できました。」
「ああ。」
「落ちませんでした。」
「落とさねぇよ。」
「ベルが相手なら、できます。」
ベルは黙った。
「刺しましたか。」
「刺した。」
「痛いですか。」
「今日は、まあ。」
ベルは少しだけ笑った。
「全部、悪くねぇ。」
曲が終わる。
小雪は礼をした。
ベルも礼をする。
拍手が起こった。
今度は、先ほどより少し大きかった。
小雪はその音を聞いた。
拍手は嫌いだった。
その下にあるものを隠すように思えるから。
犠牲を。
痛みを。
誰かが払ったものを。
けれど。
今の拍手は、少しだけ違う。
ベルが隣にいるからかもしれない。
それでも、完全には温かくない。
ここが王宮だから。
曲が終わると、ベルは小雪を会場の端へ連れていった。
「疲れてねぇか。」
「私は補填されます。」
「それを聞いてるんじゃねぇ。」
小雪は少し考えた。
「……少しだけ疲れました。」
ベルの目が、少し和らいだ。
「そうか。」
「衣装が重いです。」
「ああ。」
「視線も多いです。」
「ああ。」
「王宮は、とても冷えます。」
「……ああ。」
「でも、ベルがいたので、少しましでした。」
ベルは黙った。
耳が赤い。
けれど、今度は怒らなかった。
「なら、よかった。」
「はい。」
小雪は袖の中の鈴へ触れた。
鳴らさなかった。
今日はまだ、一度も鳴らしていない。
ベルがずっと近くにいたからだ。
「ベル。」
「何だ。」
「結局、鈴を鳴らしませんでした。」
「ああ。」
「ベルがずっと近くにいてくれました。」
「ああ。」
「便利でした。」
「便利扱いするな。」
「重要です。」
ベルは少しだけ笑った。
「そうだな。」
小雪は王宮を見る。
灯り。
音楽。
笑顔。
王。
第一王子。
貴族たち。
冷たい場所。
それでも、その中にベルがいる。
悪友たちもいる。
少しだけ。
悪くないものがある。
完全には分類できない。
良いことなのか。
悪いことなのか。
まだ分からない。
けれど、今日、はっきり分かったことが一つある。
ベルを馬鹿にされるのは、本当に嫌だ。
小雪は、その感情を観測した。
これはもう。
昨日までより少しだけ、分かる。
嫌だ。
はっきりと。
消したくない。
ベルが小雪の隣で、小さく息を吐いた。
「小雪。」
「はい。」
「さっきは、ありがとな。」
小雪はベルを見る。
ベルは王宮の灯りを見ていた。
こちらを見ていない。
耳だけが赤い。
「何がですか。」
「言わせるな。」
「分かりました。」
「本当に分かってるか。」
ベルは口元を押さえた。
小雪は少しだけ笑った。
「ベル。」
「何だ。」
「ベルは、落ちこぼれではありません。」
「……ああ。」
「水車文明担当です。」
「急に戻すな。」
「生活文明総合担当でもあります。」
「増やすな。」
「鈴で来る人。」
「王宮で言うな。」
「私のそばにいてくれる人です。」
ベルが、また黙った。
「小雪。」
「はい。」
「最後が一番刺さる。」
「刺しましたか。」
「刺した。」
「痛いですか。」
ベルは少しだけ考えた。
「今日は、もう。」
それから笑った。
「痛くてもいい。」
小雪は、その言葉を聞いた。
胸の奥で、鈴に似た音がする。
ちりん。
けれど、袖の中の鈴は鳴っていない。
小雪は今日も、それを記録できなかった。
王宮舞踏会へ、記録用紙は持ってきていない。
不便である。
けれど。
たぶん。
これは、忘れない。
小雪はそう思った。




