第二十話 炭と炉と逃げる力
夏が、いよいよ本格的になってきた。
朝から空気が身体へまとわりつくように重い。山の木々は薄い黄緑から濃い緑へ変わり、川の水は眩しく光り、村へ続く道には昼前から陽炎のような揺らぎが見えている。
小雪は、暑さに強い。
というより、暑さも寒さも一定の程度を超えれば補填されてしまう。
しかし、ベルは違う。
ベルは普通の人間である。
そして、暑いと少し機嫌が悪くなる。
「小雪。」
「はい。」
「その黒い外套は脱げ。」
「なぜですか。」
「見てるだけで暑い。」
「私は平気です。」
「俺が平気じゃねぇ。」
「視覚的暑さですか。」
「そうだ。」
「では、ベルが見なければ。」
「危険物を持ってるやつから目を離せるか。」
「今日は持っていません。」
「昨日もそう言って、光る粉を袖に入れてただろ。」
「綺麗でした。」
「綺麗でも駄目だ。」
「敬語。」
「綺麗でも駄目です。」
小雪は黒い外套を脱いだ。
白い髪が、夏の日差しを受けて光る。
ベルが一瞬だけ止まった。
小雪は首を傾げる。
「ベル。」
「何でしょうか。」
「暑さで停止しましたか。」
「違う。」
「熱暴走。」
「違う。」
「初心なハート。」
「朝からやめろ。」
「敬語。」
「朝からやめてください。」
ベルは顔を背けた。
耳が赤い。
暑さのせいかもしれない。
たぶん、違う。
その日の作業場所も、水車の近くに設けた仮設炉だった。
川では水車が、くる、くる、と少し不規則に回っている。
そこから伸びた棒が小型のふいごを押す仕組みは、先日よりさらに少し改良されていた。
ロイが軸の位置を変え、ガドがふいごの口を細くし、ベルが棒の角度を直した。
それでも、風はまだ弱い。
炉の火は、強くなったり弱くなったりを繰り返している。
「薪じゃ駄目だな。」
ガドが腕を組んだ。
「炭だ。」
ベルも頷く。
「薪は煙も多いし、水分もある。火力を安定させたいなら、炭の方がいい。」
「村の炭焼きに頼めば、少しは分けてもらえるぞ。」
「できれば、大きさもある程度揃えたい。」
「贅沢言うなぁ、兄ちゃん。」
「揃わねぇと、空気の通り方が変わるだろ。」
ガドが少し考えた。
「……なるほどな。」
それから、感心したように笑う。
「口は悪いが、細けぇところをよく見てる。」
「口は余計だ。」
「それ、毎回言ってるぞ。」
「毎回余計だからだ。」
「敬語。」
小雪が言った。
「……毎回余計です。」
「三下チワワ気質は直りませんね。」
「変な属性を付与するな。」
ロイが横で笑っている。
「助手さんは、今日も勇者さまに転がされておりますなぁ。」
「転がされてねぇ。」
「よく転がります。」
「小雪。」
「はい。」
「俺を丸太みたいに言うな。」
「では、歯車。」
「もっと嫌だ。」
「水車。」
「部品にするな。」
「敬語。」
「部品にしないでください。」
小雪は頷いた。
ベルは、すでに汗をかいていた。
鍛冶場の熱は、夏の日差しとは違う。日差しは上から来るが、炉の熱は正面から押し寄せてくる。水車ふいごの風が炎を揺らすたび、熱い空気が顔へまともに当たった。
ベルは上着を脱ぎ、腰へ巻いた。
それでも、額から汗が流れている。
小雪はじっと見た。
「ベル。」
「何だ。」
「暑そうです。」
「暑い。」
「脱ぎますか。」
ベルの手が止まった。
「何を。」
「服を。」
ガドが豪快に笑った。
「そりゃそうだ。兄ちゃん、ここで倒れられても困る。上くらい脱いじまえ。」
「いや、俺は。」
「炉の前じゃ珍しくもねぇ。汗を吸った服を着続ける方が危ねぇぞ。」
ロイも頷く。
「今日は風もありませんしな。」
ベルは小雪を見た。
小雪はまっすぐ見返す。
「私は問題ありません。」
「おまえが問題あるんだよ。」
「なぜですか。」
「見るだろ。」
「見ます。」
「即答するな。」
「観察係なので。」
「観察するな。」
「敬語。」
「観察しないでください。」
「善処します。」
「信用ならねぇ。」
ガドが笑いながら炉を指した。
「ほら、兄ちゃん。作業が止まる。」
ベルはしばらく葛藤した。
それから、諦めたように息を吐く。
「……見るなよ。」
「はい。」
「小雪。」
「はい。」
「見ないと言え。」
「見ないかもしれません。」
「それは見るって言ってるようなもんだろ。」
「正直です。」
「くそ。」
「敬語。」
「くそです。」
「変です。」
「知ってる。」
ベルは上着に続き、汗を吸ったシャツも脱いだ。
上半身があらわになる。
小雪は瞬きをした。
以前、川で濡れた時にも見たことはある。
けれど、今日は少し違う。
水に濡れているのではない。
汗で光っている。
肩から腕にはしっかりと筋肉がつき、胸板は厚すぎず、薄くもない。腰へ向かう線は引き締まり、背中には剣や体術でついたのだろう細い傷跡がいくつか残っていた。
魔法が使えない公爵家次男。
けれど、身体は怠けていない。
小雪は素直に思った。
「ベル。」
「何だ。」
「やはり、身体がすごいです。」
ベルが工具を落とした。
かん、と音がした。
ガドが腹を抱えて笑う。
「ははっ。勇者さまは直球だなぁ。」
ロイも楽しそうに頷いた。
「たしかに、助手さん、良い身体してますなぁ。鍛冶屋向きの肩でしょう。」
「……やめてください。」
「剣もやってたんだろ。」
「少し。」
「少しで、その背中にはならねぇよ。」
小雪はベルの背中を見た。
「背中も有能です。」
「背中に有能も何もあるか!」
「荷物を背負えそうです。」
「背負えるけど、そういう意味じゃねぇ。」
「炉の前でも倒れません。」
「倒れたくねぇから脱いでるんだ。」
「筋肉は熱に強いのですか。」
「知らねぇよ!」
「敬語。」
「知りません!」
「ベル。」
「何だ。」
「胸筋。」
「単語で刺すな!」
ガドがさらに笑った。
ロイは涙を拭いている。
ベルの顔は真っ赤だった。
炉のせいだけではない。
小雪は記録用紙へ書いた。
ベル――上半身。
炉作業時――放熱効率向上。
筋肉――確認。
すぐにベルが覗き込む。
「書くな!」
「記録です。」
「消せ!」
「なぜですか。」
「なぜでもだ!」
「敬語。」
「消してください!」
「放熱効率は重要です。」
「俺の身体を効率で語るな!」
「では、良い身体。」
「もっと悪い!」
ガドは笑いすぎて槌を置いた。
「兄ちゃん、いいじゃねぇか。褒められてるんだ。」
「褒め方が刺さるんだよ!」
「若いなぁ。」
「若さの問題じゃねぇ!」
「敬語。」
「若さの問題ではありません!」
小雪は少し考えた。
「ベル。」
「今度は何だ。」
「格好いいです。」
ベルは完全に停止した。
炉の音だけが残った。
ふいごが、ふっ、ふっ、と風を送る。
炭が赤くなる。
ベルの耳も赤くなる。
ガドが口笛を吹き、ロイがにやにやしている。
小雪は首を傾げた。
「駄目ですか。」
「……駄目じゃねぇ。」
「では。」
「でも。」
「はい。」
「人前で言うな。」
「なぜですか。」
「俺が死ぬ。」
「初心なハートが。」
「そうだよ!」
「炉より先に燃えてしまいましたか。」
「燃やすな!」
「敬語。」
「燃やさないでください!」
ベルは両手で顔を覆った。
ただし上半身が出ているので、余計に目立つ。
小雪はそれも記録しようとして、紙を取り上げられた。
作業が再開された。
炭を入れる。
水車が回る。
ふいごが風を送る。
火が強くなる。
だが、やはり思ったほどではない。
ガドが炉を見て唸った。
「川の勢いの割に、風が弱ぇな。」
「途中で逃げてる。」
ベルが言った。
「逃げる?」
「軸が擦れる。棒がたわむ。ふいごの革の隙間から空気が漏れる。水車も少し揺れてる。川の力が、そのまま全部風になるわけじゃねぇ。」
ガドは腕を組んだ。
「なるほどな。力が途中でこぼれるってことか。」
「こぼれるというより、別の形になる、ということですかね。」
小雪が言った。
ベルがこちらを見る。
「別の形?」
「入力した力が消えるわけではありません。でも、全部がふいごの風になるわけでもない。熱や音や揺れに変わって、使いたい形では残らなくなるということです。」
小雪は軸を指した。
水車から伸びる棒が、ぎこちなく動いている。木と木が擦れ、きし、きし、と音を立てていた。
「水の流れが回転になり、回転が棒を動かし、棒がふいごを押し、ふいごが風を送ります。でも、そのたびに少しずつ別の形へ変わる。」
「だから、全部そのまま風にはならない。」
「はい。」
ベルは少し考えた。
「当たり前だな。」
「当たり前ですか。」
「一〇〇%伝わる方がおかしいだろ。」
小雪は、その言葉に瞬きをした。
一〇〇%伝わる方がおかしい。
ベルは炉を見ながら続ける。
「軸は擦れる。木は歪む。革は伸びる。空気は漏れる。人の手で作ってるんだ。抵抗だって削ぎきれねぇ。全部きれいに渡るわけがねぇ。」
「はい。」
「何も逃げず、何も足さず、それでずっと回り続けるなら、それこそ永久機関だろ。」
「はい。」
「そんな都合のいいもん、あるわけねぇ。」
小雪はベルを見た。
汗が首筋を流れている。
炉の熱を受けた肌は、少し赤い。
けれど、目は真剣だった。
ベルは実務で理解する。
机上の理論ではなく、手で、音で、熱で、木の歪みで分かる。
「ベル。」
「何だ。」
「その通りです。」
「何が。」
「一〇〇%伝わる方がおかしい。」
「そりゃそうだろ。」
「世界は、見えていないだけで、抵抗で溢れています。」
ベルは眉を寄せた。
「急に詩みたいなことを言うな。」
「詩ではありません。」
「じゃあ何だ。」
「観測です。」
「難しくなってきたな。」
小雪は炉を見る。
火が揺れている。
水車が回る。
力は伝わる。
けれど、逃げる。
消えたように見えても、別の形で広がっていく。
熱。
音。
揺れ。
摩擦。
使いたい形では、残らない。
一度使われたものが、すべて元の形にそのまま戻る方がおかしいのだ。
小雪は、しばらく炉の火を見ていた。
あの話を聞いた時には、ただ事実として理解した。
けれど。
こうして目の前で見れば、むしろ当然のことだった。
「力を使うものは、同じなのだと思いました。」
「同じ?」
「形を変えて使います。でも、完全には受け継がれません。必ず少しずつ逃げます。だから、いつか止まります。」
「止まるなら、油を差せばいい。」
ベルは即答した。
小雪は、静かにベルを見つめた。
「油。」
「軸を直す。歪みを取る。革を張り直す。逃げる分を減らす。止まったら、また動かす。」
「……。」
「何だよ。」
「ベルらしいです。」
「悪いか。」
「悪くないです。」
ベルの顔が赤くなった。
上半身を脱いでいるので、赤くなる範囲が広い。
小雪はそれを見た。
「赤いです。」
「炉のせいだ。」
「首まで。」
「炉のせいだ。」
「耳も。」
「炉のせいだ。」
「初心なハートも。」
「それはおまえのせいだ!」
「敬語。」
「それはあなたのせいです!」
ガドがまた笑った。
「今日は火より兄ちゃんの方がよく燃えるな。」
「燃えてねぇ!」
「燃えています。」
「小雪!」
「放熱効率が。」
「そこへ戻るな!」
ロイが水車の軸を見ながら言った。
「しかし、力が逃げるなら、逃げるところを減らせばいいわけですな。」
「そうだ。」
ベルはすぐに作業へ戻った。
顔は赤いままだが、目は真剣だ。
「まずは軸受けだ。今は木と木が直接擦れてる。油を差しても限界がある。硬い木を当てるか、いずれ金属を使いたい。」
「金属加工が必要です。」
小雪が言う。
「だから炉だ。」
「炉には炭が必要です。」
「だから炭だ。」
「順番ですね。」
「そうだ。」
「ベルは順番が上手です。」
「人前で褒めるな。」
「なぜですか。」
「俺が止まる。」
「止まるなら、油を差しますか。」
「俺は水車じゃねぇ!」
「敬語。」
「私は水車ではありません!」
「変です。」
「知ってる!」
火は、少しずつ強くなった。
水車ふいごはまだ弱い。
それでも炭は赤く光り、炉の中には小さな熱の芯ができている。
ガドが鉄片を入れた。
しばらく待つ。
鉄片の端が赤くなる。
前より早い。
「おお。昨日よりいい。」
ガドが火ばさみで鉄を取り出し、金床へ置く。
かん。
槌が落ちる。
かん。
鉄片が少し伸びる。
小雪は、それを見ていた。
火。
鉄。
槌。
手。
水車。
風。
すべてがつながっている。
一〇〇%ではない。
それでも、つながっている。
逃げる力を少しずつ減らしながら、次へ渡す。
文明は、そうやって進むのかもしれない。
昼過ぎ、作業は一度止まった。
ベルが本当に倒れそうだったからである。
本人は否定した。
「倒れねぇ。」
「顔が赤いです。」
「炉のせいだ。」
「汗が多いです。」
「暑いからだ。」
「水を飲んでください。」
「飲む。」
「座ってください。」
「大丈夫だ。」
「ベル。」
小雪は袖の鈴を持った。
ちりん。
ベルが反射的にこちらを見る。
「何だ。」
「座ってください。」
「鈴で命令するな。」
「緊急です。」
「何が。」
「ベルが熱いです。」
ベルが止まった。
ガドが吹き出す。
ロイも肩を震わせた。
「……小雪。」
「はい。」
「言い方。」
「身体が熱いです。」
「もっと悪い!」
「放熱が間に合っていません。」
「説明しなくていい!」
「では、水を。」
小雪は水筒を差し出した。
ベルは顔を赤くしたまま、それを受け取る。
「……飲む。」
「はい。」
「座る。」
「はい。」
「だから、その鈴をしまえ。」
「はい。」
ベルは木陰へ座った。
上半身はまだ裸である。
汗が肩を伝い、日差しを受けて光る。
小雪はじっと見た。
「見るな。」
「見ていません。」
「見てる。」
「観測です。」
「同じだ。」
「水を飲むベル。」
「記録するな。」
「良い身体のベル。」
「だから記録するな!」
「敬語。」
「記録しないでください!」
小雪は記録用紙を閉じた。
ベルは水を飲む。
喉が動く。
小雪はそれを見た。
「ベル。」
「何だ。」
「喉も動きます。」
ベルが水を噴きかけた。
「当たり前だろ!」
「水車のように。」
「俺の身体を全部機械にするな!」
「人体文明。」
「やめろ!」
ガドが完全に笑い崩れた。
ロイも木材へ寄りかかって笑っている。
ベルは顔を真っ赤にして、水筒を握りしめた。
けれど、不思議と本気で怒ってはいない。
疲れている。
照れている。
そして、少し楽しそうでもある。
小雪は、それを見て安心した。
実家から戻った日常。
水車。
炉。
炭。
ベルの怒る声。
村人たちの笑い声。
悪くない。
とても、悪くない。
夕方、山の家へ戻る頃には、ベルは再び服を着ていた。
少し残念である。
小雪はそう思ってから、自分で首を傾げた。
残念。
何が。
観察対象が隠れたから。
たぶん。
分類は、保留。
家に戻ると、ベルはすぐに台所へ向かった。
「今日は簡単にするぞ。」
「はい。」
「炉の前にいたから疲れた。」
「はい。」
「魚はない。」
「まだ言っていません。」
「言いそうだった。」
「今日は肉がいいです。」
「肉も少ねぇ。」
「では魚。」
「だから、ねぇ。」
小雪は作業台へ向かった。
今日の記録を書く。
火力文明進捗。
一、炭、薪より火力が安定。
二、水車ふいご、改良継続。
三、力は途中で逃げる。
四、摩擦、抵抗、音、揺れ、熱。
五、一〇〇%伝わる方がおかしい。
六、止まるなら、油を差す。
七、軸受け、重要。
八、ベル、炉前で上半身露出。
九、放熱効率、向上。
十、ベル、良い身体。
十一、ベル、格好いい。
十二、引き続き火山は禁止。
小雪は眺めた。
かなり重要な記録である。
ベルが鍋をかき混ぜながら、声をかけてきた。
「小雪。」
「はい。」
「今、すごく嫌な気配がした。」
「気配。」
「何を書いた。」
「火力文明進捗です。」
「見せろ。」
「はい。」
小雪は紙を渡した。
ベルは読んだ。
一から七までは、真面目な顔だった。
八で止まった。
九で眉間へ皺が寄った。
十で顔が赤くなった。
十一で完全に固まった。
十二で少し戻った。
「……小雪。」
「はい。」
「八から十一を消せ。」
「なぜですか。」
「火力文明進捗じゃねぇ。」
「炉前の放熱と、士気向上に関係があります。」
「士気って何だ。」
「ガドとロイが笑いました。」
「俺の犠牲でな。」
「仲間の空気が和みました。」
「俺の犠牲でな!」
「ベルも楽しそうでした。」
「楽しくねぇ!」
「敬語。」
「楽しくありません!」
小雪はベルを見た。
「格好いいも消しますか。」
ベルは動きを止めた。
「……。」
「消しますか。」
「……。」
「ベル。」
「そこだけ。」
「はい。」
「小さくしろ。」
「消さないのですか。」
「小さくしろ。」
「はい。」
小雪は十一を書き直した。
ベル、格好いい。
小さい。
かなり小さい。
だが、残っている。
ベルは紙を返し、鍋の方へ向かった。
耳が赤い。
「小雪。」
「はい。」
「人前で言うな。」
「家では。」
ベルは黙った。
「言っていいですか。」
「……たまにだ。」
「はい。」
小雪は紙を見た。
逃げる力。
止まる水車。
油を差すベル。
炉の熱。
上半身。
格好いい。
科学文明は進んでいる。
たぶん、恋愛のようなものも少し進んでいる。
ただし、それはまだ記録しない。
小雪はペンを置いた。
台所から、スープの匂いがする。
外では夏の虫が鳴いている。
炉の熱は遠ざかり、山の家には、いつもの夕方が戻ってきていた。
ベルが鍋を持ってくる。
「飯だ。」
「はい。」
「熱いから気をつけろ。」
「はい。」
「本当に気をつけろよ。」
「はい。」
「返事がいい時ほど。」
「信用ならない。」
「分かってるなら気をつけろ。」
小雪はスープを受け取った。
湯気が上がる。
火の熱。
逃げなかった熱。
ベルが運んできた熱。
「ベル。」
「何でしょうか。」
「今日も文明が進みました。」
「ああ。」
「ベルも燃えました。」
「燃えてねぇ。」
「でも、格好よかったです。」
ベルは椅子に座り損ねた。
「だから、そういうのを急に言うな!」
「家では、たまに言っていいと。」
「今すぐ使うな!」
「善処します。」
「信用ならねぇ!」
小雪は少し笑った。
ベルも顔を赤くしたまま、それでも少しだけ笑った。
水車は止まるかもしれない。
炉も冷えるかもしれない。
力は、途中で逃げる。
それでも。
止まったら、油を差す。
歪んだら、直す。
冷えたら、また火を入れる。
ベルは、そういう人だ。
小雪はそれを、まだ言葉にはしない。
ただ、スープを一口飲んだ。
熱かった。
でも。
悪くない熱だった。




