表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/29

第二話 三下くん、採用される

 翌朝、小雪は鉄芯を握り潰した。


 ぐにゃり、と音がして、巻きかけの銅線ごと鉄の棒が歪む。


 小道具屋で買ったよく分からない機械から、さきほどやっと巻き取った銅線だったというのに。

 今は、そのよく分からない機械よりも、さらによく分からない物体に降格している。


 小雪は、しばし考えた。


 力を入れすぎた。


 いや、違う。

 そもそも、銅線が綺麗に巻けないのが悪い。


 昨日、王城から山の家へ戻る途中で、小雪は思い出した。


 そうだ。

 名前。


 電磁石だ。


 理科の授業で、確か実験した。


 鉄に銅線を巻く。

 電気を通す。

 磁石になる。


 それだけだ。

 たぶん、それだけだった。


 魔法によらず鉄を引き寄せる力を作れるなら、応用できることはきっと多いに違いない。

 モーターとか、発電にも、もしかしたら近づけるかもしれない。


 つまり、作ってみて損はない。

 しかも簡単そうだ。


 小雪は元々文系脳で、しかもこちらの世界に召喚されるまでの高校一年の春までの知識しかない。

 現代科学に対する知識も理解も、かなりあやふやである。


 けれども、成さなければならない。


 魔法を使わない力。


 つまり、科学技術の振興。


 一番の問題は、小雪の手先が、あまり言うことを聞かないことだった。


 魔法ならできる。

 大体の形で家を直すことも、昨日のように大きな魔物を吹き飛ばすこともできる。


 だが、細い銅線を一定の間隔で鉄芯に巻くことはできない。


 できない。


 ……できなかった。


「不愉快。」


 小雪は、潰れた鉄芯を作業台の上に置いた。

 作業台には、潰れた鉄芯がすでに三本並んでいる。


 一本目は、銅線を巻く前に曲がった。

 二本目は、二巻き目で歪んだ。

 三本目は、鉄芯の方は無事だったが、銅線が千切れた。


 そして四本目が、今、全体的に可哀想な形になった。


 小雪は新しい鉄芯を手に取った。


 その時、外から馬の蹄の音が聞こえた。


 こんな山奥に来る人間は限られている。


 王城の事務官。

 迷った商人。

 死にたい盗賊。


 小雪は扉の方を見た。

 ほどなくして、外から声がした。


「コユキ!」


 この声は、もしや昨日の三下だろうか。


 なぜ呼び捨てなのだろう。

 しかも名字ではなく名前。


 この世界の貴族界には、勇者を隣の席に座った親友とでも勘違いする文化でもあるのだろうか。


 小雪はもちろん返事をしなかった。


「おい、コユキ。いるんだろ。俺だ。ヴェルヴァルドだ。」


 小雪は、潰れた鉄芯を見た。

 残念ながら、これはもう使えない。


「昨日の件で来た。」


 小雪は新しい鉄芯を作業台に置いた。

 銅線の端を固定しようとする。


 ずれる。


「王城から正式な書状も預かってる。というか、押しつけられた……。俺はまだ納得してねぇけど、し、仕方ないから来てやった。決しておまえが心配とか、会いたいとか、そういう気持ちではなくてだな……。」


 小雪は銅線を巻いた。


 一巻き目はよかった。

 二巻き目で斜めになった。

 三巻き目で重なった。

 四巻き目で指が滑った。


「おい、聞いてんのか。」


 小雪は、しばし考えた。


 なんかうるさい。

 作業に集中できない。


 そうか。


 扉の外で、何かが何かを言っている。


「お、おい、勝手に入るぞ。いいな。」


 扉が開いた。


 金髪の青年が入ってくる。


 昨日と同じように、服は上等だった。

 昨日より、髪がきっちり後ろへ撫でつけられている。


 なぜだろう。


 全体的に、決めてきた感じがした。

 そして、昨日より少し緊張していた。


 片手には、王家の封蝋がついた書状を持っている。


 作業台の前で鉄芯を握り潰す小雪を見て、青年は止まった。


「……朝から何してんだ、おまえ。」

「作業です。」

「見りゃ分かる。」

「なら聞くな。」

「いや聞くだろ!」


 青年はそう言ってから、はっとしたように咳払いをした。


「……すまん。驚いたか。」

「いえ。まったく。」


 小雪はまた銅線を巻いた。

 ずれた。


 小雪は無言で鉄芯を握った。


「待て待て待て。なんで今、握り潰そうとした。」

「失敗したので。」

「失敗したら握り潰すな。」

「不愉快なので。」

「理由が幼児か。」


 この男、なかなか突っ込み体質である。


 チワワかな。

 よく吠えるところと毛並みが、似ていなくもない。


「……忙しいので帰っていただいてもいいですか。」


 青年は不思議そうな顔をした。

 不機嫌そうな表情でなければ、やくざ崩れ感も大分薄くなるらしい。


 なんとなく、そう思った。


「俺はおまえの助手をやるんじゃないのか?その話をしに来たんだが……。」


 そこで小雪は、やっと昨日のことを思い出した。

 そして、思い出したと同時に反省した。


 褒美って、返品できるのかな。


「たしかに、これくださいって言いましたね。」

「おう……。」


 青年は片手で顔を覆った。

 耳が少し赤い。


 やはり熱があるのかもしれない。


 青年は持っていた書状を開いて、小雪に渡した。

 小雪は中身を確認する。


『国王陛下の名において、グランツ公爵家次男ヴェルヴァルド・グランツ卿に命ずる。

勇者コユキ・ハルノ殿より、昨夜の式典における褒賞について、同卿に関わる申し出があった。

ついては、同卿は勇者殿の滞在地へ赴き、申し出の詳細と今後の扱いについて、勇者殿本人と協議せよ。』


 なるほど。


 あの後、小雪は「それじゃ」と言って、とりあえず腹ごしらえのために帰ったが、なんか色々あったのだろう。

 そして今日、この三下がここへ来たと。


 小雪は、昨日の勢いを再度反省した。


 クーリングオフって二週間だっけ。


「……でも俺は、王命だから来たんじゃねぇからな。」

「そうですか。」

「いや、王命もあるけど。」

「では王命で来たのでは。」

「違う。いや、違わねぇけど違う。」

「難しいですね。」

「おまえが難しくしてんだよ!」


 青年はまた咳払いした。


 大変忙しい。

 怒ったり、赤くなったり。


 病気なのかな。


 小雪の感情が乏しいせいだろうか。


 いや、多分違う。

 この突っ込み体質のせいだろう。


「というか、初対面の人間に大分失礼ですね。」

「おまえが言うな。初対面の人間をこれ呼ばわりしただろうが。」

「……今は人として認識しています。」

「最初からしろ。」


 小雪は、目の前の青年をじろじろ見た。文字通りじろじろ。


 ふむ。


 背が高い。

 なかなか力もありそうだ。


 ……ハンマーやプレス機として使えるだろうか。


「……なんかおまえ、不穏なことを考えてないか。」

「いえ、まだ人の形を保っています。今は。」

「なんだそれ。すごい失礼なこと言ってないか。」


 そこで小雪は、ふと思い出した。


 昨日、結構な危機的状況だったにもかかわらず、この青年から魔法反応を感じなかった。


「少し触っても?」

「なななななななに言って!」


 なんか歌が始まるのかと思った。

 なんだ、なななななななって。


 まあいいか。


「触ります。」


 小雪は青年の腕を取った。

 一瞬びくりと肩が竦むが、振りほどかれはしなかった。

 そのまま、ゆっくりと自分の掌を彼の手の甲に合わせる。


 小雪は、内心で静かに驚いた。なるほど、そういうことか。


「……魔回路が未形成ですね。」

「……悪いか。」


 青年はばつが悪そうな顔をして、静かに小雪の手を離した。


「あなた、魔法が使えないんですね。この国の貴族にしては珍しい。」

「だからなんだ。粗悪品だから返品するって?」


 青年の声が低くなる。

 三下感が増した。


 小雪は、ふむ、と顎に手を当てて考えた。


 悪くない。


「いえ。返品は止めました。しばらく試用期間にします。」

「試用期間。」

「はい。」

「俺を?」

「はい。」


 よし。


 これで多分、決めなければならないことは一旦終わった。


 小雪は唖然とする青年を置いて、作業台に向き直った。


 会話をしていると、作業が進まない。

 いや、進んでいないのは会話のせいではないかもしれないが。


「おい、試用期間ってなんだよ。」


 小雪は次の鉄芯を取り出した。


 集中しなければ。


 チワワの置き場所はまた後で考えよう。


 銅線を巻く。

 ずれる。

 巻き直す。

 またずれる。


 青年は、声を掛けることを諦めたのか、小雪の手元をしばらく黙って見ていた。

 そして、見るに見かねたように眉を寄せた。


「……おまえ、不器用だな。」

「やっぱり帰ってください。」

「悪かった。事実を言いすぎた。」

「帰ってください。」

「分かった。黙るから。」


 青年は、作業台の端に置いてあった別の鉄芯と銅線を手に取った。


「これ、巻けばいいのか。」

「触らないでください。」

「暇なんだよ。」

「お帰りになられては。」

「帰らねぇ。」

「なぜ。」


 小雪は青年を見た。


 青年は一瞬黙った。

 それから、少し顔を赤くしたまま言った。


「……試用期間って言っただろ。」

「たしかに。」


 自分の言ったことには責任を持たなければならない。

 それが大人である。


 しかし、昨日の自分は許せない。


 なんだろう。


 お腹が空きすぎておかしくなっていたのかな。


「助手の仕事って、具体的に何するんだ?おまえの真似をすればいいのか?」


 そう言いながら、青年は手元を見やる。

 それから、銅線の端を器用に押さえ、鉄芯に巻き始めた。


 一巻き。

 二巻き。

 三巻き。


 銅線は、隙間なく、重ならず、同じ角度で鉄芯に沿って並んでいく。


 小雪の手が止まった。


 青年は気づかずに巻き続けている。


 指先の動きに迷いがない。

 力の入れ具合も一定。

 線の張りも緩まない。


「巻く幅はこれでいいのか?」

「……。」

「おい。聞いてるか。」

「……。」

「コユキ?」


 小雪は、しばし考えた。


 これは、使える。


 かなり使える。


「採用。」

「はい?」

「あなたを助手として正式採用します。」


 青年の手から、鉄芯が落ちかけた。


「正式採用?」

「はい。」

「俺が?」

「はい。」

「なんで?」

「それ。」


 小雪は、彼の手元の銅線を指さした。

 青年は自分の手元を見て、もう一度小雪を見た。


「……俺の人生、銅線の巻き方で決まったのか?」

「はい。」

「重いな、銅線。いや、軽いな俺の人生……。」


「通勤が難しければ、このあたりに住んでください。」


 小雪がそう言うと、青年はなぜか耳まで赤くなった。そしてなぜか咳払いまでした。


「そ、それはつまり……。」

「作業効率が上がるので。」

「……作業効率。」

「この家に住んでもいいです。」

「住っ……。」


 青年は言葉を詰まらせた。


 顔が赤い。

 呼吸も少しおかしい。


 小雪は、しばし考えた。


 やはり病気かもしれない。


「それは、まさか、ど、ど、ど、同棲ということか?」

「解釈は一任します。」

「いや、そこは一任するな。」


 小雪は、青年の巻いた鉄芯を手に取った。


 綺麗だった。

 とても綺麗だった。


 小雪が四本失敗して一本も完成させられなかったものを、彼は何となく手に取って完成させた。


 小雪は頷いた。


「雨降って地固まる。いや、災い転じて福となる?」

「何だそれ。」

「昨日の自分の評価を改めていました。」

「……なんだそれ。」


 小雪は青年をもう一度、上から下まで眺めた。

 彼は居心地悪そうに視線を逸らした。


 悪くない。

 悪くはないが。


 小雪は手招きした。

 近くへ来い、という動作だった。


 青年は一瞬、固まった。

 それから、明らかに動揺しながら近づいてくる。


「な、なんだよ。」

「頭を下げてください。」

「は?」

「届きません。」

「何が。」

「頭。」


 青年は、しばらく小雪を見ていた。

 それから、妙にぎこちなく身を屈める。


 小雪は手を伸ばした。

 きっちり後ろへ撫でつけられていた金髪に、指を差し込む。


 くしゃ。


 前髪を崩した。

 さらに、くしゃくしゃと軽く乱す。


 青年は動かなかった。

 目を見開いたまま、完全に固まっている。


 小雪は手を離し、少し離れて彼を見た。


 後ろへ撫でつけられていた髪がほどけ、額に金色の前髪が落ちている。


 先ほどより、かなりましだった。

 顔は真っ赤だったが。


 やはり熱があるのではないだろうか。


 だが、手先は器用だ。

 多少の発熱は、採用に支障ない。


「これで三下感が少し減りましたね。」

「……その三下ってなんなんだよ。昨日から。」


 小雪はそれを無視して、しばし考えた。


「あなた、いくつですか。」

「十九だけど。」

「成人していますね。問題ないでしょう。」

「一体何が問題ないんだよ……。」

「私は二十三です。敬いなさい。」

「おまえ二十三なのか!?」


 青年は思わず声を上げた。


 そんなに驚くことだろうか。

 失礼な。


「年下かと思ってた……。」

「おい、三下。年上を敬え。敬語を使え。」

「年下でいらっしゃるかと思ってマシタ。」


 これは調教が必要そうだ。

 敬語もおかしい。


 小雪は新しい鉄芯と銅線を差し出した。


「では、ベル。」

「誰だ。」

「あなたです。」

「勝手に略すな。」

「ヴェルヴァルドは長いです。」

「長くねえ。由緒ある名だ。」

「ベル。」

「聞け。」

「敬語。」

「……勝手に縮めないでください。」

「ベル、続きを巻いてください。」


 小雪は再度鉄芯と銅線を青年の方へ差し向けた。


 青年はそれを見て、口をわずかに開いたまま小雪を見た。


 そして、少し目線を下げた後、なぜか少しだけ口元を緩めた。なんか頬も赤い。


「……仕方ねぇな。」

「敬語。」

「仕方ありませんね。」

「変。」

「うるせぇ。」

「敬語。」

「うるさいです。」

「それでいいです。」

「いいのかよ。」


 ベルは文句を言いながら、鉄芯を受け取った。

 その指先は、やはりとても器用だった。


 小雪はしばらくそれを見ていた。


 銅線が、鉄芯へ規則正しく巻かれていく。


 一巻き。

 二巻き。

 三巻き。


 魔法ではない。

 詠唱もない。

 魔素も動かない。


 それなのに、形ができていく。


 小雪は少しだけ、目を細めた。


 この男、なかなか使えそうである。


「ベル。」

「何だ。」

「あなた、料理はできますか。」


 ベルの手が止まった。


「は?」

「昨日の晩餐会では、ごはんを食べ損ねました。」

「……。」

「今朝も食べていません。」

「……。」

「天井に張り付いた料理は、食べない方がいい気がしました。」

「待て。」


 ベルが鉄芯を作業台に置いた。


「おまえ、昨日の夜から何も食ってねぇのか。」

「豆を少し齧りました。」

「それは飯じゃねぇ。」

「では、豆です。」

「そういう意味じゃねぇよ!」


 ベルは立ち上がった。

 家の中を見渡す。


 散らばった紙束。

 割れた瓶。

 曲がった鉄芯。

 天井に張り付いた焦げ。

 鍋。

 煤。


 復元されたが、生活の気配より実験事故の気配が濃い部屋。


 ベルの顔から、赤みが少し引いた。


「……台所は。」

「あちらです。」

「……食材は。」

「豆があります。」

「……他には。」

「粉。」

「食える粉か。」

「分類上は。」

「分類上って何だ。」

「実験用です。」

「それは食うな。」


 ベルは額を押さえた。


「……俺、助手としての採用なんだよな。」

「はい。」

「なのに初仕事が飯か。」

「重要です。」

「……重要だな。」


 ベルは深く息を吐いた。


「分かった。何か作る。」

「作れるのですか。」

「……作れる。」

「採用してよかったです。」

「銅線の次は飯で評価か。これは大分先が長そうだな……。」


 ベルは少し疲れた様子で台所へ向かった。

 途中で、天井に張り付いた焦げを見上げる。


「……あれは。」

「一昨日のごはんです。」

「ごはんだったものだろ。」

「今朝の候補でもありました。」

「候補から外せ。」

「分かりました。」


 小雪は素直に頷いた。


 ベルは台所から鍋を持ってきて、まずそれを洗い始めた。

 それから水を汲み、火を起こし、豆を選り分けた。


 手際がいい。随分慣れた動きに見える。


 小雪は作業台の前に座ったまま、それを見ていた。


 銅線も巻ける。

 火も起こせる。

 豆も選べる。

 料理もできるらしい。


 非常に有用だった。


「ベル。」

「今度は何だ。」

「採用してよかったです。」

「……二度目だな。」

「はい。」

「……そうかよ。」

「敬語。」

「そうでございますね。」

「変。」

「うるせぇ。」

「敬語。」

「うるさいです。」


 ベルは文句を言いながら、鍋に豆を入れた。


 小雪は作業台の上の巻きかけの鉄芯を見た。


 これは、なかなか良い拾い物をした。


 残り物には福があるというが、これはこの世界の神からの贈り物、いや、貢物かもしれない。


 小雪は空きすぎたお腹を撫でながら考えた。


 魔法を使わない力。

 科学技術の振興。


 その第一歩に必要だったものは、鉄でも銅でも電気でもなく、まずは豆を煮られる三下だったらしい。


 山の家に、豆の煮える匂いが広がり始める。


 小雪は、もう一度作業台の上の綺麗に巻かれた鉄芯を見た。


 まだ磁石にはなっていない。


 まだ何も動いていない。


 けれど、何かが少しだけ動き始めた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ