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第十四話 水車と夫婦疑惑

 小型水車は回った。


 そして、流された。


 ベルはそれを冷静に失敗と呼んだが、小雪は成功と失敗の混合であると判断した。


 魔法なしで回った。川の流れだけで回った。


 しかし、流された。


 つまり、回転には成功。


 固定には失敗。


 小雪がそう記録すると、ベルは少しだけ考えたあと、頷いた。


「まあ、それなら間違ってねぇな。」

「では、成功です。」

「固定には失敗だ。」

「混合。」

「そうだな。」

「文明は混合。」

「何でも文明にするな。」

「敬語。」

「何でも文明にしないでください。」


 ベルは作業台の上に、小型水車を置いた。


 羽根が一枚曲がり、支柱も少し削れている。軸もわずかにぶれていた。


 だが、形は残っている。


 ベルは腕を組み、眉間に皺を寄せたまま水車を眺めた。


「大きくする前に、木工に詳しいやつを入れた方がいい。」

「ベルでは駄目ですか。」


 小雪は首を傾げた。


「ベルは、とても有能です。」


 ベルは少し黙った。


 琥珀色の目が、一瞬だけ揺れる。


「……できるか、できねぇかで言えば、できる。」

「では。」

「だが、早く安全に作るなら、人手と道具がいる。俺一人で全部やるより、木を扱い慣れた職人を入れた方がいい。」

「職人。」

「村に木工のじいさんがいるだろ。農具や家具を直してる。」

「はい。」

「水車の軸や羽根は、ああいうやつの方が木の癖を知ってる。俺は図面と構造を見る。職人には、実際の木を見てもらう。」


 小雪は、暫し考えた。


「ベルは、人を使うのも上手ですね。」

「言い方。」

「違いますか。」

「違わねぇが、なんか響きが悪い。」

「では、人を頼るのが上手ですね。」


 ベルは少しだけ視線を逸らした。


「……それは、どうだろうな。」

「苦手ですか。」

「昔は苦手だった。」

「今は。」

「必要なら、頼らなきゃならねぇと思ってる。」

「成長。」

「おまえに言われると、すごく変な気分だな。」

「敬語。」

「変な気分です。」


 小雪は頷いた。


 ベルは怒る。照れる。料理をする。髪を拭く。川に落ちる。水車を作る。


 そして、人を頼る。


 分類がまた増えた。


「書くな。」

「まだ何も。」

「顔で分かる。」

「ベルは私の顔が好きですね。」


 ベルは作業台に手をぶつけた。


「痛そうです。」

「痛くねぇ。」

「敬語。」

「痛くありません。」


 小雪は少しだけ口元を緩めた。


 ベルはその顔を見て、また少し赤くなった。





 村の木工職人は、ロイという名の老人だった。


 老人とはいっても背筋はまだしっかりしており、太い腕には長年木を扱ってきた人間らしい筋が浮いている。

 村の椅子、桶、農具、壊れた戸から子どもの木馬まで、木でできたものは大抵ロイが直しているらしい。


 工房へ入ると、木と油の匂いがした。


 ロイは丸太に腰掛け、木槌を手にしていた。


「おお、勇者さま。今日は爆発じゃなくて、木ですかい。」

「はい。木です。」

「それは穏やかでいいですなぁ。」


 ロイは声を上げて笑った。


 それから、隣にいるベルを見て目を細める。


「で、そちらが噂の助手さんか。」

「ベルです。」


 小雪が答えた。


「常駐しています。」


 ベルが一瞬で小雪の方を向いた。


「小雪。」

「はい。」

「紹介。」

「ベルです。」

「足りねぇ。」

「研究補佐官です。」

「それも足りねぇような、足りてるような。」


 ロイは楽しそうに笑った。


「常駐の研究補佐官。なるほどなるほど。」


 なぜか、ベルの隣から妙な緊張感が伝わってくる。


 ロイは木槌を置くと、二人を交互に見た。


「つまり、一緒に住んでるわけですな。」

「はい。」

「おい。」


 小雪はベルを見る。


「違いましたか。」

「違わねぇけど、なんか言い方があるだろ。」

「同じ家で生活しています。」

「もっと悪い!」

「悪いですか。」

「悪くはねぇけど!」


 ロイは腹を抱えて笑った。


「いやぁ、勇者さまも良い旦那を見つけましたな。」


 ベルが噴いた。


 今度は水ではない。


 息だった。


「旦那じゃねぇ!」

「敬語。」

「旦那ではありません!」

「そうかい?」


 ロイはにやにやしている。


 小雪は淡々と訂正した。


「夫婦ではありません。」


 ベルが、少しだけ安心した顔をした。


 小雪は続ける。


「今は、助手です。」


 ベルが停止した。


 工房の空気も、一瞬止まった。


 ロイが目を丸くし、それから腹を抱えて笑い出す。


「今は!」

「小雪!」

「はい。」

「今はって何だ!」

「現時点での事実を追加しました。」

「不用意なものを足すな!」

「未確定なものを除き、現在の事実を重ねました。」

「事実の問題じゃねぇ! 言い方と状況があるだろ!」

「敬語。」

「言い方と状況をお考えください!」

「何か変です。」

「おまえのせいだ!」

「敬語。」

「あなたのせいです!」


 小雪は、暫し考えた。


「では、修正します。」

「最初からそうしろ。」

「夫婦ではありません。助手です。」


 ベルは胸を押さえた。


「……遅い。」

「遅かったですか。」

「遅かった。」

「敬語。」

「遅かったです。」


 ロイはまだ笑っている。


「いやぁ、若いっていいですなぁ。」

「違う!」

「敬語。」

「違います!」

「しかし、息はぴったりじゃないですか。」

「どこがだ!」

「敬語。」

「どこがですか!」


 小雪はベルを見上げた。


 ベルは真っ赤である。


 小雪は少し不思議に思った。


 夫婦ではない。

 これは事実である。


 ベルは助手であり、研究補佐官であり、生活文明担当であり、髪文明担当であり、鈴を鳴らすと来る人間であり、料理が上手くて、手が温かい人だ。


 夫婦ではない。


 なのに。


 ベルが全力で「旦那ではありません」と否定した瞬間、胸の奥が少しだけ鳴った気がした。


 ちりん。


 鈴は鳴っていない。

 袖の中で、静かにしている。


 では、今の音は何だろう。


 小雪は自分の胸元を見た。


「どうした。」


 ベルが気づいた。


「何でもありません。」

「本当か。」

「はい。」

「ならいいけど。」


 まだ赤い顔のまま、ベルは小雪の様子を確かめている。


 その視線は、夫婦を否定していた時とは違う。

 いつものベルだった。


 小雪は少し落ち着いた。


 分類は、保留にすることにした。


 ベルは工房の作業台に図面を広げた。


 小型水車。

 川の流れ。

 軸。

 羽根。

 支柱。

 固定用の杭。

 水を逃がすための流れ。


 ロイは最初、面白そうに眺めていた。


 だが、しばらくすると顔つきが変わった。


「ほう。」


 節の太い指が、図面の軸をなぞる。


「この芯がぶれると駄目なんですな。」

「ああ。この前はここがぶれた。羽根の角度も悪かった。水を受けすぎれば回るには回るが、力が逃げる。固定が弱ければ流される。」

「流されたんですかい。」

「流された。」

「ベルが取りに行きました。」


 小雪が補足する。


「川の中で。」

「言うな。」

「濡れました。」

「言うな。」

「前回よりは少し。」

「言うな!」

「敬語。」

「言わないでください!」


 ロイがまた笑った。


「そりゃあ大変でしたな、旦那さん。」

「旦那じゃねぇ!」

「敬語。」

「旦那ではありません!」

「今は助手です。」

「小雪!」

「修正前の名残です。」

「名残を残すな!」


 小雪は頷いた。


 夫婦関連の発言は、ベルの初心なハートに負荷が高い。


 記録したい。

 きっと重要事項だ。


 だが、今は工房である。

 ペンを出すと怒られる。


 小雪は我慢した。


 ベルは気を取り直し、図面へ戻った。


「水を受ける羽根は、このくらいの角度にしたい。真っ直ぐだと受けすぎるし、寝かせすぎれば回らねぇ。あと、軸は水を吸って膨らむ。最初から少し遊びを作らないと固まる。」


 ロイの目が細くなる。


「兄ちゃん、口は悪いが、手と頭は本物だな。」


 ベルが黙った。


 小雪はすかさず言った。


「ベルは、とても有能です。」


 ベルはさらに黙った。


 ロイはにやりと笑う。


「勇者さまのお墨付きなら、間違いねぇ。」

「事実です。」

「小雪。」

「はい。」

「……追撃するな。」

「追撃。」

「今のは、くる。」

「初心なハートに。」

「言うな。」

「瀕死ですか。」

「言うな!」

「敬語。」

「言わないでください!」


 ロイは笑いながら木材置き場へ向かい、数本の板を選んで作業台へ置いた。


「水を受けるなら、この木はやめた方がいい。水を吸って、すぐ歪む。こっちは硬いが重いから、支柱にはいい。羽根なら、軽くて割れにくいこっちですな。」


 ベルはすぐに板を手に取った。


「木目は。」

「この向きなら割れにくい。」

「ああ、なるほど。」

「水に浸けるなら油もいる。完全には防げんが、持ちは変わりますな。」

「油は用意する。軸は硬い木。羽根は軽い木。支柱は太め。」

「杭は真っ直ぐじゃなく、少し斜めに入れた方がいい。川底が石なら、噛ませる形にする。」

「それだ。昨日は真っ直ぐ固定したから、流れに負けた。」


 二人は図面へ身を寄せ、そのまま話し始めた。


 ベルは袖を少し捲り上げ、ロイの説明を聞きながら自分の図面へ線を書き足していく。


 小雪は横で見ていた。


 ベルの顔が変わっている。


 怒っていない。

 照れていない。

 初心なハートも、今は瀕死ではなさそうである。


 ただ、真剣だった。


 ロイの話を聞き、自分の考えを重ね、必要ならすぐに図面を書き換える。


 木の癖。

 水の流れ。

 軸のぶれ。

 羽根の角度。


 それだけの話を、二人はとても楽しそうにしていた。


 小雪は、暫し考えた。


 なぜだろう。

 ベルは、こういう時、かなり格好いい。


 水に濡れている時とは違う。

 筋肉ではない。

 手と頭が、同時に動いている時の格好よさ。


 この分類は、一体どう書けばいいのだろう。


 すると、ベルが顔を上げた。


「書くな。」

「まだ何も。」

「顔で分かる。」

「ベルは私の顔に詳しいですね。」


 ベルは図面へ線を引き損ねた。


「おまえな。」

「はい。」

「今は職人さんの前だ。」

「はい。」

「俺の心臓を乱すな。」

「初心なハート。」

「言うな。」

「敬語。」

「言わないでください。」


 ロイは二人を見て、また肩を揺らして笑った。


「夫婦漫才ですな。」

「違います!」

「今は助手です。」

「小雪!」


 小雪は首を傾げた。


 やはり難しい。


 ロイは、水車作りへの協力を引き受けた。


「面白そうですからな。久しぶりに、作ったことのないものを作れそうだ。」

「助かる。」

「敬語。」

「助かります。」


 ベルは一度小雪を見てから、ロイへ向き直った。


「ただし、仕事として頼む。材料費も手間賃も出す。王室には俺から書類を出す。」


 ロイが少し驚いた顔をした。


「そんな大げさな。」

「大げさじゃねぇ。時間も技術も使ってもらう。無償で巻き込む気はない。」


 小雪はベルを見た。


 人を頼る。

 仕事を分ける。

 給金を払う。


 ベルは、そういう順番も知っている。


 やはり有能。


 小雪が口を開く前に、ベルがこちらを見た。


「今は言うな。」

「まだ何も。」

「顔で分かる。」

「有能。」

「単語で撃つな。」

「敬語。」

「単語で撃たないでください。」


 ロイはまた笑った。


 まずは、小型水車の改良版を作る。

 それが安定して回れば、次は村の川辺にもう少し大きなものを設置する。


 最初の用途は粉挽きではなく、木材を削るための簡単な仕組みと、ふいごの補助にする案になった。


 粉挽きには石臼がいる。

 石臼は重く、加工も大変である。


 その点、ふいごならベルの実験にも鍛冶にも使える。

 火力を安定させられれば、木炭作りや金属加工にもつながるらしい。


「火力。」


 小雪が呟いた。


 ベルがすぐにこちらを見る。


「家を燃やすなよ。」

「まだ何も。」

「顔に出てる。」

「火力顔。」

「増やすな。」

「火力が上がると、金属加工がしやすくなりますか。」

「なる。だが、先に安全な炉だ。」

「炉。」

「そうだ。水車でふいごを動かせるなら、火も安定する。そのためには、燃え広がらない場所を先に作る。」

「項目が多いです。」

「文明は大変なんだろ。」

「はい。」


 ロイが感心したように頷いた。


「助手さん、若いのによく考えてますな。魔法を使わずに、そこまで考えるとは。」


 ベルの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 魔法を使わずに。


 その言葉は、きっとベルに何度も向けられてきた。


 けれど、今回は少し違う。


 ロイの声に哀れみはない。

 軽蔑もない。


 ただ、感心している。


 小雪はベルを見た。


 ベルは少しだけ視線を逸らした。


「……留学先じゃ、こういうのは珍しくなかった。」

「他国ですかい。」

「ああ。魔法があまり発展していない国だ。水車も風車も、歯車もあった。こっちじゃ、あまり見ねぇが。」


 ロイは顎を撫でる。


「ここじゃ、何でも魔法で何とかしますからなぁ。」


 小雪は黙った。


 ベルも黙った。


 ロイは悪気なく続ける。


「領主さまに頼めば、粉挽きも水汲みも、魔法でぱぱっと済む。魔導具もありますしな。まあ、平民には高えですが、祭りや収穫期には魔導士さまも来てくださる。」

「はい。」


 小雪は短く答えた。


「水車は確かに面白い。けど、魔法ですればいいんでは、と言われるかもしれませんな。」


 工房の中が、少しだけ静かになった。


 ロイは気づいていない。


 反対したわけでもない。

 否定したわけでもない。


 ただ、この国ではあまりにも自然な疑問を口にしただけだった。


 魔法ですればいい。


 便利だから。

 早いから。

 そこにあるから。


 小雪は、図面の上の水車を見た。


 魔法なら、すぐに回せる。


 木も削れる。

 火も起こせる。

 粉も挽ける。

 怪我も治せる。


 この国では、それが当たり前だった。


 なぜ、わざわざ魔法以外を使うのか。


 魔法があるのに。


 小雪は静かに黙った。


「小雪。」


 ベルの声がした。


 小雪は顔を上げる。


 ベルがこちらを見ていた。

 さっきまでの照れた顔でも、怒った顔でもない。


 何かに気づいた顔だった。


「はい。」


 小雪は答えた。


「魔法は、早いです。」


 ロイが頷く。


「でしょうなぁ。」

「便利です。」

「ええ。」

「だから、皆、使います。」

「そりゃあ、使えれば使いますな。便利なものは使うもんです。」

「はい。」


 小雪は、それ以上言わなかった。


 言えなかったのではない。

 今、言うことではなかった。


 知らないだけだ。


 そこに悪意があるわけではない。


 ただ、そこにある便利なものを使っているだけである。


 小雪は袖の中の鈴へ触れた。


 鳴らさない。

 今は、鳴らす時ではない。


 少しの沈黙のあと、ロイが言った。


「とはいえ、魔法を呼べねぇ時に、自分らで使えるなら便利ですな。」


 小雪は顔を上げた。


 ロイは木材を軽く叩きながら笑っている。


「魔導士さまが来るまで待つのも大変ですし、ちょっとしたことなら自分らで何とかできる方がいい。水だけで勝手に回るなら、それはそれで面白いじゃないですか。」


 小雪は少しだけ息を吐いた。


「はい。」


 思っていたより、静かな声が出た。


「誰でも使えるものが、よいです。」


 ベルは小雪を見ていた。


 だが、何も聞かなかった。


 小雪は、それが少しありがたいと思った。





 帰り際、ロイは改良用の木材をいくつか持たせてくれた。


「まずはこれで試すといい。明日、わしも川へ見に行きましょう。」

「助かる。」

「敬語。」

「助かります。」


 ベルが言い直すと、ロイはまた笑った。


「勇者さま、旦那のしつけが上手いですな。」

「旦那じゃねぇ!」

「今は助手です。」

「小雪!」

「修正が難しいです。」

「難しくねぇ!」

「敬語。」

「難しくありません!」


 ロイは腹を抱えて笑った。


「いやぁ、本当に仲がいい。」

「仲はいいです。」


 小雪は淡々と答えた。


 ベルが固まった。


 ロイも一瞬止まり、それからにやりと笑う。


「ほう。」


 ベルが慌てて小雪を見る。


「小雪。」

「はい。」

「今のは。」

「違いましたか。」

「いや、違わねぇけど。」

「敬語。」

「違いませんけど。」

「では、仲はいいです。」


 ベルは片手で顔を覆った。


「……そういうことを外で言うな。」

「家ならいいですか。」

「家でも死ぬ。」

「初心なハートが。」

「言うな。」

「瀕死。」

「言うな!」

「敬語。」

「言わないでください!」


 ロイは涙を拭きながら笑っていた。


 工房を出ると、村の道には夕方の光が差していた。


 小雪は木材の一部を持とうとしたが、ベルに止められた。


「おまえは軽いのだけ持て。」

「持てます。」

「知ってる。」

「では。」

「握り潰すな。」

「木は櫛より丈夫です。」

「そういう問題じゃねぇ。」

「敬語。」

「そういう問題ではありません。」


 ベルは重い木材を肩へ担ぎ、小雪には紐と小さな板だけを持たせた。


 二人は並んで歩き出す。


 途中、何人かの村人に声をかけられた。


「勇者さま、今日は助手さんとお仕事ですか。」

「はい。」

「仲良しですなぁ。」

「はい。仲はいいです。」


 ベルが隣で小さくよろめいた。


「小雪。」

「はい。」

「もう少しだけ言い方を考えろ。」

「事実です。」

「事実が一番危険な時もある。」

「危険物。」

「そうだな。」

「箱に入れますか。」

「入れるな。」


 村を出る頃には、ベルの耳はまた赤くなっていた。


 小雪は不思議だった。


 夫婦ではない。

 今は助手。


 これは事実である。


 けれど、仲はいいと言うと、ベルは赤くなる。

 それも事実のはずだ。


 村人は笑う。

 ベルは慌てる。


 そして小雪の胸の奥では、また時々、小さな音がする。


 ちりん。


 鈴は鳴っていない。


 けれど、鈴によく似ていた。


「ベル。」

「何でしょうか。」

「私たち、仲は悪いですか。」


 ベルは足を止めた。


 木材を担いだまま、こちらを見る。


「悪くねぇ。」

「敬語。」

「悪くありません。」

「では、仲はいいですか。」


 ベルは少し黙った。


 それから、視線を逸らす。


「……いいんじゃねぇの。」

「敬語。」

「いいのでは、ないでしょうか。」

「なんか変です。」

「うるさいです。」


 小雪は頷いた。


「では、仲はいいです。」


 ベルは少しだけ息を吐いた。


「……そうだな。」


 耳は赤かった。


 だが、今度は否定しなかった。


 小雪は、そのことを少し嬉しいと思った。


 分類は、まだできない。


 山の家に戻る頃には、空が薄い茜色に染まっていた。


 ベルは木材を作業場へ下ろすと、すぐに仕分けを始めた。


 支柱用。

 羽根用。

 軸用。

 試作用。

 失敗してもいい木。


 小雪は横で見ていた。


「ベル。」

「何でしょうか。」

「職人さんに褒められていました。」

「そうか?」

「はい。手と頭は本物だと。」

「あれは、口は悪いって前置きがあっただろ。」

「たしかに口は悪いです。」

「そこを拾うな。」

「でも、手と頭は本物です。」


 ベルの手が止まった。


 小雪は続けた。


「魔法を使わずに考えるベルは、本当にすごいです。」


 ベルは木材を見下ろしたまま、しばらく黙っていた。


「……すごい、か。」

「はい。」

「俺は、魔法が使えねぇだけだ。」

「敬語。」

「魔法が使えないだけです。」

「だけではありません。」


 小雪は静かに言った。


 ベルが顔を上げる。


「ベルは、魔法が使えないだけではありません。」

「……。」

「魔法がなくても進む方法を知っています。」


 ベルの琥珀色の目が、小雪を見た。


「それは、この国では、とても珍しいです。」


 ベルは何も言わない。


「だから、とても有用です。」

「有用。」

「はい。」


 ベルは少しだけ笑った。


「また道具みたいな褒め方だな。」

「駄目ですか。」

「駄目じゃねぇ。」

「敬語。」

「駄目では、ありません。」


 ベルは、もう一度木材を見た。


「おまえらしい。」

「私らしい。」

「ああ。」


 小雪は、暫し考えた。


「では、ベルは有用で、有能で、仲がいいです。」

「並べるな。」

「重要です。」

「何がだよ。」

「ベル分類。」

「分類するな。」

「敬語。」

「分類しないでください。」

「検討します。」

「やめる気がねぇな。」


 小雪は少しだけ口元を緩めた。


 ベルはそれを見て、また顔を赤くする。


「……本当に、最近よく笑うな。」

「そうですか。」

「ああ。」

「悪いですか。」

「悪くねぇ。」

「敬語。」

「悪くありません。」

「では、笑います。」

「予告するな。」

「なぜですか。」

「身構える。」

「初心なハートが。」

「言うな。」

「瀕死。」

「言うな!」


 小雪は少し笑った。

 ベルは顔を覆った。


 水車は、まだ完成していない。


 小型の試作は流された。

 職人を巻き込んだ。


 次は、固定と羽根と軸の改善である。


 魔法ですればいい。

 その言葉は、小雪の中に静かに残っていた。


 けれど同時に、ロイの言葉も残っている。


 自分たちで使えるなら便利。


 小雪は新しい紙を取り、書き付けた。


 水車文明進捗。


 一、職人ロイ、協力。

 二、ベル、職人に認められる。

 三、木材選定、重要。

 四、軸、羽根、支柱、改善。

 五、魔法ですれば早い。

 六、でも、誰でも使えるものがよい。

 七、夫婦ではない。

 八、「今は」は不適切。

 九、仲はいい。

 十、ベルの初心なハートは村でも瀕死。


 ベルはそれを読んだ。


 長い沈黙のあと、言った。


「七から十を消せ。」

「重要です。」

「重要じゃねぇ。」

「関係性の進捗です。」

「水車文明進捗に入れるな。」

「では、生活文明進捗に移します。」

「移すな。」

「恋にも順番があると、ベルが言いました。」


 ベルは木材を落としかけた。


「それを今出すな!」

「順番の話です。」

「違う!」

「敬語。」

「違います!」


 小雪は鈴に触れた。


 鳴らさない。


 ベルは目の前にいる。


 怒っている。

 赤くなっている。


 けれど、どこか少し嬉しそうにも見えた。


 小雪は、それを少しだけ嬉しいと思った。


 その分類は。


 まだ、できなかった。

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