第2章 相続問題の解決
【親族たちの撤退】
美智子をこれ以上疲弊させるわけにはいかない――。
覚悟を決めた進は、公務員試験対策の講義で憲法や民法を教える合間の時間をすべて使い、この遺産紛争の「終結への段取り」を緻密に組み立て始めた。
進はまず、親族側が立てた弁護士に対し、自らが「伊崎美智子の代理(窓口)」であることを正式に通告した。
これによって、美智子の携帯電話や京都のアパートに直接連絡が入るルートを完全に遮断した。
それだけで、美智子の表情からは目に見えて怯えが消えていった。
相手の弁護士がどれほど威圧的な書面を送ってこようとも、進は全く動じなかった。
数々の悪質なストーカーたちを冷徹に排除してきた経験、そして日々教壇で磨き上げている圧倒的な経験が、ここで牙を剥いた。
進は、叔父の残した不動産の評価額や、親族それぞれの法定相続分、そして過去の特別受益の有無などを徹底的に客観的なデータとして整理し、一覧表にまとめた。
感情論で「俺の取り分が多いはずだ」と騒ぎ立てる親族たちに対し、進は弁護士を通じて、反論出来ないほどに論理的でフェアイメージな「遺産分割案」を突きつけた。
「これ以上の泥沼化は、お互いに弁護士費用と時間の無駄になるだけです。法廷に持ち込んでも、結果はこの分割案から一歩も出ません。事務的に、この段取りで決められるのが賢明です」
進の書面から漂う、凄まじいまでの説得力に、相手の弁護士も「この男は素人ではない」と悟ったのだろう。
金に目を眩ませていた親族たちも、進の理路整然とした突っ込みの前に次々と矛を収め、最後は提示された条件に大人しく署名・捺印せざるを得なくなった。
数ヶ月に及んだ骨肉の争いは、進の見事な差配によって、誰一人として遺恨を残さない形で、平穏に収まったのだった。
【京都の春、再び巡る平穏】
全ての書類の手続きが完了し、銀行の口座から遺産分割の段取りが綺麗に執行された日の夜。
京都市郊外のアパートには、久しぶりに柔らかく、温かいお茶の香りが満ちていた。
「進君……本当に、お疲れ様。本当に、本当に、ありがとう……!」
美智子は、机の上に並んだ「一件落着」を証明する合意書の束を見つめながら、その大きな瞳に涙を溜めていた。
美智子は、いつもの元気いっぱいの、しかし心からの感謝を込めたイントネーションで頭を下げた。
「もうね、あの嫌なお手紙も来ないし、電話のベルも鳴らないんだね。私、本当にお夜も眠れないくらい怖かったから……進君のお陰で、本当に安心したの」
進はファイルを棚に仕舞い込むと、優しく美智子の肩を抱き寄せた。
「全て終わったよ。いろいろ揉めたけれど、これで本当の一件落着だ。おじさんの財産も、法律のルールに則って綺麗に整理できた。おじさんも、天国でホッとしているはずだよ」
「うん! 進君はやっぱり、世界一頼りになる法律の先生だね! 昔、高橋さんの悪魔の段取りから進君を守ったお返しだって言ってくれたけど、私、また進君に惚れ直しちゃった!」
美智子は涙を拭うと、いつものお転婆な笑顔を見せて、楽しそうに進の腕にぶら下がった。
一度に一つのことしかできない彼女の心は、今、進への純度100%の愛と安堵だけで満たされていた。
「これからはね、おじさんが遺してくれたこの少しばかりの財産をうまく使って、また進君のお弁当に、美味しいおにぎりとゆで卵をいっぱい作るよ!」
「あぁ、楽しみにしているよ」
二人は窓の外を見上げた。
京都の夜空には、あの嵐のような日々が嘘だったかのように、穏やかな月が輝いている。
高橋との完全な絶縁、そして親族との法的な大立ち回りを経て、伊崎進と美智子の絆は、もはや何者にも引き裂けないほど強固なものとなっていた。
過去の因縁も、突然の災難も、すべては乗り越えられた。
進は、自分を全肯定してくれる最愛の妻の笑顔をその胸に抱きしめながら、明日からもまた、京都駅前や梅田の教壇で、未来の公務員たちに向けて「正義と論理の段取り」を堂々と説き続ける日常へと、満ち足りた足取りで戻っていくのだった。




