第2章 助言と不器用さともどかしい日々
【信州からの直言と、鳴滝の夜】
美智子との再会を果たしたその週末、進は長野の鹿沢の家へ電話をかけた。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、かつて14歳で行き場をなくした自分を引き取り、実の親以上に深く、生真面目な背中を見せて育ててくれた鹿沢慎之助の、低く落ち着いた声だった。
進は、十年前の定時制高校時代から胸に秘め続けていた上林美智子のこと、そして彼女が東京での苦難を経て、あの信州のハンカチを手に京都の鳴滝まで自分を訪ねてきてくれたことを、包み隠さず実直に話した。
慎之助は、進の言葉を一つも遮ることなく静かに聞いていた。
長い沈黙の後、パチパチと薪がはぜるような深い吐息と共に、慎之助は語り始めた。
「……そうか。十年間、そのお嬢さんはお前が渡した布を大切に持って生きていてくれたんだな。お前がそこまで一途に想い続けてきた人だ、男として、その誠実さにちゃんと応えてやりたいという気持ちは、俺にもよく分かる」
「はい。おじさん、僕は——」
「だがな、進」
慎之助の声が、厳格な父親のそれへと変わった。
「お前は今、まだ司法試験の受験生だろう。黎明大学を卒業してからも、自分の力だけで法曹の道を切り拓くと決めて、京都でギリギリの生活を続けているはずだ。そんな状態で、今すぐ結婚だの家庭だのというのは、俺はどうかと思うぞ」
慎之助の言葉は、かつて進が美智子に告げた冷徹な自律心と、全く同じ熱量を持っていた。
「結婚というのは、ただ相手を好きだという気持ちだけで成り立つものじゃない。相手の人生を丸ごと背負うだけの『責任』と『生活の基盤』があって初めて口にできるものだ。今の状態で焦って一緒になれば、お前の勉強も中途半端になり、結果的にお嬢さんをまた不幸にすることになりかねん。まずは、お前が自分の山を登りきることが先決だと思う」
「……分かっている。美智子さんにも、同居はやんわりと断ったんだ。お互いに自立したまま、少しずつ進もうって」
進は受話器を握りしめ、ぽつりとタメ口を交ぜて答えた。
慎之助の言う通りだった。自分が一人前の男として立つまでは、どんなに愛おしくとも、超えてはならない境界線がある。
進は信州からの直言を胸に深く刻み、京都の静かな夜の中、再び分厚い六法全書へと向かった。
【黎明の学食と、見えない壁】
一方、京都で進の近くにいることを選んだ美智子も、約束通り自立した生活を始めるため、必死にアルバイトを探していた。
いくつかの面接を巡る中、彼女が見つけてきたのは、奇妙な縁に導かれた場所だった。
進が四年間通い、あの偏差値32からの執念で勝ち取った母校——「黎明大学」のキャンパス内にある、巨大な学生食堂の求人だった。
「進君、私、黎明大学の食堂で働けることになったよ!あなたが通っていた大学だと思うと、なんだかすごく力が出ちゃう」
美智子は、少し安心したように笑顔を見せ、手を少しだけバタバタと動かして喜んだ。
進も「それはよかった。僕の思い出の場所だから、なんだか嬉しいよ」と、まだ少し不慣れな口調で微笑み、彼女の新しい一歩を心から応援していた。
平成8年当時の黎明大学のキャンパスは、昼時ともなれば何千人もの学生たちでごった返し、活気に満ちあふれていた。
美智子は白い割烹着と帽子に身を包み、意気揚々と厨房のカウンターに立った。
しかし、現実はあまりにも残酷だった。
お昼休みのチャイムが鳴った瞬間、食堂には押し寄せる学生たちの怒涛の波と、凄まじい怒号のような注文が飛び交う。
「A定食、ライス大盛り!」
「こっちカレー、福神漬け抜きで!」
厨房の中は、一分一秒を争う戦場だった。
A定食の小鉢を並べながら、B定食のメインを盛り付け、同時に切らしそうなスプーンを補充する。
次から次へと舞い込む予測不能なタスクの濁流のなかで、美智子の頭の中は、一瞬にして真っ白にフリーズしてしまった。
(えっと、次は……何をすればいいの? 小鉢? それともスプーン?)
仕事の「段取り」が、どうしても上手くいかないのだ。
一つのことに集中すると周りの声が一切聞こえなくなり、逆に複数のことを同時に頼まれると、どれから手をつけていいか分からずパニックになってしまう。
東京での新聞配達やバスガイド、保険の営業が長続きしなかった本当の理由が、この黎明大学の厨房という、圧倒的な「スピードとマルチタスク」を要求される現場で、最悪の形で露呈してしまった。
「ちょっと、上林さん! 何ボサッとしてるの! 手を動かして!」
「すみません、すみません……!」
必死にやろうとすればするほど、お盆をひっくり返し、注文を間違え、厨房の足を引っ張ってしまう。
段取りの悪さを先輩のパートタイマーたちから激しく叱責され、美智子は連日、食堂の裏口で涙を流した。
この平成8年という時代においては、まだ「発達障害」や「特性」という言葉は、世間に全く認知されていなかった。
本人も、周囲も、それが生まれ持った脳の不器用さであるとは夢にも思わず、ただ「本人の努力不足」や「要領が悪い、ドジな人」として片付けられていた時代。
美智子は、自分が人一倍「生真面目」に、必死に頑張っているのに、どうしても普通の人と同じように仕事がこなせないという、正体の分からない絶望的な壁にぶつかっていた。
結局、美智子の黎明大学でのアルバイトは、心身ともに完全に行き詰まり、一ヶ月に満たない極めて短期間で辞めざるを得なくなってしまった。




