第2章 すれ違いの夏休み
【夏休みのしばしの喜び】
7月。
定時制高校は夏休みに入った。
夏休み中、この定時制高校では社会奉仕活動の期間がある。
生徒たちが集団でボランティアに取り組むのだ。
無償奉仕ではあるが、学園内部の施設で行うため、普段の勤務は有休に近い形で休むことになる。
進は、無料解放される学園内のプールの監視員に配属された。
そこになぜかあの館谷と上林美智子もおなじボランティア施設の配属になった。
気まずい時間が毎日続いた。
進はひたすら、目の前の作業と監視に集中し、雑念を払うべく努力を重ねた。
【信州への帰省】
8月。
それぞれの実家で過ごす盆休みがやってきた。
進は、実家のある長野県に帰省した。
実家といっても、血のつながりはない人達だ。
鹿沢慎之助。
かつて進が母子家庭で、母が亡くなったとき、引き取ってくれた家庭だ。
進は最初、母・千夜子の兄である、叔父・政夫に引き取られた。
しかし、中卒で叩き上げの経営者であった政夫は、進に、高校進学を許さなかった。
そこに鹿沢慎之助が現れた。
「俺たちが高校に行かせてやる」
鹿沢も、中学で母を亡くしていた。
貧しさゆえに高校にいけなかった悔しさも味わっていた鹿沢。
今、進の実家は鹿沢宅だ。
「よく帰ってきたね」
鹿沢の妻が進を出迎える。
お盆の時間が過ぎていった。
「ねえ、すー兄ちゃん」
鹿沢の娘、君枝が声をかけてきた。
君枝はまだ小学生だ。
進のことを「すー兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。
「すー兄ちゃんって、好きな人いるの」
「えっ」
突然の質問に声が詰まった。
君枝が更に聞いてくる。
「赤くなってる。いるんだ〜」
「そんなんじゃないよ」
鹿沢の妻が言う。
「君枝。そういう聞き方はやめなさい」
そして進に向き直る。
「どんな娘なの。良い娘なんでしょ。大切にしてあげなきゃね」
進は黙って下を向いていた。
そこに君枝がハンカチを持ってきた。
「これ、その娘にプレゼントしてあげて」
「えっ」
進以上に、鹿沢の妻が目を丸くした。
「あんた、それ凄く大切にしているハンカチじゃない。良いの?」
「うん。すー兄ちゃんの彼女なら、絶対に良い人だもん。応援する」
「おいおい、彼女じゃないよ」
「もうすぐ彼女になる人」
「難しいよ」
「なるの。すー兄ちゃんのお嫁さんになる人なの」
進も鹿沢の妻もおかしくて笑った。
やがて、その予言が時を超えて現実になるとも知らずに。
【再び大阪へ】
楽しかった鹿沢宅の時間はあっという間に過ぎた。
進は、大阪に戻ってきた。
信州は盆が終わると夜涼しかったが、大阪は違った。
再び図書館の仕事に向かう進。
上林美智子とは、もう1ヶ月以上会っていない。
どんなに会わない時間が長くても、進は毎日、美智子の横顔を思い出していた。
進のカバンには、あのハンカチが入っている。
君枝がくれたハンカチだ。
鹿沢の妻は言った。
「すーちゃんが好きになる人って、いったいどんな人かなあ」
「なんか、見てみたい。たぶん、正直で不器用で、それでいてかわいい人じゃないかな」
そんなことを言われたのを思い出し、進は顔を赤くした。
「ハンカチはプレゼントしよう。でも、タイミングが難しい」
そんなことを考え、進は悶々とした時間を過ごしていた。
秋風が静かに吹き抜けていった。




