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第1話 雨夜の泥跡と未開封の手紙

 手紙が書斎の机の上にあった。


 コレットは指先を震わせて封筒を拾う。セーラの筆跡が優しく彼女の名を呼ぶ。胸の中で心臓がどくん、と跳ねた。彼女は息を詰めた。


 封筒の端を爪で引っ掻く。少しだけ紙がめくれる。またすぐに指が止まる。喉が締め付けられる。彼女は目を閉じた。


「……開けないで、と頼まれたわけじゃない」


 誰に言うでもない言葉が零れた。指先に力が入る。封筒がくしゃりと皺になる。すぐに手を緩める。彼女は机にもたれた。


 肌がじんじんと疼く。頭が重い。彼女は封筒を机に置き直す。文字をなぞる。また手に取る。この繰り返しが、何度目だろう。


「……ごめんなさい、セーラ」


 声はかすれた。手紙はまだ閉じられたまま。彼女は窓の外の朝靄を見つめた。指先が冷たい。


 ***


 雨の音が変わる。コレットはまぶたを開けた。

 今までざあざあと降っていた雨が、途切れ途切れに変わる。水滴が窓枠を叩く。トン、トン、と不規則な音が続く。彼女の指先が絹布のシーツを握る。体がベッドの上で硬直する。

 雨戸の影が揺れる。彼女は息を殺す。暗闇の中で目を見開く。

 廊下から足音がしない。執事も女中も寝静まった時刻だ。彼女はゆっくりと体を起こす。足を床に下ろす。冷たさが足の裏を走る。

「……誰?」

 声にならない声が唇から漏れる。彼女は窓辺に近づく。指先がカーテンに触れる。生地の感触が冷たい。

 外には人影が見えない。雨が夜の闇を濡らすだけだ。彼女は頬を窓ガラスに近づける。吐息が白く曇る。

 その時、遠くで馬車の車輪の音がする。轍が水たまりをはじく音がした。音はすぐに雨に消えた。

 コレットはカーテンをそっと閉める。背中を窓ガラスに預ける。鼓動が耳の中で鳴る。扉の前の気配に、コレットの背筋が伸びる。

 雨音の向こうに、かすかな軋みが混じる。床板が重みで沈む音だ。彼女は袖口を握りしめた。指先が白くなる。


 足音が止まる。ただ雨だけが降り続ける。

 コレットは息を詰める。胸の中で心臓が暴れる。扉の向こうにも鼓動があるような気がした。


 影が隙間から差し込む。細く長い人影がかすかに揺れる。

 彼女の喉が乾く。名前を呼ぼうとするが声が出ない。唇だけが微かに動いた。


 人影が去っていく。足音は雨に消えていく。

 コレットはその場に立ち尽くす。握りしめた袖口が緩む。指先に痺れが残った。扉の前の気配が消えた。

 コレットはまっすぐに背筋を伸ばす。肩を引き、顎を引く。両手は膝の上で組んだ。指先がほんのり震える。


 雨音だけが響く。ノックは来ない。

 彼女は息を吐く。肩の力が少し抜ける。眉間に軽い皺が寄る。首をかしげる。


 窓の雨戸が揺れる。風だろうか。

 彼女は立ち上がる。窓辺に近づく。ガラスに頬を寄せる。外は闇と雨だけだ。


「……誰もいない」

 声は雨に吸われた。彼女はカーテンを戻す。部屋の灯りが揺らめく。雨戸の下端に泥の跡があった。

 コレットは指先で触れる。冷たく湿っている。最近ついたものだ。彼女の背筋が伸びる。

 鼓動が耳元で鳴る。手のひらにじんわり汗が滲む。彼女は息を吸い込んだ。


「護衛を呼んで」

 声は低く震えた。すぐに歯を食いしばる。

 扉に向かって歩き出す。足音を立てないように。喉元が渇く。胸の奥が細く疼く。


 廊下に立つ使用人が目を見開く。コレットは手短に示す。

「雨戸を調べて。誰かが窓の外にいた」

 使用人が走り出す。階段を下りる音が遠ざかる。


 彼女は窓辺に戻る。指先が震える。外の雨が闇を揺らす。

 前世の記憶にはなかった。これは新しい展開だ。彼女は唇を噛む。

「……アルヴィン様」

 名前を呟くと、胸の疼きが少し和らぐ。彼女は背筋を伸ばしたまま待つ。泥の跡の調査は空振りに終わった。コレットは書斎へ向かう足取りを早めた。

 机の上に手紙の山が待つ。彼女は椅子に深く腰を下ろす。指先が書類の端に触れた。


 窓から雨音が鈍く響く。胸の奥で心臓が速く打つ。

 彼女は目を閉じる。ゆっくりと息を吸い、吐いた。肩の力が少しずつ抜けていく。


 まぶたを開ける。積まれた手紙の束を見据える。

 一つ一つが運命の分岐点だ。前世の記憶が頭を掠める。彼女は唇を結んだ。


「……大丈夫」

 声は固かった。彼女は背筋を伸ばした。不安な視線を手紙から逸らさない。

 指が一番上の封筒に伸びる。震えはもうない。封筒を開けた。


 コレットの目が書かれた文字を追う。ラピスラズリ王室の紋章が押された正式な書状だ。一行読む。また一行。指が紙の端を押す。


「……召喚状」


 声が書斎に落ちる。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。彼女は息を吐ききった。


 机の上に手紙を広げる。王室の意向を確認する。内容は簡潔だ。ヴィルトヘイム王国への移動に関する協議のため、王宮へ出頭せよ。三日後の午前十時。


 彼女の視線が揺らぐ。指先が冷たい。


 返事を書く。礼節を踏まえた承諾の言葉を選ぶ。インク壺の蓋を開ける。羽根ペンを持つ。手が止まる。


「……これでいいのか」


 呟きが雨音に消える。彼女はペンを置く。背もたれに体を預ける。目を閉じる。


 前世の記憶がよみがえる。悪役令嬢として追放される結末。胸が苦しい。彼女はまぶたを開ける。


 手紙の隣に白紙を並べる。返事ではなく計画を書く。筆記用具を手に取る。指に力が入る。


 まず移動の準備。衣装と書類の整理。必要な人材のリスト。ヴィルトヘイムの宮廷で必要な立場。


 彼女の手が動く。文字が紙の上を走る。心臓の鼓動が早い。頭が冴えてくる。


 雨戸が微かに軋む。彼女は筆を止める。耳を澄ます。雨だけの音だ。彼女はまた書き始める。


 宮廷での振る舞い。アルヴィンへの対応。政敵となりうる顔ぶれ。彼女の眉間に皺が寄る。


「……不安だ」


 声はかすれた。彼女は背筋を伸ばす。深く息を吸う。吐く。再びペンを持つ。


 計画を具体化する。一週間のスケジュール。使用人への指示。護衛の手配。書類が一枚埋まる。


 窓の外で遠く雷鳴が響く。光が一瞬部屋を照らす。彼女の顔が青白く浮かび上がる。


 彼女は手を休める。計画書を見つめる。これが新しい道だ。彼女の指が紙を撫でる。


「よし」


 声は小さく固い。彼女はうなずく。計画書を手に持ち上げる。目で内容を確かめる。


 雨音が変わらない。彼女は立ち上がる。窓辺に歩み寄る。ガラスに手のひらを当てる。冷たい。


 外は闇と雨だ。彼女は頬を窓に近づける。これから向かう国を想像する。胸が温かくなる。


「アルヴィン様がいる」


 呟きに力がこもる。彼女は窓から離れる。机に戻る。計画書を手紙の隣に置く。


 返事の草案を書き上げる。礼儀正しい承諾の一文。インクが乾くのを待つ。彼女は姿勢を正す。


 雨戸の軋みが再び聞こえる。今度は気にしない。彼女は書類をまとめ始めた。窓の泥跡が乾いていない。コレットの指先が触れる。冷たく湿った感触が伝わる。

 彼女は息を詰める。胸の中で心臓が耳元で打つ。手のひらにじんわり汗が滲む。


「護衛長を呼んで」

 声は低く震えた。すぐに歯を食いしばる。背筋が伸びきる。

 使用人が走り出す足音が廊下に響く。雨音がそれを包む。


 コレットは窓辺から離れる。書斎の机へ歩く。足取りは速い。

 彼女は椅子を引き寄せる。深く腰を下ろす。指先が机の上の手紙を押さえる。


 前世の記憶にはない泥跡。これは新しい脅威だ。彼女の眉間に皺が寄る。

「……警戒を強化する」


 護衛長が扉を開ける。コレットはまっすぐ視線を向ける。

「窓の外を確認して。泥跡は侵入の痕跡かもしれない」

 彼女の声には震えがない。指先だけが白い。


 護衛長が頷く。足音が遠ざかる。コレットは机の書類を広げる。

 家の平面図を探す。指が羊皮紙の上を滑る。窓の位置を確認する。


 胸の奥が細く疼く。呼吸が浅くなる。彼女は一度目を閉じる。

「……大丈夫。アルヴィン様がいる」

 呟きに力がこもる。肩の力が少し抜ける。


 護衛長が戻る。報告は簡潔だ。

「痕跡は確認しました。しかし人影はありません。警備を倍にします」

 コレットはうなずく。指が平面図の窓の位置を叩く。


「この窓から見える庭も見張って。雨が止むまで」

 声は冷たく固い。護衛長が深く頭を下げる。


 彼女は手紙の山を見下ろす。セーラからの手紙が一番上にある。

 指が封筒に伸びる。また止まる。今は返事を書くときではない。


 コレットは立ち上がる。窓辺に戻る。雨戸の泥跡を見つめる。

 外の闇が深い。雨が窓ガラスを流れる。


 これが新たな戦いの始まりだ。彼女の唇が結ばれる。

「来るなら来い」

 声は雨に吸い込まれた。背筋がぴんと張ったまま、彼女は警戒を続けた。雨音だけが部屋に満ちていた。コレットは机の上の最後の封筒を見つめる。

 彼女の指が伸びる。封筒は重い。ヴィルトヘイム王室の紋章が浮かぶ。


 彼女は息を吸った。封を破る。紙の音が乾く。


 アルヴィンの筆跡が目に飛び込む。力強い文字が並ぶ。一行目を読む。胸が熱くなる。

「コレットへ。この度の決定を心から感謝する」

 彼女の喉が詰まる。目頭がじんわり熱い。指先が紙の端を握る。


 次の言葉を追う。誠実な心情が綴られる。不安に寄り添う約束。未来への誓い。


「……あなたは」

 声が震えた。彼女は目を閉じる。涙が頬を伝う。手のひらで拭う。


 紙の上に小さな水滴が落ちる。文字が滲む。彼女はあわてて紙を離す。背筋を伸ばす。


 胸の中で心臓が温かく打つ。重かった肩が軽くなる。彼女は深く息を吸った。

「責任を果たす」

 声は低く確かだった。彼女は手紙を胸に抱える。目を窓の外に向ける。


 長雨が続く闇の中に、一筋の光を見たような気がした。 窓の泥跡が乾いていない。コレットの指先が触れる。冷たく湿った感触が伝わる。

 彼女は息を詰める。胸の中で心臓が耳元で打つ。手のひらにじんわり汗が滲む。


「護衛長を呼んで」

 声は低く震えた。すぐに歯を食いしばる。背筋が伸びきる。

 使用人が走り出す足音が廊下に響く。雨音がそれを包む。


 コレットは窓辺から離れる。書斎の机へ歩く。足取りは速い。

 彼女は椅子を引き寄せる。深く腰を下ろす。指先が机の上の手紙を押さえる。


 前世の記憶にはない泥跡。これは新しい脅威だ。彼女の眉間に皺が寄る。

「……警戒を強化する」


 護衛長が扉を開ける。コレットはまっすぐ視線を向ける。

「窓の外を確認して。泥跡は侵入の痕跡かもしれない」

 彼女の声には震えがない。指先だけが白い。


 護衛長が頷く。足音が遠ざかる。コレットは机の書類を広げる。

 家の平面図を探す。指が羊皮紙の上を滑る。窓の位置を確認する。


 胸の奥が細く疼く。呼吸が浅くなる。彼女は一度目を閉じる。

「……大丈夫。アルヴィン様がいる」

 呟きに力がこもる。肩の力が少し抜ける。


 護衛長が戻る。報告は簡潔だ。

「痕跡は確認しました。しかし人影はありません。警備を倍にします」

 コレットはうなずく。指が平面図の窓の位置を叩く。


「この窓から見える庭も見張って。雨が止むまで」

 声は冷たく固い。護衛長が深く頭を下げる。


 彼女は手紙の山を見下ろす。セーラからの手紙が一番上にある。

 指が封筒に伸びる。また止まる。今は返事を書くときではない。


 コレットは立ち上がる。窓辺に戻る。雨戸の泥跡を見つめる。

 外の闇が深い。雨が窓ガラスを流れる。


 これが新たな戦いの始まりだ。彼女の唇が結ばれる。

「来るなら来い」

 声は雨に吸い込まれた。背筋がぴんと張ったまま、彼女は警戒を続けた。机の上の手紙が、夜明けの薄明かりに浮かぶ。未読の封筒の山が、差出人の名を無言で問う。

 コレットの指先が一枚目に伸びた。またすぐに止まる。首筋に冷たい汗が伝う。彼女は手を引っ込める。


 窓枠が微かに軋む。彼女の背筋が伸びる。視線は手紙から窓へ跳ぶ。

 ガラス越しの庭は静かだ。しかし泥跡の記憶が蘇る。胸の奥で心臓が強く打つ。


 彼女は立ち上がる。椅子の脚が床を擦る。足音を立てて窓辺へ向かう。

 指先がガラスに触れる。冷たさが皮膚を刺す。鍵はかかっている。確認するために回す。かちり、と音がする。


「……まず、こっちだ」

 声は低い。彼女は窓から離れ、玄関へ歩き出す。絨毯が足音を吸う。


 ドアノブに手をかける。重いオーク材の扉はがっちり閉まっている。錠を確かめる。かちり。もう一度回す。

 彼女は息を吐く。白い息が朝靄に溶ける。


 次は食堂の勝手口。鍵はかかっている。だが蝶番の隙間が気になる。指を差し入れる。冷たい風が触れる。

 彼女は眉をひそめる。胸が締め付けられる。


 書斎に戻る。手紙の山はそのまま。彼女は平面図を広げる。指が一階の窓全てをなぞる。

「東側の雨戸……緩んでいた」

 記憶が呼び起こす。彼女は再び廊下へ出る。


 その雨戸の前に立つ。指で押す。木が微かに揺れる。釘の緩みだ。

 彼女の喉が乾く。手のひらに汗がにじむ。


「使用人を呼んで。修理を」

 声は震えていない。しかし指先は冷たい。

 彼女は手紙の山を見る。また安全確認へと目が向く。心臓の鼓動が、未読の差出人よりも窓の緩みを訴えていた。未読の手紙が机の上で重く沈む。

 コレットの視線は差出人の名から滑る。指先は封筒に届かない。胸の奥で心臓が速い鼓動を打つ。肩に力が入り、背筋が張り詰める。


 彼女は立ち上がる。椅子の脚が軋む。手紙から離れて窓辺へ歩く。

 雨戸の緩みが目に映る。指で押せば木が揺れた。喉が渇く。手のひらにじんわり汗が滲む。


「護衛長に伝えて。夜間の巡回を倍に」

 声は低く固い。使用人が走り出す足音が廊下に響く。コレットは手紙を一瞥する。封筒は無言のままだ。


 平面図を広げる。指が警戒すべき窓をなぞる。東側、北側、勝手口。前世の記憶にはない脅威。呼吸が浅くなる。

 彼女は深く息を吸う。吐く。胸の疼きが少し和らぐ。


 護衛長が現れる。コレットは視線を上げる。

「一時間ごとの連絡も。異常があれば直ちに」

 彼女の指は平面図の窓を叩く。冷たい。


 護衛長がうなずく。足音が遠ざかる。コレットは手紙の山を見下ろす。

 アルヴィンの手紙が一番上に置いてある。彼女の指がそれに触れる。温かさがほんのり伝わる。


「……まず、守る」

 呟きは雨音に消える。彼女は手紙を開かずに、安全確認のリストを書き始めた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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