海からの呼び声
これは僕が趣味でやっているフィールドワークで聞いた、とある漁村の昔話です。話をしてくれたのは、太一さんというお名前の御年90歳を超えるおじいさんです。
集めた話は伝聞調ではなく物語として書いているので、少し読みにくいかも知れませんがご容赦ください。
太一が住んでいる漁村では、親から子へ、子から孫へと伝えられる戒めがあった。
「決して夜の海に近付いてはならない」
単純に、夜の海には危険が多い。
しかし灯りが乏しかった時代ならまだしも、太一が物心つく頃にはこの田舎の漁村にも電気が通い、夜の闇はいくらか明るくなった。そんなに厳しく戒められるほど、夜の海は危険ではなくなったのだ。
しかも「海」の範囲は波打ち際ではなく、浜辺にまで及ぶ。つまり浜辺も含めて、夜の海には一切近付いてはならない、そういう戒めだったのだ。
反抗期で血気盛んな年齢であった太一は、この戒めを信じてはいなかった。
太一は試しに、祖父に「なぜ、夜の浜辺に近付いてはいけないのか」と問うてみた。祖父は静かに首を横に振って、その理由を答えなかった。
理由を答えないということは、理由がないのと同義である。太一はそう考え、「この村には腰抜けばかりだ。それなら俺が夜の海に行って、そんな戒めを守るのは馬鹿馬鹿しいことだと証明してやろう」とばかりに、夜の海へ行ってみることにした。
とは言え、ひとりで海に行ったところで、誰かがそれを見ていなければ海に行ったことの証明にはなるまいと思い、太一は自分の計画を友人達に話した。
友人達も大人からきつく言われているのか夜の海に行くことは渋ったが、やはり太一と同じ年頃の少年たちである。大人達に反抗したい、そんな気持ちで夜の海に行くことにしたのである。
深夜、寝静まった家を太一はそっと抜け出した。
懐中電灯で夜道を照らしながら、友人達との待ち合わせ場所に急ぐ。まだ海辺には街灯がほとんど設置されていなかったものの、月の明るい夜で周囲を見回すには問題がなかったし、懐中電灯も心強い。
程なくして全員が待ち合わせ場所にやってきて、ちょっとした冒険気分で海に向かった。
夜の海は、驚くほどに静かであった。
打ち寄せる波の音以外は、虫の音も聞こえない。
太一達は浜辺に降り立ち、用心しながら波打ち際に向かって歩いていった。
波打ち際に沿うように、浜辺をサクサクと進んでいく。そうやってしばらく歩いたが、特に何も起きなかった。
「なんだ、何にもないじゃないか」と友人のひとりが言った。場の空気が白けてきて、帰るかという雰囲気になった頃、太一の耳に小さな声が聞こえた。
「おーい……おーい」
誰かがこちらに呼びかける声である。
太一が声の主を探して周囲を見渡すと、波間に小さな舟が見えた。白い衣に身を包んだ誰かが、こちらに向かって手を振っている。目を凝らしてみると、それは少女のように見えた。年頃は太一と同じくらいだろうか。少女は今も、「おーい、おーい」とこちらに向かって呼びかけている。
遭難者が流されてきたのだろうか。
太一が少女に向けて、叫び返そうとしたときだった。
「太一、止まれ、止まれ!!」
友人達の悲鳴に近い叫び声が耳に入って、ハッと気がつくと、太一は腰まで海に浸かっていた。友人達が必死に太一の腕や腰を掴んで、太一を引き止めていた。
慌てて浜辺に戻って何が起きたのかを確認すると、友人達は「太一が『呼んでる』と言いながら急に海に入っていった」と言う。友人達の言葉に太一が海に目を向けると、そこには舟もなく、少女もいなかった。
その日はそれで解散になった。家に帰ると太一がいないことに気が付いた家族が家の周辺で太一を探しており、びしょ濡れになっていた太一は海に入ったことを知られ、両親にも祖父母にもこれでもかと怒られた。
太一が自分の身に起きたことを話すと、祖父が観念したようにため息をついた。
「子どもに聞かせるような話ではないから黙っていたが、お前ももう知ってもいい歳頃かもしれんな」
そう前置きをして語ったのは、この漁村で祖父が生まれる前にあった話だった。
ある年、何日も何日も海が荒れて漁に出られない日々が続いた。
それで困った村人達は「きっと海の神がお怒りなのだ。供物を捧げれば波が収まるのではないか」と話し合い、村の若い娘を小舟に乗せ、荒れる海へと流すことにした。いわば生贄である。
だがそれでも波が収まることはなく、その後も何人かの娘を同じように海に流したが海は荒れ続けた。
結局、漁に出られないまま、村では飢えによる多数の死者が出た。村人達の判断でおこなわれた生贄も、いたずらに娘の命を消費するだけの無意味なものだった。
やがて嵐が収まり漁にも出れるようになり、悲劇の記憶が薄れかけた頃。
夜の海で小舟に乗った娘に「おーい、おーい」と呼ばれ、自ら海に入り溺死する村人が続出するようになった。
村人達はこれを生贄にされた娘達の怨念と考え、夜の海に近付くことを禁忌として伝えたのである。
太一はその話を聞いて、自分にも娘達を無駄に殺した村人の血が流れていることを恥じたのだった。
太一さんは、現代ではすでにこの話が次の世代に語り継がれなくなっていることを嘆いていました。
僕もこの話の舞台になった浜辺を、明るい時間に歩いてみましたが、静かな海といった印象でした。この話を知らなければ美しい海だと思えるでしょうが、僕の目にはどこか陰惨な景色に見えたのでした。




