歪む
今年の夏、親が顔を見せろってうるさいんで、故郷に帰ったんだ。
俺の故郷はけっこう山の方にあって、今の俺が住んでるところからだと電車に乗って2時間、駅から2時間に1本しか走ってないバスに乗って90分、みたいなところにあるんだ。
正直言って、帰りたくなかった。
帰ったところでやることもないし、せっかくの夏休みの数日を田舎で過ごすなんて本当にもったいない。その数日でバイトをすれば5万は稼げる。
とは言っても、親には学費を払ってもらっている身としては逆らえない。
それに、故郷に帰る楽しみがひとつだけある。友達のSが故郷に残っているんだ。Sは進学せずに、親父さんを継いで畑仕事をやってる。
俺もSもヤンチャな方だったから、とにかく気が合った。だから故郷に帰ってる間は、Sと一緒に遊ぶことが多かった。
で、Sが暇だから廃校に肝試しに行こうって言い出したんだ。
俺らが住んでいた地域には古い小学校があったんだけど、俺らが生まれる前からそこは廃校になっていた。
なんせ俺らが小学生になった頃には、うちの地域は中学生がひとり、小学生が三人ってくらい過疎ってた。俺らはバスに乗って45分離れたところにある小学校に通っていた。
廃校は有効活用されることもなく、年末になると校庭で餅つきをする程度にしか使われてなかった。
肝試しをするには、そこそこ雰囲気のある場所だったんだ。
すっかり夜も更けて真っ暗になった校内を、懐中電灯を片手に歩く。
お互いの近況や思い出話なんかをしながら歩いてると、声や足音が反響して、俺ら以外にも誰かいるって感じになってますます雰囲気が出た。
校内の空気は重く埃っぽくて、湿ってる感じがした。
俺もSも話題が尽きて、徐々に口数が減っていった。
Sが職員室の扉の前で、俺に振り返って「この職員室、日誌をつけてる先生のお化けが出るんだって」と言った。
Sの顔を見て、俺は思わず息を飲んだ。
Sの顔が歪んでいる。顔の右半分だけが粘土みたいにぐにゃりと歪んで、左右の目の高さが合っていない。口元にはいびつな笑みが浮かんでいた。
俺がよっぽど変な顔をしていたのか、Sが「お前、どうしたんだよ?」って言ってきた。俺はビビってるのを悟られたくなくて、「どうもしねぇよ」って返した。
Sは何か言いたげに「お、おう」と言ったきり、俺から顔を逸らした。
Sが職員室の扉を開けて「別になんもないなー」なんて言ってたけど、俺はいつSがまたこちらを振り向くかと思ってビクビクしてた。
Sも俺の調子がいつもと違うのを察したのか、あまり顔を合わせようとしなかった。
俺はなんだか気分が悪くなってきて、Sに「今日は、もう帰らねぇ?」って言った。
そうしたらSは「そうだな」って言って、俺の横をさっさと通り過ぎて行った。通り過ぎるときにSの顔をもう一度見たんだけど、やっぱり子どもが作った粘土細工みたいに歪んでた。
学校の外に出てみると、月の光を明るく感じた。空気も新鮮で、廃校の中の空気が嘘みたいに思えてくる。
廃校の中で見たものが気のせいなんじゃないかって思えて、俺はSの顔を見た。Sも俺の顔を見た。
Sの顔が元に戻っている。お互いに「あっ」って声が出た。
Sが続けて「あー、ビビった。お前、さっきヤバい顔してたぞ」って言った。「ヤバい顔ってなんだよ」って聞いたら「顔の半分が歪んでた。どこ見てるのか分からない目で笑ってて、すげー怖かったんだ、マジで」って返ってきた。
俺は慌てて「いやいや、顔の半分が歪んでたのはSの方だろ。左右の目の高さが合ってなくて、口元はニヤニヤしてた」って言った。
どうやら俺らはお互いの顔が歪んで見えてたみたいだった。
Sも職員室の前で振り返ったときに、俺の顔が歪んで見えたらしい。だからあんまり俺の顔を見ないようにしてたんだって。俺が「帰ろう」って言って素直に帰ったのも、俺の顔がマジで怖かったからだそうだ。
ふたりとも、同じタイミングでお互いの顔が歪んで見えるなんて、変な話だよな。あの廃校の職員室には不思議な磁場みたいなのがあって、それが顔を歪ませたのかな、なんて考えた。
その後もなんとなく、Sと顔を合わせるのが怖くてさ。もし廃校以外の場所でも、Sの顔が歪んで見えたらどうしようって思ってたんだ。
それはSも同じだったみたいで、俺が帰るってときまで、あんまり顔を合わせなかった。
このまま疎遠になっちゃうのかなーって思うと少し寂しい気もするけど、また歪んでたらって思うと、やっぱり怖くて、今後は会いづらくなっちゃった。




