リンクした記憶
俺、どうしたらいいのかな? 誰でもいいから、話を聞いてほしい。
仕事が終わって、電車で最寄り駅に向かっていたんだ。
俺の家の最寄りはターミナル駅の次の駅だから、ターミナル駅を過ぎてしまえば電車はかなり人が少なくなる。席はあいていたけど、一駅だし、わざわざ座るのも面倒で、俺は立ってたんだ。
ドアの横の、ちょっとしたスペースがあるだろ。そこに立って、携帯を見てた。座席の端にある板を背もたれみたいにしてた。座席の端に座ってる女の人が、疲れているのかその板に寄りかかるようにして寝てた。だから、俺の背中と、その女の人の頭が、触れるか触れないかって感じの近さだった。
携帯のメッセージアプリで、嫁さんにそろそろ駅に着くって連絡した。
嫁さんから「OK」のスタンプが送られてくる。
そのとき、電車が小さく揺れたんだ。小さく揺れて、俺の背中に、座っている女の人の頭が触れたような感覚があった。
そしたら、俺の脳内に、映画みたいに映像が浮かんだんだ。
細かい数字の羅列、どこかの道端、公園を駆け回る子ども。
そんな、途切れ途切れのちょっと不鮮明な映像だ。でも、明らかに、俺の中にある記憶じゃない。俺の知らない場所や知らない人の記憶だ。
そして映像は見覚えのあるアパートを映し出す。同じ市内にあるアパートだ。この近くにあるスーパーに嫁さんと一緒に行くことがある。
アパートの203号室の鍵を開ける手。
子どもの泣き声。
ぐったりとした赤ちゃんを、掘った穴の中に横たえる。
砂、砂、砂……。
俺は思わず声を上げそうになった。
なんだ、この映像……って思っていたら、座席に座っていた女の人が勢いよく立ち上がった。
俺が振り向くと、女の人とバッチリ視線が合った。
女の人は、すごく驚いた顔をして、唇を震わせてた。
それで、振り絞るような声で「見え……ました?」って聞いたんだ。
その言葉で、俺の脳内に突然流れてきた映像が、この女の人の記憶だったんだって悟った。
じゃあ、赤ちゃんを土に埋めたのも……?
「ご、ごめんなさいっ。私……、そんなつもりじゃなかった……!」
女の人が、切羽詰まったような表情で俺に言った。その声はまもなく駅に到着するというアナウンスにかき消されて、俺の耳にしか届いてなかったと思う。
女の人は呆然と俺を見つめたままだった。長く伸ばした髪は白髪交じりでツヤはなく、着ているスーツはくたびれてた。あのアパートだって、外観から見てかなり安い物件だろう。彼女の姿から、彼女が生活に困窮しているであろうことは、簡単に想像できた。
電車が動きを止めて、ドアが開いた瞬間、彼女はハッとしたように「ハルカ……」とつぶやいた。
彼女がつぶやいたのは、俺の嫁さんの名前だった。
一瞬で、全身に鳥肌が立った。
俺の脳内に、自宅の外観、実家から携帯にかかってきた電話、嫁さんの顔、会社の俺のデスク、口座の暗証番号、そういったものがブワッと湧いてきた。
俺だけが、彼女の記憶を受信したのではなくて、お互いの記憶がリンクしたのでは?
今、俺の脳内に浮かんだ記憶が、彼女と共有されてしまったのでは?
それを聞く間もなく、彼女は電車を飛び降り走り去ってしまった。
俺は彼女を追って電車を降りたが、頭が混乱して彼女を追いかけることはできなかった。
俺は彼女の秘密を知っている。
たぶん彼女は、自分の子どもを遺棄している。そんなことないと思いたいけど、もしかしたら、自ら子どもに手をかけたかも……。
でも彼女も、俺のことを知ってしまったんじゃないか? 俺の家や嫁さん、下手したら両親のことまで。
そう思ったら怖くなって、すぐに嫁さんに連絡して戸締まりを厳重にするように伝えた。両親にも電話して、最近は物騒なことが多いから戸締まりするようにって注意した。
家に帰る間も尾行されてないか、何度も後ろを振り返って確認したよ。とりあえず、尾行されてるってことはなさそうな感じだった。
家に帰り着いて、嫁さんの無事な顔を見て安心したよ。
安心したんだけど、あの女の人、けっこう近くに住んでるんだよね……。もしかしたら俺が仕事してるときに、嫁さんがあの女の人に遭遇するかもしれないと思うと、かなり怖い。
でもこんな話、誰が信じてくれるだろう。
そんで、さっきから、ずっと携帯が鳴ってる。知らない番号から電話が入ってるんだ。
電話に出るのも怖いし、着信拒否にするのも怖い。
俺、どうしたらいいのかな?




