よるとじさん
連用日記って、知ってる?
3年連用とか、5年連用とか。10年連用なんてのもある。1冊の日記の中に、それぞれの年数分の日記が書けるんだ。しかも1ページの中に、別の年の同じ日の日記が書き込める。
だから、今年の今日の日記を書くとするだろ? そうすると同じページに、去年や一昨年の同じ日の日記があるんだよ。
読み返すとなかなか面白いんだ。普段、自分の過去の日記なんて読み返さないじゃないか。でも連用日記なら、その日の日記を書こうとすれば絶対に前の年の同じ日の日記が読める。
だから俺は、毎日寝る前に連用日記を書いてたのね。
日記って言っても、そんなに長文じゃないよ。特に俺の場合は、箇条書き。しかも書いてる内容も下らない。別にキラキラした日常を送ってるわけでもないしね。
「今日はサンマが美味かった」とか、「自販機で缶ジュース当たってびっくりした」とか、そういう日常の方が読み返して面白いんだ。映画のちょっとした感想なんかも面白い。
そんな感じで、日記を書く前に一年前の俺の日記を読むのが日課だった。
それでさ、ここからが本題だよ。
昨日、日記を書こうと思ってページを開いたらさ、去年の日記に「また、よるとじさんが来た」って書いてあったんだよ。
内容はこれだけ。
俺、この日記の内容がさっぱり分からなくてさ。字は間違いなく俺の字だよ。でも、よるとじさんって何?? しかも「また」って何。前も来たことあるの??
誰かのあだ名かなと思って、携帯の電話帳を眺めてみたりもしたんだけど、「よるとじさん」なんてあだ名になりそうな人はいない。
前も来たことがあるなら、以前の日付の日記に書いてあるかなと思ったんだけど、そんな日記ないんだよ。
じゃあ先の日記ならどうだろうと思って、俺は先の日記を読んでみた。
そしたら、なんかそれっぽい日記があるんだよ。
たいていは下らない内容の日記なの。仕事の愚痴とか、面白かったドラマとか。そういう日記は「あぁ、こういうことあったな」とか「このドラマ、好きだったな」みたいな感じで、記憶がちょっとよみがえってくる。
でもそのなんでもない日常の中に「今日は声だけが聞こえた。耳の奥に響く」とか「ドアの隙間から、のぞいている」みたいな日記が混じる。
よるとじさんとは書かれていないから、それがよるとじさんに関する日記なのかは分からない。
でも、ドアの隙間からのぞかれるなんてかなり怖いから、忘れてたとしても日記を読めば思い出すに決まってる。
なのに俺は、何も思い出せない。
さらにページを進んでいくと「名前を呼ばれて、返事をしてしまった」とか「手紙を渡された。内容は意味が分からない。未来のことなのか?」とか書いてあるの。
本当に、何にも思い出せない。自分が書いた日記なのか、疑いたくなるくらい。
それで、数ページ進んだところに「明日は、返事をしてはいけない。よるとじさんがどれだけ呼んでも。絶対に」って書かれてた。
そんで、次の日の日記には、何も書かれてない。
ただ、赤黒いインクがついてる。そのインクには、指紋みたいな渦を巻いた不思議な模様が残ってた。
朱肉だったら鮮明な赤だけど、インクの色が赤黒いから、血判状みたいに見えたよ。
そこから先は、もう普段通りの日記。
変なことは一切書いてなくて、この内容なら普段の俺が書くだろうなっていう日記ばっかり。俺の日記のはずなのに、俺の預かり知らないところで何か起きてたみたいでゾッとしたよ。
っていうか、この模様の意味はなんなんだろう。
よるとじさんがどれだけ呼んでも返事をしちゃいけないって書いてあるけど、俺は返事をしなかったのかな。
返事をしなかったから俺はよるとじさんのことを記憶していないのか、返事をしてしまったから俺はよるとじさんの記憶を奪われたのか。
俺とよるとじさんとの関係がまだ続いてるのか、もう終わっているのか。それが分からなくて、すごくモヤモヤするし、怖い。




