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もりとき怪談 第二集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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並木道

 その日は仕事を定時であがりました。

 自宅の最寄り駅に着く頃には夕日が沈もうとしていて、空の半分は夜空になっているような時間帯でした。

 駅から自宅に向かう途中、ケヤキの植えられた並木道があります。

 広くてきれいな道なので、私は好んでその道をよく歩いていました。その日もいつものように、並木道を歩いて家へと向かいました。


 いつも通る並木道なのですが、その日は風景に違和感を覚えました。なんだか、いつもの風景とは違う。異質なものが混ざり込んでいるような、そんな気がしたのです。

 私は足を止めて、並木道を眺めました。立ち止まる私を追い抜いて、みんな家路を急ぎます。

 なんだろう、何が違うんだろう。

 よくよく観察してみると、私はその違和感の正体に気付きました。


 ケヤキの枝から、黒い、手のような形の何かがぶら下がっていたのです。


 一本だけではなく、何本も、何本も、黒い手はありました。

 まるで枝に擬態するかのようにぶら下がっているのですが、間違いなく5本の指を持った手でした。それがゆらゆらと風に揺れて、指先がぴくぴくと動いています。

 そして黒い手は並木道を歩くひとりの男性に向かって伸びて行き、頭や肩に触れているようでした。触れられた男性に何か起こるということはありませんし、男性もそれを気にする素振りは見せませんでした。

 ただ、ケヤキに生えた黒い手が次々にさわさわと揺れて、その男性に触れる。それだけです。私が見ている限り、その男性だけが黒い手に触られているようでした。

 私はなんだか気味悪くなって、その日は並木道を通るのはやめて別のルートで家まで帰りました。


 家に帰って、この街に子どもの頃から住んでいる父に、並木道について聞いてみたんです。

 さすがに「あの並木道って、幽霊が出るなんて噂ある?」とは聞けなかったので、「あの並木道で変な事件とかあった?」って聞いたんです。

 私の質問に、父は「変な事件は聞いたことがないなぁ」と答えました。

 父はそう答えたんですが、しばらく思案して「でも、昔、父さんの友達があの並木道についてこんな話をしてたよ」って語り出したんです。

 父の友達の話は、こんな内容でした。


 あのケヤキの並木道は昔、葬列が通る道だったそうです。

 この地域では、誰かが亡くなるとあの並木道にずらりと人が並び、死者を見送りました。そして自分の目の前を棺が通過するときに、故人との別れを惜しむようにそっと棺に触れるのです。

 いつしかその習慣は薄れ、あの並木道を葬列が通ることはなくなりました。

 でも並木道に植えられたケヤキたちはその風習を記憶していて、今でも黒い手を伸ばして道行く人に触れることがあるのだそうです。


 私はその話を聞いて、ゾッとしました。

 ケヤキから生えた黒い手は、ひとりの男性に次々に触れていました。それがまるで、葬列で眼の前を通過する棺に触れる人々のように思えたんです。

 私は、並木道を歩いていた男性が誰かは知りません。

 もちろん偶然かもしれませんが、もしかしたらあの男性は近いうちに亡くなってしまうかもしれない。だから黒い手は彼に触れてお見送りをしていたのではないか。不謹慎ですが、そんな風に考えてしまったのです。


 小さい頃から住んでいて、何度も通ったあの並木道に、そんな話があるなんて知りませんでした。そしてなぜあの日に限って、ケヤキから生える黒い手が見えたのか、私には分かりません。

 またあの黒い手が見えたら、そして自分に触れることがあったらと思うと怖くて、私は大好きだった並木道には近付かないようになりました。

 親と一緒に出かけるときも、なるべく並木道は通らないように誘導しています。ケヤキから生える手が、親に触れることがあったら……と思うと、並木道を歩けません。

 本当に素敵な並木道だったので、こんなことになってしまって残念です。


 

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