黒地蔵
俺の地元は駅の方は栄えてるんだけどさ、俺の家の方は坂道が多くて、ちょっと行くと裏山があるような地域なんだよ。
そんで、うちには父方のじいちゃんばあちゃんが同居してたんだけど、じいちゃんに小さい頃から「裏山に遊びに行ってもいいけど、黒地蔵には絶対に触らないこと」って何度も何度も言われて育ってたのな。
裏山にはひときわでかい樹が立っててさ、その根本に地蔵があるんだよ。
そいつが黒地蔵。
名前の通り黒い地蔵で、だいぶ古いものみたいでもう表情も分からないくらいボロボロなんだよ。
小さい頃は素直に「黒地蔵には触っちゃいけないんだな」って思って言いつけを守ってたんだけどさ、小学校も中学年くらいになると知恵がついてくるじゃん。
だからじいちゃんに「なんで黒地蔵に触っちゃいけないんだよ」って聞いたら「あれは良くない祈りが込められた地蔵だから、触ると祟られるぞ」って言うんだ。
良くない祈りってのは、簡単に言うと恨みつらみみたいなもんなんだって。誰かを呪いたい人が、黒地蔵に「◯◯を不幸にしてくれ」って祈るんだってさ。
黒地蔵ってのは元々は普通の地蔵で、それが人の恨みを吸って真っ黒になったんだってじいちゃんは言ってた。
でもそんな話が怖いのも、せいぜい小学生の内だけじゃん?
中学にもなるといきがって、当然肝試しとかするんだよ。黒地蔵のことはこの辺りに住んでるやつだったらみんな知ってるような有名な話だから、ちょっとヤンチャしてるようなやつはあえて黒地蔵に触ってみようぜってなるわけ。
それで、俺もそんなちょっとヤンチャなやつのひとりだったのね。
夜中に友達何人かと懐中電灯を持って集まってさ、裏山の黒地蔵まで行くんだよ。
さすがに夜の裏山は雰囲気があったな。野生動物もいたんだと思うんだけど、何かそういう気配を感じるんだよ。何かいるなって気配。おばけとかじゃなくて、野生動物がいるなって気配。それだけでも十分怖かったよ。
で、黒地蔵がある大きな樹の辺りはちょっと開けてて、その開けた場所の中央に樹があるんだ。
ちょうど月明かりが差してて、懐中電灯もあいまって、黒地蔵は何かてらてらした感じで黒光りしててさ。それまでちゃんと黒地蔵を見たことはなかったけど、かなり不気味だった。俺はこの時点でちょっと胃が気持ちが悪くなってさ。嫌な予感みたいなのがしてたんだ。
しかも黒地蔵がある辺りからは、生臭いような、何とも言えない臭いがしたんだよ。そこだけ空気が淀んでるみたいだった。みんなもちょっと引いてたな。
でもタクヤがさ「お前らビビってんのかよ」って言いながら黒地蔵の前に立って、止める間もなく黒地蔵に触ったんだ。
その瞬間、タクヤはバッと黒地蔵から手を離して「何だこれ!」って叫んだ。
みんながタクヤに駆け寄った。見てみると、タクヤのてのひらには何かがべっとりくっついてた。懐中電灯でタクヤの手を照らしてみると、それは赤黒い液体に見えた。
「これ、もしかして、血か?」って俺が言うと、突然風が吹いて、周囲の木々がざわざわいい始めた。
みんな「ヤバい、何かヤバい」って言って、慌てて逃げ帰ったよ。
まぁ、その日はそれ以上のことはなくて、でも俺は何かモヤモヤしてさ。怒られるのを承知で、じいちゃんに洗いざらい話したんだよ。
じいちゃんは難しい顔をして「お前は触らなかったか?」って聞いた。だから「俺は触ってない」って答えた。
じいちゃんはため息をついて、黒地蔵についてもう少し詳しく教えてくれた。
黒地蔵には、悪い祈りが込められる。だから地蔵は人間の悪意を吸って黒く染まる。その黒く染まるってのは、物理的に染まるんだよ。
黒地蔵に願って、願いが叶った人間は、お礼として黒地蔵に自らの血を捧げるんだよ。別にそんなにたくさんの量じゃない。そんなにたくさんの量じゃないけど、黒地蔵に願って、願いが叶った人間はそれなりにいたんだろうな。血の赤が重なり、重なり、赤黒く変色してこびりつき、さらに血の赤が重ねられ……。そうやって重なった血の赤は、いつしか地蔵を黒く染めて、黒地蔵になったってわけだ。
だからあの日、俺達が黒地蔵を訪れる前に、黒地蔵に願って成就した人間が、お礼に自分の血を捧げたんだよ。タクヤのてのひらについたのは、その捧げられた血だったんだ。
じいちゃんはタクヤの家に電話して、俺達は全員でお祓いを受けることになったよ。
でも結局、その5年後にタクヤは事故で右手を失った。黒地蔵に触った方の手だ。じいちゃんは「お祓いをしてなかったら、命ごと持っていかれてたかもなぁ」って言ってて、それが俺には怖かったよ。
そのじいちゃんも、3年前に死んだ。俺の子どもの顔を見て、それはそれは嬉しそうにしてたけど「黒地蔵のこと、絶対に伝えろよ」って言ってた。これが遺言みたいなもんだったよ。
子どもも3歳になってだいぶ会話もできるようになってきたから、もうちょっとでかくなったら黒地蔵のことを教えなきゃなって思ってる。




