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もりとき怪談 第二集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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近付いてくる

 私はこれまで幽霊なんて見たこともなかった。

 今回の体験も昼間に起こったことだから、本当に心霊体験なのかもよく分からないんだけどさ。私にとってはトラウマな話だよ。

 あの日はよく晴れてて、けっこう暑い日だった。私は休日の買い出しを終えて、1週間分の食材を買い込んでパンパンになったエコバッグを肩に食い込ませながら歩いてたのよ。

 そしたらさ、何か背後から視線を感じるのさ。

 で、振り返る。

 楽しそうに歩いてる子どもとか、杖をついたおばあちゃん、ベビーカーを押してる女の人。そんな人達に混じって、黒いパーカーのフードを目深にかぶった男が遠くに立ってた。暑い日にもかかわらず長袖厚手のパーカーだったから、すごく目立ってた。

 当然みんなどこかに向かっているわけだから、私が止まれば周囲の人達は私から遠ざかったり近付いたりするでしょ。でもその男だけは微動だにしない。つまり、私と同じように立ち止まってるのよ。

 ちょっと気になりはしたけど、明るい時間で人通りも多い道だし、何か起こるってことはないでしょと思ってまた歩き始めたのね。


 自宅のマンションに向かって歩いていくわけだけど、やっぱり背後から視線を感じる。

 振り返ると、フードの男がさっきよりも近い位置で立ち止まってた。

 できるだけ人が多い道を選んで遠回りしながら歩くんだけど、視線はずっとついてくる。振り返るたびに男と私の距離はどんどん近付いていく。

 趣味の悪い”だるまさんが転んだ”みたいになってたよ。

 だって、私が振り返ると男は止まるんだもん。後ろを見ながら進むと、その男は動かないの。でも危ないから前を見て歩くじゃない? それでちょっとして気になって振り返ると、さっきよりも近い位置に男がいる。


 いつもならスーパーまで10分かからないんだけど、その日は遠回りをしてもう15分近く歩いてる。男がついてくるようになってから10分以上。私、もう汗だくだったよ。

 午後のキツい日差しの中で、長袖の黒パーカーを着た男ってかなり目立つと思うんだけど、誰も男のことを気にしてる様子はなかった。

 もうすぐマンションに着きそうってところで振り返ったら、男と私の距離はだいぶ縮まって、もう5メートルくらいだった。

 これだけ近くにいるのに、やっぱり男の目元はフードで隠れてて見えなかった。鼻と口元しか見えなかったけど、絶対に知り合いとかじゃない。


 もう気味が悪すぎて、マンションにダッシュしたよ。

 マンションのエントランスに設置してあるカードリーダーにカードを挿し込んで、中に入って急いで扉を閉めた。

 ガチャンって施錠された音がして、ほっと一息ついたのね。

 それで顔を上げたら、オートロックのガラス扉に、黒いパーカーの男がべったり張り付いてた。

 男の方が私より背が高かったから、自然に見上げる形になって、そこで初めてフードで隠されていた男の目と視線が合った……気がした。

 気がしたっていうのは……その男には、目玉がなかったんだよね。

 ぽっかり開いた空洞が真っ黒で、私、声も出せなくて、立っていられなくなってその場に座り込んじゃった。

 怖くて顔が上げられなくて、座り込んだ自分の膝をずっと見てた。


 そうしてどのくらい経っただろう。女の人から声をかけられて、ハッと我に返ったの。

 女の人はマンションの住人で、マンションから出ようとしたら私がオートロック扉の前で座り込んでたから、びっくりして声をかけてくれたみたい。

 そのときには、オートロック扉に張り付いてた男もいなくなってた。

 女の人がすごく心配してくれたんだけど、目玉のない男に追いかけられたなんて話できなくてさ。でも女の人は付き添ってくれて、一緒に部屋の前まで行ってくれたのね。

 それで、私の部屋の前まできて、ふたりで言葉を失っちゃった。

 マンションの扉ね、黒いんだけど、そこに赤いペンキを塗りたくったような手形が、べたべたべた〜ってついてんのよ。

 女の人が管理会社に連絡してくれて、話を聞かれたりなんやかんやあったんだけど、私、もう嫌になっちゃってさ。

 ひとり暮らししてる妹に連絡して、しばらく妹のところに厄介になって、マンションからは引っ越したわ。

 いや本当、私がこんな目にあう心当たりがないよ。



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