曖昧な喫茶店
通っている大学の最寄り駅の近くにある雑居ビルには、私が気に入っている喫茶店があります。
あります……っていうか……。
その喫茶店の話をしますね。
1階にドラッグストアが入ってて、2階には飲食店が多くて、3階から上は美容室とか雑貨屋さんとかが入ってる雑居ビルで、私は週に1回はその雑居ビルに立ち寄っていました。
2階の奥の方、バーの隣にその小さな喫茶店があります。
レトロな内装の店内にはジャズが静かに流れていて、あまり学生は使用していない穴場スポットでした。同じ階にチェーンのカフェがあるから、学生はそっちを利用していたみたい。私はその小さな喫茶店の落ち着いた雰囲気が好きで、ちょっと勉強したいときとか、本を読むときによく行っていました。
マスターは40代後半から50代前半くらいでグレーヘアーの男性でした。鼻の下にヒゲを生やしているんですが、すらりとしたスタイルで清潔感がある人。いつも黒いエプロンを着ていて、ちょっと格好良いおじさんです。
カウンター席に座っていても必要以上にこっちに話しかけてきませんし、話すときでも声がすごく穏やかで、癒し系って感じの人。
喫茶店の名前は「瞬」なので、マスターの名前が瞬なのかなと思って聞いてみたら、お店の名前は「またたき」と読むそうです。
すごく気に入っている喫茶店だったので、友達を誘ってみようって思ったんです。
だから友達に「駅前の雑居ビルの2階に、喫茶店あるじゃん?」って言ったら、「カフェじゃなくて?」って返されたんです。「そこじゃなくて、奥の方のバーの隣に喫茶店があるの」って言うと、友達は不思議そうな顔をしました。
「私、この間そのバーに行ったけど、隣に喫茶店なんてなかったよ?」
「えー、小さいけど、喫茶店、あるよ! 瞬って名前のところ!」
「ないって〜!」
そんな風に友達と言い合ってたら、周りの子も集まってきて喫茶店の話になったんです。
その喫茶店を知ってるって子もいれば、雑居ビルの2階にはよく行くけど見たことないって子もいました。
私もその喫茶店に最後に行ってから1ヶ月くらい経ってましたから、もしかしたら行かない間に閉店したのかもしれません。
なので、友達と一緒に喫茶店に行ってみることにしたんです。
そしたら、喫茶店はなくなってました。
空きテナントの張り紙が貼られたガラス窓から中をのぞくと、テーブルが置かれていたような痕跡は残っているのですが、かつての喫茶店を思わせる要素は何もありませんでした。
友達が「ほらね?」って言ったんですが、私、どうしても納得できなくて。閉店の可能性が頭をよぎって、信じたくない気持ちもあったと思います。
隣のバーはまだ準備中だったんですけど、店員さんがいたので思い切って「お隣に喫茶店ありませんでした?」って聞いたんです。
店員さんは「あー、5年くらい前には喫茶店があったらしいけど、ずっと空き店舗ですよ」って教えてくれたんです。
5年くらい前からずっと空き店舗って、それじゃあ私が通ってた喫茶店は何? それに、私以外にもその喫茶店を知ってる子もいたんですよ?
私は釈然としない気持ちで、ガラスの向こうの店内を見ていました。
その後、私はひとりで、また2階の喫茶店を訪れました。
喫茶店がなかったのは確認したんですけど、まだ信じられない気持ちだったんです。喫茶店が近付いて来るにつれて、ガラス窓に貼られていた空きテナントの張り紙がなくなっていることに気づきました。
何か新しいお店が入ったんだろうか。
そう思ってガラス窓をのぞくと、いつものレトロな喫茶店が広がっていました。グレーヘアーのマスターが、黒いエプロンを身につけてサイフォンを眺めています。
喫茶店のドアを開けると、軽やかにカウベルの音が響きました。
やっぱり、喫茶店はあったんです。
店のレトロな雰囲気から、もしかしてタイムスリップしてるのかも、と思ったんですが、置かれている週刊誌の日付は普通に現在のものでした。
出されたコーヒーも、いつも通り美味しかったです。
行く度に、その喫茶店はあったりなかったりしました。
友達と一緒に行っても喫茶店があることもあれば、ひとりで行っても喫茶店がないこともありました。喫茶店があったりなかったりするのに、あまり理由はないみたいです。私はそれまで喫茶店がなくなってる光景を見たことがなかったのですが、一度なくなっているのを見てからは、喫茶店がないことが増えました。
ちょっと気味が悪いですがそれでもお気に入りの喫茶店なので、私は「曖昧な喫茶店」って呼んで今でも通ってます。
喫茶店を訪ねて、そこにあったら「今日はラッキー」って感じで、もう占いみたいになっています。




