もらった人形
近所にある小さな公園で娘を遊ばせている間、公園のベンチで少しだけ読書に興じるのが私のささやかな楽しみでした。
その日もいつものように、砂場で遊ぶ娘に気を配りつつ、本の上の文字を目で追っていました。私の耳には、はしゃぐ娘の声や公園で遊ぶ子どもたちの声が心地よく響いていました。
時間にすれば、5分にも満たなかったと思います。
私は本の世界に没頭してしまい、娘に「ママ〜」と呼ばれて膝を叩かれ、ハッと顔を上げました。娘がぷくぷくしたほっぺたをして笑っていました。
「おにんぎょ、もらった!」
娘は嬉しそうに、私に何かを差し出しました。
それを見た途端、私は危うく声を上げそうになりました。
娘が持っていたのは、20センチくらいの手作りの人形のように見えました。カントリードールのような感じで、素朴な手作りの人形。赤い毛糸の髪は耳の下で二つのおさげになっていて、ブルーのチェック柄のワンピースの上にエプロンドレスを着ています。
ですが、その人形は土で汚れていました。
そして、目と口があるであろう部分がぎっちりと縫い合わされていて、まるで拷問を受けているかのように見えました。
「そのお人形、どうしたの?」
「おねえさんがくれたんだよ!」
「お姉さん?」
娘の言葉に、私は公園を見渡しましたが、いるのは顔なじみの子どもとその親ばかりで、娘の言う「お姉さん」に該当する人物はいないように思えました。
なんせ気味の悪い人形だったので私は何とか娘を説得して家に持ち帰らないようにしました。でも娘がどうしてかその人形をとても気に入ってしまって、離そうとしません。
私としても捨てるのは気が引けたので、せめてその「お姉さん」に返せないかと思って、公園にいたママ友に聞いてみましたが、誰も「お姉さん」を見ている人はいませんでした。
仕方なく、私は人形を持って帰ることになりました。
さすがに土で汚れているものを家に入れたくなかったのですが、洗うのも面倒ですし、私は玄関先でできるだけ人形をきれいにしました。
全体的にはどうってことない人形ですが、とにかく目と口が縫い合わされているのが怖くて、私はあまり人形を持っていたくはありませんでした。
娘はというと、私が人形についた土を払っている間も「ぺんぺんしたら、おにんぎょさん、かわいそうなの!」と私に対して怒っていました。
家の中ではもう人形にべったりで、いつもなら私から離れないのに、リビングで人形とおままごとをして遊んでいるようでした。ひとりで遊んでいてくれる分には、家事に専念できるので私としてはありがたかったです。
夫が帰ってきて、娘は嬉しそうに人形を夫に見せました。夫も目と口が縫い合わされた人形を見て、ちょっと引いているみたいでした。
娘とお風呂から上がると、夫が子どもみたいにはしゃいで「じゃーん!」と言いながら、娘の前に人形を差し出しました。
どうやら夫は私達がお風呂に入っている間に、縫い合わされていた目と口の糸をほどいていたようでした。素朴な目と小さな口が現れて、こうしてみるとただの人形に見えて私もホッとしました。
娘は不思議そうな顔で人形を眺めて、一言「おくち、あけちゃだめなのね」と言いました。娘の言葉の意味が分からなくて、私と夫は顔を見合わせました。
そして夜になり、私達は寝室で川の字で寝ました。
夜中に何かが動くような衣擦れの音がして、私は目を覚ましました。
体を起こしてみると、娘が布団の上に座って何かをしていました。私が「どうしたの? おトイレ?」と声をかけても、娘は何も言いません。でももぞもぞと動いて何かをしています。
私は部屋の電気をつけました。
座って体を丸めている娘を覗き込んで、思わず悲鳴を上げてしまいました。
娘は人形の首をもぎり取り、その中に入っていた赤茶色の綿を、無表情で口の中に詰め込んでいました。
私は夫に助けを求めて叫びながら、娘の口に指を突っ込んで綿を掻き出しました。抵抗する娘に指を噛まれましたが、構わず綿を取り出しました。
夫も起きて、暴れようとする娘を取り押さえ、何とか口からすべての綿を取り出すと、娘は急にわっと泣き出しました。
布団の上にはこわれた人形と、赤茶色の綿が散乱して、私と夫はしばらく呆然としていました。
次の日、夫には仕事を休んでもらって、三人でお祓いに行きました。人形はそこで供養してもらうことになりました。
その後は変なことは起こっていませんが、ママ友ネットワークには不審者情報として人形をプレゼントしてくる女性について流しました。
娘以外には人形をもらったという子どもはいないようでしたが、たとえ近くにいたとしても子どもから目を離すのは駄目ですね。




