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もりとき怪談 第二集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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14/33

見えない人

 この間、久々に仕事を定時で上がったんだ。

 17時頃の電車では幸運にも座ることができた。とはいえ座席はすべて埋まっていたし、ラッシュよりはぜんぜん余裕があるものの立っている乗客も多かった。

 そんな乗客の中に、俺はちょっと不気味な女がいるのを見かけた。

 その女は喪服を着ていて、髪は長く垂らしていたから表情はあまり読み取れなかった。何が不気味だったって、女は遺影を胸に抱えてたんだ。

 大事な家族が亡くなったのかもしれないけど、電車の中でわざわざ遺影を抱えるか? 角度的にちゃんとは見えないけど、写真が入れられた面が外に見える形で抱えている。つまりその女は、俺達に遺影に写っている人物が見えるようにして持ってたんだ。


 何とも居心地が悪くて、俺はなるべくその喪服の女を見ないようにしてたんだけど、やっぱり気になってチラチラ見ちゃうんだよな。

 そんで、俺と同じように女の存在を気にしているらしく、そわそわしている乗客も何人かいた。もちろん、まったく気にしていない乗客もいた。

 俺の隣には仕事帰りと思われるOLの女性が座ってたんだけど、彼女も喪服の女が気になるみたいで、何度か視線を送ってた。


 電車は駅に着いて、乗客が入れ替わる。俺の近くの席に座っていた男性が降りていって、代わりに入ってきた男性が目ざとくその席に座った。

 するとそれまで俯いて立っているだけだった喪服の女が、するすると人の間を縫うように歩き出した。

 電車はもう動き出していたから、移動する喪服の女を迷惑そうな目で見る人もいれば、触れる程に近付かれてもまったく意に介さない人もいる。

 喪服の女は、俺の方に近付いてきているように思われた。

 喪服の女は前髪が長くて目はほとんど見えなかったけど、薄く口紅の引かれた唇は、少しだけ笑っているような感じだった。

 そして遺影に写っている人物は快活な感じの若い男性で、明るい笑顔をしていた。年齢的に喪服の女の夫なのだろうか。でもその遺影に、どこか見覚えがある気がした。


 喪服の女が前を通り過ぎるときに、俺の隣の女性は「ひっ」と小さく息を吸って、顔を伏せた。

 俺はなるべく直視しないようにしてたけど、喪服の女は俺の前を通り過ぎ、俺の近くで止まった。そこはさっき電車に乗ってきた男性が座った辺りだった。

 それで俺は思い出した。

 遺影に写っていた人物。

 まさにさっき電車に乗ってきた男性だった。


 喪服の女はその遺影を男性に見せるように、ぐいと前に出す。

 あれだけ近くに遺影があって、しかもそれに写っているのが自分だったらすごく気持ち悪いだろうに、男性は一向に遺影の方を見なかった。

 喪服の女の行動に対して、俺達みたいに顔をしかめてる人もいたけど、やっぱりぜんぜん気にしてない人もいた。

 電車が次の駅について、座ってた男性はぱっと顔を上げた。目の前に自分の遺影を掲げた女がいるにもかかわらず男性は何事もなく立ち上がって、電車を降りていった。その男性を追いかけるようにして、喪服の女も降りていった。


 俺はいつの間にか体が硬直してたみたいで、力を抜いて息をついた。

「気持ち悪い人でしたね」

 隣の女性が俺に話しかけてきたから、俺は苦笑しながら「本当ですね」って相槌を打った。

 そしたら近くにいた女子高校生グループが「さっきの女、マジで何? キモくない?」って話してたんだけど、そのグループの中ではどうやら喪服の女の存在に気付いてた人もいれば、気付いていない人もいるみたいだった。

 周りも気にせず電車の中にしては大きな声で話していたから、彼女達の声はそれなりの範囲に届いてたと思う。

 車内を見渡してみると、彼女達の話に頷いてる人もいれば、何を話しているのかまったく分からないって顔の人もいた。


 何か、その空気感が気持ち悪かった。

 だって、みんな同じ車両にいたのに、まるで喪服の女が見えてた人と、見えてなかった人がいるみたいじゃないか。

 俺は霊感ないし、喪服の女は実在しているようにしか見えなかった。

 それで、あの喪服の女の遺影に写っていた男性はこれからどうなっちゃうんだろうって想像したら、背中がゾクッとしたよ。



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