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もりとき怪談 第二集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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くちぶり鬼

 俺が住んでる辺りには「くちぶり鬼」って呼ばれる妖怪がいるんだ。

 別に俺が住んでるとこはそんなに田舎じゃないぞ。すごい都会ってわけじゃないけど、そこそこ大きい商業施設もあるし、住むには何の不自由もないところ。

 もう亡くなったけど、俺が小さい頃はばあちゃんと同居してて、ばあちゃんの生まれもこの辺りだったんだ。母ちゃんがパートで働いてるときは、俺の面倒はばあちゃんが見てくれた。ばあちゃんは色んな話をしてくれて、その中に「くちぶり鬼」の話があった。


 ばあちゃんはやさしいけど怒るとめっちゃ怖くて、特に「くちぶり鬼」の話をするときはばあちゃんが鬼なんじゃないかってくらい眉毛を吊り上げてた。

「いいかい、夜道を歩いているときに背後に気配を感じたら、『くちぶり鬼』があんたを追いかけてきてるんだよ。絶対に振り向いちゃなんねぇ」

 ばあちゃん曰く、「くちぶり鬼」ってのは子どもくらいの大きさで、顔にでかい唇がついた妖怪らしい。んで、背後の気配に振り返ると、そのでかい口で人間を食べるんだってさ。

 その話を聞いたときには俺はガキだったからめちゃくちゃトラウマになって、しばらく母ちゃんと一緒の布団で寝た。


 とはいえ、そんなのを信じてるのは純粋だったガキの頃くらいで、中学生に上がる頃にはもうすっかり信じてなかった。

 俺が高校生のときにばあちゃんは亡くなって、俺は近くの適当な大学に入って、地元の適当な企業に就職した。

 だから引っ越すこともなく、今も同じ地域に住んでる。

 で、会社の飲み会があった日に、俺はほろ酔い気分で深夜の道を家に向かって歩いてたんだ。

 そうしたら背後に気配を感じる。ぺた、ぺた、みたいな足音も聞こえてくる。

 そのときは酔ってたし、ばあちゃんの話なんてすっかり忘れてたから、何か後ろからついてきてるなと思って、俺、普通に振り返ったんだよ。


 そしたら、背後に子どもくらいの背丈の何かがいた。

 街灯に照らされて、その姿はかなりはっきり視認できたよ。

 なんてことはない、ぼっちゃん刈りみたいな髪型に、二つの瞳。その口が、異様にでかい。顔の半分が口。しかも下唇が厚ぼったくて、だらりと胸元まで垂れ下がってた。むき出しになった歯茎は赤黒くて、人間のそれより大きな歯が白く光って見えた。


 俺は叫び声を上げた。

 上げたつもりだった。

 でも俺の口からは息だけが漏れた。

 代わりに目の前にいる化け物の口から「ひゃぁぁぁっ!」って声が出た。それは俺の声だった。

 俺は「なんで、俺の声!」って言った。やっぱりそれは声にならなかった。代わりに化け物が「なんで、俺の声!」って俺の声で言った。

 続いて、「どうなってんだよ!」って化け物が言う。それも俺が言おうとして声にならなかったセリフだった。

 化け物が、俺に向かってぺたりと一歩踏み出した。

 その瞬間、俺の脳裏にばあちゃんが話してくれた「くちぶり鬼」がよみがえって、この化け物が人を食うってことを思い出したんだ。


 俺はダッシュで逃げて、とにかく人がいるところに行きたくて、コンビニに入った。

 急に駆け込んできた俺に店員はビックリして「どうかしましたか?」って声をかけてきた。俺は呼吸を整えて「いや……」と言った。ちゃんと声になった。ホッとしたら急に力が抜けて、その場にへたり込んじゃって、店員にめっちゃ心配された。

 カラカラになった喉で「なんか、変なのに追いかけられて」って伝えたら、「警察呼びますか?」って言われたから、それは拒否した。

 情けない話なんだけど、深夜にも関わらず親に電話して、コンビニまで車で迎えに来てもらった。親父がすごいムスッとした顔で迎えに来た。

 酔いなんて覚めてたけど、親父は俺が酒を飲んで錯乱したって思ってたみたい。


 車の中で親父に「何かあったのか」って聞かれたから、俺は「ばあちゃんが話してた『くちぶり鬼』って妖怪、知ってる?」って言った。

 親父はちょっと驚いた顔で「出たのか?」って言ったから、俺は黙って頷いた。親父は感心したように「はぁ〜、本当にいたんだな」って独り言。いや、あんたの息子、化け物に食われるところだったんだが? って感じ。

 その日は寝る前に仏壇の前で拝んでけって親父に言われて、俺もおとなしく従ったよ。


 で、調べてみたら「くちぶり」って「話し方の様子」とか「言葉つき」みたいな意味なのな。

 俺が遭遇した「くちぶり鬼」は俺が言おうとしたことを俺の代わりにしゃべってたから、「くちぶり鬼」ってのは声と言葉を奪う妖怪なのかもな。

 いや、それにしてもあのでかい口で食われる可能性もあると思うと、マジで洒落にならん。

 夜道で気配を感じて振り返るときは、十分に気をつけろよ。



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