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第八話 運命の予兆

窓から差し込む朝日が、白いレースのカーテンをやさしく揺らした。


 その光をまぶた越しに感じながら、ミリアはゆっくりと目を開ける。


「……朝。」


 昨夜、ユーリから聞いた創世の神話が、まだ胸の奥に残っていた。


 光の神と闇の神。


 世界を見守る六神。


 そして、人々の負の感情から生まれたイシュル。


 どれも初めて知る話だったはずなのに、不思議と心に深く刻まれている。


 なかでも、一番気になっていたのはライトのことだった。


 授業の終わり、ライトは「白い神殿を知っている気がする」と呟いていた。


 けれど、その記憶は朝霧のように消えてしまった。


(ライト……大丈夫かな。)


 そう思いながら眠りについたせいだろうか。


 白く輝く場所が、ぼんやりと思い浮かぶ。


 どこまでも続く光。


 誰かのやさしい声。


 けれど、目が覚めた今は、その続きを思い出せない。


「……変な夢。」


 小さく首を傾げながらも、胸の奥には、どこか懐かしくて温かな感覚だけが残っていた。


 コンコン。


 扉を叩く音が静かな部屋に響く。


「お嬢様。お目覚めでしょうか?」


 フィーネの声だった。


「うん。起きてるよ。」


「失礼いたします。」


 部屋へ入ってきたフィーネは、カーテンを大きく開ける。


 朝の光が一気に部屋を満たし、小鳥のさえずりが聞こえてきた。


「今日は、とても良いお天気ですよ。」


「本当。」


 窓の外には、雲ひとつない青空が広がっている。


 庭では色とりどりの花々が朝露をまとい、朝日に照らされて宝石のように輝いていた。


 こんな景色を見ているだけで、自然と心が軽くなる。


「お加減はいかがですか?」


 フィーネが心配そうに尋ねる。


「もう大丈夫。元気よ。」


 そう答えると、フィーネはほっと胸をなで下ろした。


「安心いたしました。リンフォル様もミルティア様も、お嬢様がお元気になられて喜ばれております。」


「心配かけちゃったもんね。」


 事故に遭ってから、家族にも使用人たちにもたくさん迷惑をかけてしまった。


 だからこそ、これから少しずつ恩返しをしていきたい。


 そんな思いが、自然と胸に芽生えていた。


「お着替えが終わりましたら、いつものようにお庭を走られますか?」


「うん! 今日は昨日より長く走ってみたいな。」


「ですが、ご無理はなさらないでくださいね。」


 優しく微笑むフィーネに、ミリアも笑顔で頷いた。


「分かってる。」



 朝の庭には、ひんやりとした空気が流れていた。


 深く息を吸い込むと、花の甘い香りと、土のやさしい匂いが胸いっぱいに広がる。


「気持ちいい……。」


 ミリアは軽く体をほぐすと、ゆっくりと走り始めた。


 タッ、タッ、タッ――。


 規則正しく足音が響く。


 まだ本調子ではない。


 それでも昨日より足取りは軽く、呼吸も乱れない。


(少しずつだけど、ちゃんと良くなってる。)


 そう思うと嬉しくなり、自然と頬が緩んだ。


 庭師たちは朝早くから花壇の手入れをしていた。


「あ、お嬢様。おはようございます。」


「おはようございます!」


 笑顔で挨拶を返すと、年配の庭師が目を細める。


「お元気そうで何よりです。」


「ありがとうございます。」


 以前のミリアなら、きっと軽く会釈をするだけだったのかもしれない。


 けれど今は、一人ひとりと交わす挨拶が、とても温かく感じられる。


 この人たちが毎日庭を手入れしてくれるから、家族は気持ちよく過ごせる。


 誰かが誰かのために働いている。


 そんな当たり前のことが、以前よりずっとよく見えるようになっていた。


 一周、また一周。


 無理をしないよう、自分の体と相談しながら走る。


 最後にゆっくり歩きながら深呼吸をすると、朝の澄んだ空気が体の隅々まで満ちていくようだった。


「ふぅ……。」


 その時だった。


 ふわり。


 どこからともなく、一匹の白い蝶がミリアの前を横切った。


 花から花へと舞うその姿を目で追っていると、肩のあたりで小さな笑い声が聞こえた。


「ミリア、おはよう!」


 元気いっぱいの声とともに、小さな光がふわりと宙に浮かぶ。


「おはよう、ライト。」


 光の妖精・ライトは、朝日を浴びてきらきらと輝いていた。


「今日も走ったね!」


「うん。昨日より少しだけ長く走れたよ。」


「えらい!」


 ライトは嬉しそうに拍手する。


 その無邪気な笑顔に、ミリアもつられて笑った。


「ありがとう。」


 穏やかな朝。


 何気ない会話。


 それだけなのに、不思議なくらい心が満たされていく。


 屋敷へ戻る頃には、朝日がすっかり空へ昇り、庭一面をやわらかな光が包み込んでいた。


 玄関ではフィーネが微笑みながら待っている。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


「ただいま、フィーネ。」


「少し汗をかかれましたね。お食事の前に、お着替えをいたしましょう。」


「うん、お願い。」


 フィーネの手際の良い支度のおかげで、あっという間に身支度が整う。


 鏡に映る自分を見ると、事故のあとよりも表情が明るくなっていることに気が付いた。


(今日も一日、頑張ろう。)


 そう心の中で呟くと、自然と笑みがこぼれる。


 その様子を見たフィーネも、嬉しそうに目を細めた。


「その笑顔が見られて、本当に安心いたしました。」


「そんなに心配してくれてたの?」


「もちろんでございます。お嬢様は、私たちにとって大切なお嬢様ですから。」


 照れくさくなりながらも、ミリアは素直に微笑んだ。


「ありがとう。」


 たった一言だったけれど、その言葉だけで十分気持ちは伝わった。


 フィーネも優しく頷き、二人は食堂へ向かう。



 食堂へ足を踏み入れると、焼きたてのパンの香ばしい香りがふわりと鼻をくすぐった。


 長いテーブルには、色鮮やかなサラダに温かなスープ、焼きたてのパンや卵料理が美しく並べられている。


「おはようございます。」


 ミリアが一礼すると、父・リンフォルがすぐに優しい笑みを浮かべた。


「おはよう、ミリア。」


 その表情を見ただけで、父が安心していることが伝わってくる。


「今日は顔色がずいぶんいいね。」


「はい。昨日より元気になりました。」


「そうか。」


 リンフォルはほっとしたように息をついた。


「それを聞いて安心したよ。」


 母・ミルティアも微笑みながら口を開く。


「今朝もお庭を走ったそうね。」


「少しだけですけど。」


「無理はしないこと。元気になったからといって、急に頑張りすぎてはいけませんよ。」


「はい、お母様。」


 優しく諭され、ミリアは素直に頷いた。


 向かいに座る兄・リンタスクがくすっと笑う。


「父上なんて、朝から落ち着かなかったんだよ。」


「リンタスク。」


 少し照れたように父が咳払いをする。


「『今日はちゃんと眠れただろうか』『朝は起きられるだろうか』って、何度も私に聞いてきたんだから。」


「……余計なことを言うな。」


 いつもは堂々としている父が、少しだけばつが悪そうに視線をそらす。


 その姿がおかしくて、ミリアは思わず笑ってしまった。


「ふふっ。」


「笑うことはないだろう。」


 そう言いながらも、リンフォルの表情はどこか嬉しそうだ。


「だって、お父様がそんなに心配してくださっていたなんて……。」


 ミリアは少し照れながら笑った。


「ありがとうございます。」


 その言葉に、リンフォルは静かに頷く。


「父が娘を心配するのは当たり前だ。」


 その一言が、胸の奥へじんわりと染み込んでいく。


 前世では、家族みんなで朝食を囲む機会は少なかった。


 忙しい毎日の中で、それぞれが違う時間に食事を済ませることも珍しくなかった。


 だからこそ、この穏やかな時間が何よりも愛おしく思える。


 リンフォルはパンを手に取りながら穏やかに微笑んだ。


「今日もユーリ先生の授業だったね。」


「はい。」


「焦らなくていい。一つずつ、自分の歩幅で学んでいけばいいんだ。」


「はい。」


「分からないことがあれば、恥ずかしがらず先生に聞きなさい。それが学ぶということだからね。」


「ありがとうございます、お父様。」


「うん。その笑顔なら大丈夫そうだ。」


 その言葉に、ミリアも自然と笑みを返した。


 食卓には穏やかな笑い声が広がる。


 焼きたてのパンの香り。


 窓の外から聞こえる小鳥のさえずり。


 家族と過ごす何気ない朝。


 そのすべてが、今のミリアにはかけがえのない宝物だった。



 朝食を終え、自室へ戻ったミリアは、誰にも気づかれないようにナプキンへ小さな丸パンを一つ包んでいた。


 部屋の扉を開けた途端、小さな光が勢いよく飛んでくる。


「ミリアー!」


「ふふっ。ただいま、ライト。」


「待ってたよ!」


 ライトは嬉しそうに宙をくるくると回る。


「ちゃんと約束、覚えてた?」


「もちろん。」


 ミリアはナプキンをそっと開いた。


 焼きたての丸パンが姿を見せると、ライトの瞳がぱっと輝く。


「わぁーっ! パン!」


「ライトの分も持ってきたよ。」


「やったぁ!」


 両手で大事そうに抱えたライトは、小さくちぎって一口かじる。


「おいしい〜!」


 その幸せそうな顔に、ミリアも自然と頬が緩んだ。


「そんなに喜んでもらえると、持ってきた甲斐があるな。」


「だってね。」


 ライトはにこっと笑う。


「ミリアが持ってきてくれたパンだから、おいしいんだもん!」


 思いがけない一言に、ミリアは少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう、ライト。」


 窓から吹き込む朝風が、白いレースのカーテンをふわりと揺らす。


 一人と一匹は、穏やかな時間をゆっくりと過ごした。


 この温かな日常が、いつまでも続くものだと信じながら――。



 ライトとの穏やかな時間を過ごしたあと、ミリアは気持ちを切り替え、机へ向かった。


 窓から吹き込む爽やかな風が、白いレースのカーテンを優しく揺らしている。


 コンコン、と控えめなノックが響いた。


「失礼いたします。」


 扉を開けて入ってきたのは、家庭教師のユーリ・フェルールだった。


 整った身なりに穏やかな笑み。手には数冊の本と、一枚の大きな地図を抱えている。


「おはようございます、お嬢様。」


「おはようございます、ユーリ先生。」


「本日はお顔の色も良く、安心いたしました。」


「ありがとうございます。もうすっかり元気です。」


 そう答えるミリアの表情を見て、ユーリは優しく頷いた。


「ですが、ご無理は禁物ですよ。焦らず、一歩ずつ進んでまいりましょう。」


「はい。」


 机の上へ本と地図が広げられる。


 羊皮紙に描かれた地図には、テルファメート領を中心に、周辺の町や街道、山々や川が細かく記されていた。


「さて、本日は昨日のお話の続きをいたしましょう。」


 ユーリは一本の細い指し棒を手に取る。


「昨日は、この世界を救った六人の勇者について学びました。」


「はい。六人はそれぞれ妖精の加護を受け、人々を苦しめていた災いを封じた……というお話でした。」


「よく覚えておられます。」


 ユーリは嬉しそうに微笑んだ。


「では今日は、その勇者たちが命を懸けて守ろうとしたものは何だったのかを考えてみましょう。」


 ミリアは首を傾げる。


「平和……でしょうか?」


「ええ、それも正解です。」


 ユーリは静かに頷いた。


「ですが、その平和とは何でしょう。」


 問いかけられ、ミリアは少し考え込む。


 争いがないこと。


 誰も傷つかないこと。


 もちろん、それも平和だ。


 けれど先生は、それだけを求めているわけではない気がした。


「……みんなが安心して暮らせること、でしょうか。」


 その答えに、ユーリの目が柔らかく細められる。


「その通りです。」


 指し棒がテルファメート領を示す。


「この領地では、小麦や野菜が育てられ、牛や羊が飼育されています。陶器を作る職人、布を織る職人、馬車を作る職人……多くの人々が、それぞれの仕事に誇りを持って暮らしています。」


 ミリアは地図へ視線を落とした。


 点々と描かれた村や町。


 そこには、たくさんの人の生活がある。


「例えば今朝、お召し上がりになったパン。」


 ユーリが穏やかに言う。


「あの一つのパンが食卓へ届くまでに、どれほど多くの人が関わっていると思われますか?」


 ミリアは思い返す。


 黄金色に焼き上がったパン。


 香ばしい香り。


 ライトが目を輝かせながら頬張っていた姿。


「小麦を育てる人……。」


「はい。」


「粉にする人。」


「ええ。」


「パンを焼く人……。」


「その通りです。」


 ユーリは満足そうに頷く。


「さらに、そのパンを運ぶ人。パンを焼く窯を作る職人。薪を切る人。畑へ水を引く人……一つのパンにも、数え切れないほど多くの人々の働きが詰まっています。」


 ミリアは小さく息をのんだ。


 何気なく食べていた朝食が、急に特別なものに思えてくる。


「一人では、生きていけないんですね……。」


「その通りです。」


 ユーリは優しく微笑む。


「人は互いに支え合って生きています。そして、その人々が安心して暮らせるように環境を整えるのが、領主の大切な役目です。」


 その言葉に、父・リンフォルの姿が浮かんだ。


 領民を思い、家族を思い、いつも穏やかな笑顔で皆を見守る父。


 朝食で見せてくれた、少し照れたような笑顔まで思い出し、ミリアの頬も自然と緩む。


「先生。」


「はい。」


「お父様も、毎日そんなことを考えてお仕事をされているんですね。」


「ええ。リンフォル様は領民一人ひとりの暮らしをとても大切にされるお方です。」


 ユーリの声には、心からの敬意が込められていた。


「だからこそ、このテルファメート領は豊かで、人々も笑顔で暮らしていられるのでしょう。」


 ミリアは改めて父の偉大さを感じる。


 家では優しい父。


 領地では、多くの人々を支える侯爵。


 その姿は、とても誇らしかった。


「先生。」


 ミリアは少し緊張した面持ちで尋ねる。


「私にも……領地のみなさんの力になれる日は来るのでしょうか。」


ユーリはすぐには答えず、優しい眼差しでミリアを見つめた。


 その表情には、どこか嬉しさがにじんでいるようにも見えた。


「……もちろんです。」


 穏やかな声が部屋に響く。


「ですが、一つだけ訂正させていただいてもよろしいでしょうか。」


「はい。」


「先ほどミリア様は、『力になれる日』と仰いました。」


 ミリアは小さく頷く。


「ですが、その日は遠い未来だけではございません。」


「え……?」


「誰かを思いやる心は、今日からでも誰かの力になれます。」


 その言葉に、ミリアは目を丸くした。


「領主にならなければ、人を支えられないわけではありません。」


 ユーリはゆっくりと言葉を続ける。


「将来、テルファメート領を治められるのはリンタスク様でしょう。」


「はい。」


「ですが、領地を支える方法は決して一つではありません。」


 地図の上を指先が静かになぞる。


「領主が正しい判断をするためには、多くの人の支えが必要です。」


「支え……。」


「ええ。」


 ユーリは微笑んだ。


「困っている人の声に耳を傾ける人。」


「人と人との橋渡しをする人。」


「誰かの不安に寄り添える人。」


「そうした存在もまた、この領地には欠かせません。」


 その言葉を聞きながら、ミリアは自然と父の姿を思い浮かべていた。


 朝食の席で見せた、あの優しい笑顔。


 領民を大切に思い、家族を大切にする父。


 そして、そんな父を支えようと日々励む兄・リンタスク。


(私は……。)


 これまで、自分には何ができるのだろうとばかり考えていた。


 前世では、仕事に追われる毎日だった。


 誰かの役に立ちたいと思っていても、自分のことで精一杯になってしまう日も少なくなかった。


 だからこそ、この世界では違う生き方をしたい。


 誰かを支えられる人になりたい。


 その想いが、胸の奥で少しずつ形になっていく。


「先生。」


「はい。」


「私は……。」


 一度言葉を切り、小さく息を吸う。


「お父様やお兄様のように、領地のみなさんから信頼される人になりたいです。」


 その瞳には迷いがなかった。


「困っている人がいたら、自然と手を差し伸べられるような……そんな人になれたらと思います。」


 ユーリは満足そうに頷いた。


「素晴らしいお考えです。」


「そのお気持ちを、どうか忘れないでください。」


「知識は、人より優れるために学ぶものではありません。」


「誰かを理解し、支え、守るために学ぶものです。」


 その一言一言が、ミリアの胸へ静かに刻まれていく。


(もっと勉強しよう。)


(もっとたくさんのことを知ろう。)


(そして、お父様やお兄様を支えながら、領地のみなさんの笑顔を守れる人になりたい。)


 それは、誰かに与えられた夢ではない。


 ミリア自身が初めて見つけた、新しい夢だった。


 ユーリは嬉しそうに微笑み、本を閉じる。


「本日の座学はここまでにいたしましょう。」


「ありがとうございました。」


 二人は立ち上がり、互いに一礼する。


 そのとき、ユーリがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、お嬢様。」


「はい?」


「明日からは、座学だけでなく魔力の扱いについても、少しずつ実践を増やしてまいります。」


「本当ですか!」


 思わず声が弾む。


「ええ。ただし、無理は禁物ですよ。」


「はい!」


 その元気な返事に、ユーリは思わず笑みをこぼした。


「その調子なら、リンフォル様も安心なさるでしょう。」


 父の名前が出ると、ミリアも照れくさそうに笑う。


「今朝、お父様に『焦らなくていい』と言っていただいたんです。」


「リンフォル様らしいお言葉ですね。」


 ユーリは深く頷いた。


「急がず、一歩ずつ前へ進むこと。それこそが、一番の近道なのです。」


 その言葉を胸に刻みながら、ミリアは窓の外へ目を向けた。


 青く澄み渡る空。


 庭で風に揺れる花々。


 今日という一日も、昨日までとは少し違って見えた。


 新しい夢を見つけたからだろうか。


 それとも、自分の進む道が少しだけ見え始めたからだろうか。


 ミリアはそっと胸に手を当て、小さく微笑んだ。


 その瞳には、未来へ向かって歩き出そうとする、静かな決意の光が宿っていた



 ユーリを見送ったあと、ミリアは窓を開け、大きく息を吸い込んだ。


 柔らかな風が頬を撫で、庭に咲く花々が小さく揺れる。


「今日はいっぱいお勉強したね!」


 ライトが嬉しそうに宙をくるりと回る。


「うん。でも、不思議と疲れてないの。」


「きっと楽しかったからだよ!」


 その言葉に、ミリアは自然と笑顔になった。


 前世では、勉強は仕事のためのものだった。


 けれど、この世界では違う。


 一つ知るたびに世界が広がり、自分の未来も少しずつ見えてくる。


 もっと知りたい。


 もっと学びたい。


 そんな気持ちが胸いっぱいに広がっていた。


「ねぇ、ミリア!」


 ライトが目を輝かせる。


「魔法の練習しよう!」


「ふふっ。じゃあ少しだけね。」


 二人は人目につかない庭の一角へ向かった。


 ミリアは静かに目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。


 胸の奥に宿る温かな魔力へ意識を向けると、柔らかな光が手のひらへ集まり始めた。


 昨日よりも落ち着いた光。


 昨日よりも優しい輝き。


 その光は白い花をそっと包み込み、花びらが朝露をまとったようにきらめいた。


「すごい!」


 ライトは満面の笑みで拍手をする。


「昨日よりずっと上手!」


「本当?」


「うん! ミリア、どんどん魔力が安定してきてる!」


 ミリアも嬉しそうに微笑んだ。


「これも、先生やお父様が焦らなくていいって言ってくれたからかな。」


「それもあるよ!」


 ライトは元気よく頷く。


「でも、一番はミリアが頑張ったから!」


「ありがとう。」


 二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。


 庭には穏やかな時間だけが流れている。


 この時間が、いつまでも続けばいい。


 そんなふうに思えた。



 その時だった。


 ライトが不意に空を見上げる。


「……あれ?」


 胸の奥が、小さく高鳴った。


 理由は分からない。


 怖いわけではない。


 けれど――。


 どこか懐かしい。


 誰かを思い出しそうになるような、不思議な感覚。


 ライトの四枚の羽が、かすかに震えた。


(なんだろう……。)


 胸の奥がじんわりと温かくなる。


 それなのに、少しだけ切ない。


 頭の中に、ぼんやりと景色が浮かぶ。


 白く輝く場所を夢で見た気がした。


 六色に輝く光。


 誰かと並んで笑っていた気がする。


 でも、その『誰か』だけが思い出せない。


「ライト?」


 ミリアが優しく呼びかける。


「どうしたの?」


「えっ?」


 我に返ったライトは慌てて笑顔を作った。


「ううん! なんでもない!」


「そう?」


「うん!」


 そう答えながらも、もう一度だけ空を見上げる。


 何もない。


 青い空と、流れる雲。


 穏やかな風。


 それだけだった。


(気のせい……だったのかな。)


 でも、胸に残る温もりだけは消えなかった。


 まるで遠い昔、大切な誰かと交わした約束を思い出しかけたような――。


 そんな、不思議な感覚だった。


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